赤字14億円からの復活。丸井も選んだ「みんな電力」が、“新電力バブル”崩壊後も勝ち残れた理由

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UPDATER代表の大石英司氏。同社のブランド「みんな電力」では、「実質再エネ」ではなく「本当の再エネ」を提供。

撮影:三ツ村崇志

「それまでは、価格が安くないと消費者の方に買っていただけないのではという気持ちが、僕らの中にも若干あったんです。

ところが、2023年4月から明らかに(潮目が)変わった。安さではなく(環境)価値の訴求だけで、お客さまの純増数が上がってきています」

「みんな電力」ブランドで電力小売り事業を展開する、UPDATER(アップデーター)代表の大石英司氏はそう話す。

電力自由化後の“新電力バブル”が燃料価格急騰で崩壊し、それまで順調に売り上げを伸ばしていたUPDATERも、2020年度に過去最悪の14億円の最終赤字を計上した。

しかし、2022年度後半から回復基調となり、2023年度は通期で最終黒字となる見通しだという。

倒産や撤退、事業縮小が相次ぐ新電力のなかで、UPDATERはなぜ「勝ち組」に転じたのだろうか。

「安さより環境価値」で独自路線

「かつては、電気なんて(どの発電所で発電されても送電線のなかで)混じってしまうわけだから、安ければ何でもいいんじゃないですか?という感覚が常識でした。電力自由化後も同じで、大手もベンチャーも安売り、セット売りという形で(価格競争に)一斉にかじを切っていきました」(大石氏)

一方、UPDATERは独自路線を突き進んだ。

顧客に販売する電気を主に日本卸電力取引所(JEPX)から調達するベンチャーが多いなか、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電する全国各地の発電所オーナーから電力を直接調達。誰が電気の“生産者”なのかが分かる「顔の見える電力」を提供する新電力として、2016年のサービス開始当初から、安さより再エネ発電による環境価値を重視して事業を展開してきた。

「『電気にも付加価値がある。生産者によって価値が変わって当たり前じゃないか』と標榜しているベンチャーということで、差別化になっていました」

UPDATERは、悪天候でも顧客に100%再エネの電気を供給できるよう、供給量の約5倍の再エネ電源を仕入れ、いまや「再エネ調達量として国内最大規模」(大石氏)というほど、生産者からの直接調達にこだわっている。

その分コストがかさむため、最終黒字となったのは過去に一度きりだが、売り上げは順調に推移。2019年度に57億円だった売上高は、翌2020年度には131億円と倍増した。

そのタイミングで起きたのが電力卸売価格の急騰だった。

卸電力価格は約1カ月にわたって高騰し、平均価格は通常の 約10倍となった。

「経営への影響は、『そもそもベンチャーが対応できるビジネスなのか』というほど(甚大)でした。

例えば、月の仕入れ額が25億円だったとします。それが仮に5倍になったら、仕入れ価格が100億円を超えるわけです。来月までに急に100億円超の資金調達ができるかと言ってもとてもできませんから」

2020年度の冬以降、電力卸売価格の急騰、ウクライナ侵攻による輸入燃料価格の高騰などにより、経営危機に陥る新電力が続出した。

帝国データバンクの調査によると、一時は700社以上あった新電力のうち93社が倒産・廃業、撤退。2023年6月時点で、新規申し込み停止を含む電力事業の契約停止中の事業者は87社に上った。

「(市場価格は)予測不可能だから本当にハラハラした」

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撮影:湯田陽子

大石氏も「(市場価格は)予測不可能だから本当にハラハラした」という。

とはいえ、国内の生産者から再エネ電力を直接仕入れているはずのUPDATERが、なぜそこまで気をもむことになったのか。

同社が開示している電源構成を見ると、2020年度の実績は「FIT電気(※)」が74%、「再生可能エネルギー」が9%、「その他」が17%。その他は主に卸電力市場などから調達している分だが、「ハラハラ」の原因はFIT電気だった。

「FIT電気の仕入れ価格は、国の制度上、日本卸電力取引所(のスポット市場)価格と連動することになっているからです」

※FIT電気:再生可能エネルギー源(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)を用いて発電された電気のうち、国が定める価格で一定期間、電気事業者が買い取ることを義務づける「再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)」の適用を受けた電気を指す。

いわば制度ゆえの経営危機に瀕し、UPDATERも値上げを余儀なくされた。

「上げるとしても、市場価格分をすべて料金に転嫁することはしないと決めました。

ただ、本来固定であるはずの国産エネルギーの価格がなぜ市場に連動するのか、制度上のことをお客さまに説明するのは非常に難しい。だから、なぜ上がるのかという説明会を何度も開いてひたすら説明しました」

その甲斐あって、顧客の離脱はほぼ起こらなかったという。

経営危機を回避し、業績回復した3つの理由

なぜ顧客が離れなかったのか。その理由について、大石氏は次のように語る。

「理由の1つは、お客さまに恵まれていたことです。法人も個人も、値上げを許容してくださった。

もう1つは、もともと安売りをしてこなかったこと。トレーサビリティつきの再エネという付加価値で買ってくださっていたからです」

3つ目は、市場価格にできるだけ左右されないポートフォリオに見直したことだ。

「これまでに2回スパイク(急騰)を経験していたので、さすがに手を打ちました。半分は固定価格、半分が市場連動価格という『ハーフ&ハーフ』戦略に変更したんです。

2022年10月から法人のお客さまに提供開始。2023年4月には個人のお客さまにも提供を始めました」

ハーフ&ハーフ戦略のポイントは、仮に市場価格が高騰してもダメージが半分で済むことだ。その代わり、市場価格が下がったときも半分しか下がらないが、顧客にとって価格変動リスクを抑えられるメリットは大きい。

ほかにも、市場価格連動のFIT電気にできるだけ頼らないポートフォリオを目指し、FITではない再エネ電源の調達を加速させた。再エネ供給比率は2020年度の9%から、2022年度は32.7%に拡大した。

その結果、業績は目に見えて回復していった。

直近業績の状況についてUPDATERは、みんな電力の法人部門は2022年9月から営業黒字となり、2023年1-3月期は全社で経常黒字に転じたと説明する。

2023年度上期(4-9月)も経常黒字と順調に推移しており、通期でも最終黒字となる見通しだ。

業界の謎、化石燃料を使う「実質再エネ」とは

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「顔の見える電力」が特徴のみんな電力。再エネを調達している発電所の数は全国約900カ所に上る。

UPDATER公式サイトをキャプチャ

サービス開始から10年弱。大石氏は「ユーザーの反応が圧倒的に変わった」と実感している。

「いまや『実質再エネ』ではなく、本当の再エネを求めるお客さまが確実に顕在化しています」

実質再エネと本当の再エネはどう違うのか。

現在の制度では、化石燃料を使った火力発電で発電された電気であっても、太陽光や風力、水力発電といった再エネ発電由来であるという「非化石証書」を別途購入することで、「実質再エネ電気」と称して販売することが認められている。

つまり、実際に仕入れている電気の9割が火力由来で、再エネの比率が1割だったとしても、9割分の非化石証書があれば「実質再エネ100%」と表記できる。

一方、大石氏の言う「本当の再エネ」とは、実際に再エネで発電された電気ということだ。

「再エネなら何でもいい」時代は終わった?

実は「本当の再エネ」供給率で、UPDATERは国内トップクラスの実績を持つ。

東京都が公表した2021年度の実績値によると、都内で家庭(低圧電灯)も含めて年間2000MWh以上を供給する大手電力会社(旧一般電気事業者)と新電力のうち、再エネ比率が最も高かったのがUPDATERで、79.49%だった。

大石氏によると、実質再エネ100%の料金プランはもはや当たり前の時代。いまはもう「差別化の時代に移っている」という。

「本当の再エネ100%」の電気を求める声は、特に企業の間で急激に高まっているようだ。

「どこの会社と組み、どんな電源の電気を使っているのか。しかも(本当の)再エネであればなんでもいいというわけではなく、森林を破壊するようなメガソーラーや、海外から輸入したパーム油を燃料にしたバイオマス発電は絶対に買わないという企業も増えています」

丸井が「みんな電力」を選んだ理由

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社会課題と収益の両立を目指す丸井グループも、「本当の再エネ」導入に積極的な企業の一つ。同社は2030年までに全店・全施設に再エネ100%電力導入、100万トンのCO2削減を目指している。

出典:丸井グループ「IMPACT BOOK 2023」

その一例が、UPDATERと資本業務提携も結んでいる丸井グループだという。

「丸井さんが2023年6月、IR資料の中で、みんな電力のブロックチェーン技術を活用することによって、100%トレーサブルな電力を使っていると明記されました。(投資家向けの)IR資料のなかで、完全に一致させて調達していると(トレーサビリティに)言及したのは、世界で初めてなんです」

それを可能にしたのが、UPDATERが法人向けに提供している、ブロックチェーンを使った独自のトラッキングシステム「ENECTION2.0」だ。

このシステムは、2018年に同社が世界で初めて商用化したブロックチェーン活用のP2P(※)電力トラッキングシステムで、これを使えば、顧客は「どの電源からどれだけ電気を買ったか」を30分ごとに把握できる。

※P2P:サーバーを介さず端末同士で直接ファイルをやり取りする通信方式。

丸井がIR資料(IMPACT BOOK 2023)でトレーサブルな電気に言及したことについて、大石氏は次のように語る。

「これはグリーンウォッシュ防止(の姿勢を明らかにする)という意味でも非常にいい取り組みなので、他の企業さんも続いてくれるといい。選ばれた再エネをしっかり買う社会が根づいてほしいです」

2023年4月以降に新規契約急増

個人に対しては、冒頭で触れたように、この春から顧客の反応が明らかに変化したという。

例えば、丸井が以前から、同社のエポスカードに申し込む顧客向けに勧めてきたみんな電力への切り替えだ。

「まず、勧め方がかつての価格訴求から価値訴求に変わっているんです。『地球環境に優しいということを理解している方だけにお勧めしています』と。さらに、電気を変えるだけで家から出しているCO2を半分減らせますけど、お客さまも変えてみませんか?といった提案になっているんですね」

それが相手に刺さるのか、「この4月以降の契約の純増数が、以前より上回っている」(大石氏)という。

その理由について、大石氏はこう分析する。

「1つは今年の夏の暑さ。あまりに暑いので、地球温暖化の影響を自分も受けている実感が出てきて、何か私もやらなければという思いがあったのではないでしょうか。もう1つは、どうせ電気料金が上がるなら世の中にいいことをしたほうがいいという層が一定数出てきたと。

もう1つが、ハーフ&ハーフ戦略を個人向けにも展開しているので、安さより価格の安定を求める層が出てきたということでしょう」

新たなニーズが実績に結びついていることに対し、大石氏は「大きな転換点に来ている」と見る。

“空気”も“土”も社会を変える突破口に

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みんなエアーは「空気の見える化」サービスを提供。空気質モニタリングクラウド「MADO」のセンサー端末(写真)は、学校や保育園、コールセンターなど全国約4700スポットに設置。横浜市では市内約500校に導入されている。

撮影:三ツ村崇志

同社によると、2023年9月末時点で、みんな電力の顧客数は法人が1075社4678拠点、個人は1万6925世帯(販売量の構成比は法人と個人が9:1)。調達先の再エネ発電所の数は896カ所に上る。

「電気を再エネに変えてCO2を減らせるなら、EV(電気自動車)にしてみようか、自転車通勤してみようかとか。僕もそうだったんですけど、1つの突破口をきっかけに横に広がっていくんです。だから突破口をつくりたい」

UPDATERでは、社会問題の解決につながるような消費行動を始めた人を「アップデーター」と呼んでいる。

その数を増やすにはどうすべきか。大石氏は再エネ以外でも“突破口”をつくり続けている。

2020年にはウェルビーイング・テック事業として空気の質を“見える化”する「みんなエアー」の提供を開始。2021年には、農地の炭素貯留量や土壌状態を“見える化”し、新たな土地評価の基準を生み出す「みんな大地」を開始した。

「電気だけでなく、それまで見えなかったものを見える化することによって、その価値を明らかにし、改善すべきところを改善し、最終的にみんながそれを選ぶことによって結果的に世の中が良くなる方向に持っていきたい」

狙いは、気候変動や貧困といった社会課題の解決の糸口を1つでも多く見出し、世界をアップデートしていくことだ。

「人口の3.5%が動くと世界が変わると言われています。日本の人口の3.5%は約430万人。ただ、その規模(の突破口)を電力だけでつくろうとしても間に合わないと思うんです。

だからあらゆるライフスタイルの領域から一歩踏み込んでもらうために、アプローチの仕方、アイテムがいろいろ必要になってくると考えています」

そうしたUPDATERの挑戦に対し、大石氏はある人から言われたひと言が印象に残っているという。

みんな電力の料金プランの1つ、アーティストの発電所でつくった再エネ電気を購入できる『アーティスト電力』を提供しているいとうせいこう氏の言葉だ。

「人が変わると(商品をつくる)メーカーが変わる。これってつまり、誇りを取り戻す行為なんだとおっしゃったんです。

安いから選ぶのではなく、これを買うことによってたった1つでも自分は何かに貢献したという行為は、自分の誇りを取り戻すことであって、人や自分自身を肯定することにつながると。

そういうポジティブなパワーが世の中に広がってほしいと思います」


編集部より:UPDATERの電力トラッキングシステムについて「30分ごとにリアルタイムで把握できる」としていましたが、「30分ごとに把握できる」に表現を改めました。2023年11月1日 14:52

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