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フードデリバリーの株式会社出前館(以下、出前館)は10月13日、2023年8月期の決算を発表しました。この連載で1年前に同社を取り上げた際、つまり2022年8月期の決算では364億円の営業赤字でしたが、2023年8月期は123億円の赤字と、赤字幅を240億円以上も縮小しました。
(出所)出前館 有価証券報告書をもとに筆者作成。
一方で気になる点もあります。それは、流通取引総額を意味する「GMV」や「ユーザー数」など、出前館が重視すべき指標が、軒並み下がってしまっているのです(図表2)。
(出所)出前館 2023年8月通期決算説明資料より。
会計的な視点で見れば業績は改善しているものの、GMVやユーザー数といった重要指標は下がっている——これをどう捉えればよいのでしょうか。そして、これまで右肩上がりだったGMVやユーザー数は、なぜここへ来て減少しているのでしょうか。
そこで以降では、出前館の業績の背後で起きている変化を探りながら、同社の財務状況を会計とファイナンスの視点から考察していくことにしましょう。
出前館のP/Lはなぜ改善したのか
出前館の2023年8月期の業績は、前期と比較すれば改善しています。その理由を知るために、同社のP/L(損益計算書)を滝チャートに分解したものが図表3です。
(出所)出前館 有価証券報告書より筆者作成。
ここから分かることは、出前館は売上に占める売上原価、つまり原価率が非常に高いということです。その割合はなんと約80%です。
とはいえ、冒頭で見たように、出前館の赤字幅は縮小しています。また、2022年8月期と2023年8月期の費用構成を比較してみると、図表4のようになります。
(出所)出前館 有価証券報告書より筆者作成。
原価が下がっているだけでなく、2023年8月期は驚くことに、人件費と広告宣伝費も前期比で半分近くになっています。いったい何があったのでしょうか?
さらに費用を詳しく確認するために、P/Lにおける費用構成を比較したのが図表5です。
(出所)出前館 有価証券報告書より筆者作成。
ここで真っ先に注目すべきは原価率です。2022年8月期は、売上高よりも売上原価の方が大きいですね。しかし2023年8月期になると、売上高100%に対して原価率は80%と、粗利を確保できるようになりました。
つまり、原価率は2023年8月期の水準でもまだ高いものの、その前の期はそもそも売上高を上回る原価がかかっていたわけで、それに比べればかなり改善したと言えます。
その上で、人件費と広告宣伝費を半分まで減らしたことで、赤字幅が大きく減少したのです。決算説明資料を読むかぎり、店舗の集中と選択を進めた結果、撤退を決めた店舗がかなりあったようです。 人件費の減少についてはおそらくその結果だろうと推察できます。
テイクレートの変化でわかる「実質値上げ」
赤字が大幅に減ったということは、会計的に見れば望ましいことです。しかし図表2で見たように、KPIは伸びるどころか減ってしまっています。これをどう捉えればいいのでしょうか?
ここで、前回出前館を分析した際のおさらいの意味も込めて、「GMV(流通取引総額)」について説明しておきましょう。
GMVとは、一定期間における注文金額の総額を指します。例えば、出前館のプラットフォーム上で1000円のお弁当が1万個注文されたとしましょう。この場合のGMVは、1000円×1万個=1000万円になります。このGMVは、売上高とは別の概念です。
さて、出前館は自社のプラットフォームを利用した飲食店から、GMVの一部を手数料として受け取ります。この割合を「テイクレート」と言い、これが出前館にとっての売上高になります。
例えば、出前館のプラットフォームを介して、ある飲食店の1000円のお弁当の注文が入ったとしましょう。そのうちの200円が出前館の手数料(=出前館にとっての売上高)になるとすると、テイクレートは200円÷1000円=20%になります。これを一般化すると次のような式になります。
以上の点を踏まえて、2022年8月期と2023年8月期のテイクレートをそれぞれ計算してみると、図表6のとおりになります。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算説明資料より筆者作成。
出前館のテイクレートは21%から25%へと、前期比で約16%上昇しています。テイクレートが上昇したということは、
- 飲食店からより多くの手数料を取っている
- 飲食店を利用した顧客から間接的に手数料を得ている
このどちらか、もしくはその両方になります。なお、2というのは、出前館のプラットフォーム上で提示されている金額のほうが、その飲食店で直接注文するよりも高く設定されているという状況です。これは顧客に手数料を転嫁していることにほかなりません。
いずれにしても、このテイクレートの変化から、出前館は実質的に値上げしたのだなということがわかります。ですが、この値上げは結果的に、先に見たようにGMVとユーザー数の減少を招いた可能性があります。
(出所)出前館 2023年8月通期決算説明資料より。
コロナ禍が収束し、人々が飲食店に直接足を運ぶようになったことで、以前と比べるとフードデリバリーの需要が落ち着いてきたという要因ももちろんあるでしょう。
と同時に、出前館がテイクレートを上げて実質的な値上げをし、さらに広告宣伝費も前期比で半分程度に抑えたことで(前出の図表4参照)、新規顧客の獲得にもブレーキがかかっているようです。
これらの複合的な要因から、出前館のKPIであるGMVやアクティブユーザー数は下落してしまったと考えられます。
ただし、ここで興味深いデータがあります。
GMV÷オーダー数から注文1回当たりの金額を求めると、2022年8月期は2558円だったのに対して、2023年8月期は2661円と上昇しているのです。
また、オーダー数÷アクティユーザー数から1人当たりの平均注文回数を計算すると、2022年8月期は10回だったのに対して、2023年8月期は12回に増えています。
つまり、2023年8月期においては、出前館のユーザーの平均単価も平均注文数も前期比で上昇しているということです。このことから、コアな顧客はひきつづき出前館を積極的に使っているものの、ライトユーザーが減ったことで、GMVとアクティブユーザー全体が減ったのだと解釈できます。
赤字を脱する方策は?
ここまで出前館の業績を分析してきて、会計上は赤字が大幅に改善しているものの、GMVやアクティブユーザーは減少しており、むしろ厳しい状況に立たされていることがわかりました。では、来期はどのような想定なのでしょうか?
(出所)出前館 2023年8月通期決算説明資料より。
決算説明資料によれば、2024年8月期のGMVは2160億円、売上高は560億円、そして営業利益は80億円の赤字を見込んでいます。
仮に原価率が2023年8月期と同じ80%だとすると、粗利は売上高560億円×20%=112億円になります。それでも営業利益は80億円の赤字を想定しているということは、販管費は112億円+80億円=192億円を見込んでいることになります。
2023年8月期の販管費が228億円だったことを踏まえると、2024年8月期は販管費を36億円ほど圧縮する必要があります。割合にして16%。2023年8月期でも販管費を相当抑えているのに、ここからさらに16%削減するのは決して簡単ではないはずです。ですが、それでもまだ営業赤字の状況なのです。
これだけ営業赤字が続くとなると、キャッシュは大丈夫なのでしょうか。そこで出前館のキャッシュフロー計算書を確認してみると……(図表9)。
(出所)出前館 有価証券報告書より筆者作成。
期初のキャッシュ533億円から約124億円減って、期末のキャッシュは409億円という状況。キャッシュが減ったとはいえ、幸いにして資金繰りのコントロールは十分にできているようです。
2024年8月期は80億円の営業赤字が見込まれていますが、このペースならばあと4年以上は持ちますし、キャッシュの観点で見れば、安全性はまだ大丈夫だと言えます。
となると、広告宣伝費を削りながらも、いかにコアな顧客を獲得・維持して、GMVとアクティブユーザー数を確保しながら利益を出せるビジネス体制にするかが、出前館の今後を左右する重要課題となるでしょう。
起死回生の鍵握るクイックコマース
本連載ではこれまで、赤字でも成長を続けてきた企業として、メルカリ、Slack、Sansan、freee、ベースフードなどを取り上げてきました。これらの企業は赤字ではあるものの、広告宣伝費を積極的に投入することで売上やユーザー数といったKPIを右肩上がりに成長させていました。
一方、今回見てきた出前館は、売上自体は伸びているものの、GMVやユーザー数は減少しています。2023年8月期の決算でいえば、赤字幅が減少したというポジティブな結果よりも、正直なところ、GMVやユーザー数が減少しているネガティブな結果のほうが大きい状況です。何より、まだ赤字から脱していないのにGMVやユーザー数が下がってしまったというのは、致命的です。
出前館は今後、この厳しい状況から起死回生の一手を打つことができるのでしょうか?
その可能性の一つが、日用品のクイックコマースです。クイックコマースとは、オンラインで注文した日用品等が即時配達されるサービスのことです。フードデリバリーは、飲食店のテイクアウトを20〜40分ほどで届けてくれますが、コンビニで売っているような日用品も同様に短時間で配達されるのがクイックコマースです。
(出所)出前館 2023年8月通期決算説明資料より。
出前館の決算説明資料によれば、フードデリバリー市場は現在3500億円で、この母集団ともいえる外食市場は17兆円となっています。それに対して、スーパーマーケット、コンビニ、ドラッグストア等のノンフード市場の規模は41兆円と、フード市場の2.4倍もの大きさがあります。
これらノンフード市場からクイックコマースのビジネスを展開できれば、出前館には潜在的に、GMVを伸ばす余地がまだまだあるというわけです。実際のところ、現時点で出前館はフードデリバリー市場におけるシェアを46%も持っており、クイックコマースのインフラを最もよく整備できているという有利な立場にあります。
コロナ禍でフードデリバリー市場を開拓してきた出前館は、果たしてノンフード市場においても同様にビジネスを伸ばすことができるのでしょうか。出前館が今後どのようにクイックコマースを展開させていくのかに注目しましょう。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。