Mauro Ujetto via Reuters Connect
販売台数で世界4位の欧州自動車大手ステランティスが10月26日、中国新興EVの浙江零跑科技(Leapmotor、リープモーター)に15億ユーロ(2400億円、1ユーロ=158円換算)を出資し、約20%の株式を取得すると発表した。両社で合弁会社を設立し、零跑のEVを欧州などに輸出する。
テスラとBYD以外の自動車メーカーは日系も含め中国市場で苦戦しており、消耗戦を避けるための「外資大手 × 中国新興」という新しい連携の動きが広がっている。
【零跑】2022年に香港上場も累積赤字2500億円
両社の合弁会社「リープモーターインターナショナル」は、ステランティスが51%、リープモーターが49%出資し、欧州などでの零跑のEVの生産と輸出販売を行う。また、ステランティスは出資によって零跑本体に取締役を2人派遣できる。
自動車業界の関係者でもない限り、ほとんどの日本人が「零跑」というEVメーカーを知らないだろうが、中国の新興EV勢の中ではかなり早い2015年に設立され、販売台数でも上位にあるメーカーだ。
創業者の朱江明会長兼CEOはエンジニア畑の連続起業家で、監視カメラ大手「浙江大華技術」の共同創業者でもある。零跑は基幹部品や自動運転システムを自社で開発し、15~20万元(約300~400万円、1元=20円換算)のEVを中心に展開している。2022年の販売台数は約11万台で、新興EVメーカーの中では理想汽車(13万台強)、蔚来汽車(NIO、12万台強)、小鵬汽車(XPeng、約12万台)に次ぐ4位。2022年9月に香港証券取引所に上場した。
2015年に設立した零跑科技は2022年に香港で上場したが、赤字経営を脱していない。
Reuter
ただ、零跑は開発コストの削減が進んでおらず、売れば売るほど赤字の状態から脱却できていない(BYDも2020年ごろまでその状況にあった)。2019年12月期から2022年12月期までの最終赤字はそれぞれ、9億110万元(約180億円)、11億元(約220億円)、28億4570億元(約570億円)、51億900元(約1020億円)と年々拡大している。2023年1-6月は値下げを行ったことで収益が悪化し、22億7600万元(約450億円)の赤字を計上した。1台を売るごとに5万元(約100万円)の赤字が出ている計算になり、純損失の累計は122億元(約2400億円)に達する。
朱CEOは9月に「2025年の黒字化に向け全力で取り組む」と述べていたが、零跑の主力車種はBYDの主力価格帯と競合し、非常に厳しい環境にある。
中国政府によるEV購入の補助金が2022年末で打ち切られたのに加え、異業種の新規参入、新車種投入が止まらないことから、中国のEV市場は競争が激化し、値下げによる消耗戦に突入している。2022年以降はBYDが販売台数を急速に伸ばし(2022年実績、186万2000台)、他社のシェアを侵食し始めた。1年前から「2023年は有力メーカーの淘汰や再編が起きる」とささやかれ、実際に2023年10月にバイドゥ(百度、Baidu)などが出資するEVスタートアップ「威馬汽車」が上海の裁判所に破産を申請した。
中国のEVはテスラのような利益率の高いハイエンドか、宏光MINIのようなローエンドに二極化されるとの見方もあり、その中間である零跑は2022年末から「生き残りが厳しい」「身売りに追い込まれるかも」と名が挙げられていた。
ステランティスから累積赤字とほぼ同規模の出資を受け、調達した資金を新型車や自動運転技術の開発に投じ、中国での消耗戦を避けて欧州市場に活路を見出すことは、零跑の現状を考えれば理にかなっている。
【ステランティス】中国市場で苦戦
ステランティスにとっても零跑との提携は、見直しを迫られていた中国戦略の重要な鍵を握る。
ステランティスは2021年、仏自動車大手グループPSAと欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の経営統合によって誕生した。プジョー、フィアット、ジープ、マセラティなど14ブランドを擁し、販売台数は世界4位。同社によると欧州で20%、北米で26%、南米で26%、中東で15%のシェアを持つ。
しかし、ステランティスの前身企業はいずれも中国で苦戦を強いられてきた。
ステランティスのブランドの一つであるシトロエンが10月17日に発表した新型コンパクトEV「E-C3」。
Reuter
仏PSAと重慶長安汽車が2011年に設立し、高級車ブランドDSを生産していた「長安PSA」は2019年に親会社2社がいずれも合弁から撤退し、2020年に宝能集団に買収され深圳宝能汽車に名前を変えた。
PSAのもう1つの合弁であり、東風汽車集団と2003年に設立した「神龍汽車」も、2016年の販売台数が60万台だったのが2022年に12万7000台まで落ち、同年に第二工場を東風本田に売却した。
2022年には広汽集団とステランティスの合弁2社「広汽FCA」「GAC FCA」が破産を申請し、ジープを生産していたGAC FCAの広州工場は広汽集団のEV子会社に委譲された。
中国の自動車市場全体を見ると、外資系と現地企業の合弁メーカーは市場が急成長した2000年代~2010年代に販売台数を増やしたが、中国の自動車市場が2018年に28年ぶりにマイナス成長となって以降、衰退に転じている。自動車市場そのものは2020年から再び成長軌道に乗ったがEVに置き換わっているため、ガソリン車を中心とした合弁メーカーのやり方が通じなくなった形だ。10月に中国での生産撤退を発表した三菱自動車も同じ時期に失速している。
外資自動車大手と中国新興EVの新たな座組み
もともと中国市場で存在感を出せていなかったステランティスは、外資の中でも早い段階で淘汰に巻き込まれてしまったが、今の中国市場ではテスラとBYDを除いて老舗、新興問わずすべてのメーカーが防戦一方となっている。
独フォルクスワーゲン(VW)の2023年1-6月の世界販売は前年同期比13%増の437万台だったが、中国は1%減の145万台にとどまった。オリバー・ブルーメ会長は7月下旬に開かれた1-6月期決算記者会見で、中国市場の競争の激しさに言及した。独メルセデス・ベンツグループの同年1-6月期の中国市場での販売台数は前年同期比7%増の37万台だったが、一部モデルを値下げしたことから、中国事業の売上高は9%減少した。
欧州系や米系、韓国系が2018年ごろから衰退する中でもシェアを伸ばしてきたドイツ系だが、テスラとBYDを中心としたEVシフトと値下げ競争のあおりを受けるようになり、危機感を強めている。
2022年の世界自動車販売でトヨタ自動車に次いで2位のVWは2023年7月、小鵬汽車に7億ドル(約1000億円、1ドル=150円換算)を出資し、中国の中型車市場向けにVWブランドのEV2車種を共同開発すると発表した。VWは自動運転などソフトウェア開発力の評価が高い小鵬汽車の技術力とスピードを取り込み、中国市場のテコ入れを図る。一方、2024年にドイツ市場への本格参入を計画している小鵬汽車は、VWのブランド力やネットワークを先進国展開に生かす狙いがある。
VWの小鵬汽車への出資が発表されたとき、ステランティスも手を組む中国新興EVメーカーを探していると報じられ、零跑は有力な一社とされていた。
1980年代から2000年代初めに設立された外資自動車メーカーと中国企業の合弁は、外資が中国市場に進出するために、技術やノウハウを現地に“渡す”スキームだった。ステランティスと零跑の提携は、世界市場のEV化を見据えて、外資のブランド力やネットワークと中国新興EV企業の技術力や製造リソースを共有し競争力を高める合弁だ。テスラとBYDが大きく抜け出した中、新たな座組みの模索が一層活発化しそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。