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シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
30代でIT関係の仕事をしています。私の会社には年度終わりに表彰制度があるのですが、これが推薦式で決まります。
私はある大手のクライアントを常駐として一人で担当していて、会社にも売り上げはそれなりに貢献しています。なのに、表彰には無縁です。
もちろん、自分より売り上げを上げているプロジェクトの担当者が評価されるのは納得できるのですが、売り上げは私のプロジェクトより小さいのに、複数人で回しているプロジェクトから推薦されて受賞する人がいます。
夏のボーナスの額も、この表彰とは無関係ではなく、評判のいい人が上がる仕組みに実質的になっています。
どうしても嫉妬の感情が渦巻いて消せません。小さなストレスは趣味のランニングで発散できるのですが、この件については処理できず、むしろ毎年積み重なるばかりです。私はこの醜い想いとどう向き合えばいいのでしょうか。
(キャバリア、30代後半、女性、会社員)
頑張りようのない「悪い嫉妬」とは?
シマオ:キャバリアさん、お便りありがとうございます。嫉妬の感情は誰でも多かれ少なかれ持っていると思うのですが、その感情をエネルギーにして頑張るという方向性もありますよね?
佐藤さん:はい。ですが、キャバリアさんの場合、よくないパターンの嫉妬のような気がします。
シマオ:と、言いますと?
佐藤さん:相談の内容を読む限り、大手のクライアントを担当しているとはいえ、キャバリアさんは一人で担当しています。
ですが結局、この会社は売り上げ云々よりも、チームワークよく回しているプロジェクトの方を重要視しているように見えます。キャバリアさんもそれを感じているから、ますます負の感情が渦巻くのではないでしょうか?
シマオ:確かに。しかもその評価がボーナスの額に反映されるとなると、余計不平不満が溜まるのでしょうね。
佐藤さん:そうですね。これはもはや会社の構造的な問題です。残念ながら仕事で頑張るほどに、むしろストレスが溜まっていく可能性が高いと思います。
シマオ:となると、転職するしかないということでしょうか?
佐藤さん:もちろん、転職や異動はうまくいけば有効な手段になり得ます。ただ、必ずしも決定的な解決策とも言えないんです。
シマオ:え、そうなんですか?
佐藤さん:会社や部署を変えても、構造的な問題で自分が評価されづらい立場に置かれる可能性はあるからです。例えば、キャバリアさんが同じIT業界でプロジェクトマネージャーとして転職したものの、その会社では営業が一番評価される社風だったとか。
シマオ:うわー……ありそうで嫌ですね。でも、そうなるともう八方ふさがりのような気がするんですが……。
嫉妬から解放される二つの方法
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佐藤さん:結局、一番確実なのは自分自身の認識と考え方を変えることだと思います。
シマオ:人間関係でも相手を変えようとするとダメで、自分を変えた方がうまくいくという話もありますもんね。でも、そう簡単に自分を変えることなんてできなくないですか?
佐藤さん:確かに難しいことです。ですが、私の知る限り、少なくとも二つの方法があります。
シマオ:教えてください!
佐藤さん:一つ目は、自分自身を評価してくれる別の組織やコミュニティに属してみることです。
シマオ:それはビジネスに関係なくということでしょうか?
佐藤さん:はい。例えば趣味の世界なら、おすすめなのは茶道や華道のような、師匠がいてしっかりと教えてくれる組織です。努力と稽古によってどんどん上達できて、級や段位が上がる。評価が目に見える形になっているものがいいですね。
シマオ:なるほど。もう一つ別の世界の中で評価を得ることで、自己肯定感を高めていくってことですね。
佐藤さん:その通りです。人間というのは何かのきっかけでガラリと変わることがある。会社で認められずとも、もう一つの価値観を自分の中で確立することで、仕事も含め、自信がついてくるというのは全然あると思います。
そして、もう一つは全く逆のパターンで、いまキャバリアさんがいる仕事の現場よりも、はるかに高いレベルで仕事をしている人たちを知ることです。
考え方だけでなく、さまざまなセルフマネジメントの仕方をつぶさに観察することで、認識が変わる可能性があります。
シマオ:でも、どうすればそういう人たちを知ることができるのでしょうか?
佐藤さん:お金はそれなりにかかりますが、一流の人たちしか集まらない場に参加するのは一つの方法でしょうね。
私の知っている範囲では、松岡正剛さんの「編集工学研究所」がやっている学校などはおすすめです。私も講師として参加したことがありますが、それこそ各業種の第一線で活躍するビジネスパーソンがたくさん参加していました。
あと、大手企業の執行役員、部門長クラス向けにはなってしまうのですが、中谷巌さんがやられている「不識塾」も有名ですね。
シマオ:それってどれくらいお金がかかるんでしょうか?
佐藤さん:松岡さんのところは十数万円くらいから受講できたと思います。中谷さんのところは企業向けなので、たしか500万円くらいだったと思います。
シマオ:ご、ごひゃくまん……。一旦そちらは置いておいて、松岡正剛さんのところでも、わりとするんですねー……。
佐藤さん:でも、考えてみてください。それこそ今4年制の大学に通うと、私立は入学金で数十万円、さらに設備費も入れて年間150万円ほどかかるとすると、4年間で600万円以上になります。ですが、果たして今の日本の大学がそれに見合った教育をしてくれているでしょうか?
シマオ:う〜ん、飲み会や部活、インターンなんかの方がメインの学生も多そうな……。
佐藤さん:そうだと思います。そう思えば、十数万円なんて安いものです。「不識塾」の場合は国内外フィールドワークなども入っていますし、ふだんは絶対に会うことができないような内外の政治家やエコノミストなどと会うことができる。大学があれだけのお金を取っておいて、果たしてそんな人たちに会わせてくれますか?
シマオ:それは、そうそうないでしょうね……。
佐藤さん:ビジネス社会の中でのキャリアアップを目指すための実践的な学びや人脈ができるのですから、500万円という価格設定は適正だと思います。
それに実際、私は松岡さんや中谷さんとも一緒に仕事をしたこともありますが、ほとんどスタッフの人件費やら何やらで、彼らの利益はほとんどなきに等しいのです。
シマオ:えーっ!? そうなんですか!
佐藤さん:半ば社会貢献としてやっているんです。だって彼らは他に稼ごうと思えばいくらでも仕事があるのですから。
シマオ:た、たしかに……。
佐藤さん:もし興味があれば、まずはお二人の本を読んでみるのもいいでしょう。
シマオ:どんな本がおすすめですか?
佐藤さん:松岡正剛さんの『知の編集工学』は、世の中を再構築できる柔軟なモノの見方を教えてくれます。
中谷巌さんの『「不識塾」が選んだ資本主義以後を生きる教養書』は、競争社会の価値観にとらわれず、より広い視点で世界を見ることができる教養と、それを身につけるための本を知ることができる一冊になっています。
いずれにせよ、彼らのような賢人のもとに集うハイパーユニットのビジネスパーソンたちと一緒に学ぶことができると考えると、むしろ参入障壁は低いと考えるべきでしょう。
シマオ:ふ〜む……でも、ちょっと気になったのですが、そんな人たちばかりが集まるところにいると、ますますキャバリアさんは嫉妬の感情に苛まれる可能性はありませんか?
佐藤さん:いえ、むしろ逆だと思います。自分よりも圧倒的に能力が高い人を見ると、嫉妬する気持ちさえなくなりますよ。嫉妬する前に自分の世界がいかに狭かったかを知る。そこから自分なりに学ぼう、もっと成長しなければという前向きな意識が生まれてくるはずです。
シマオ:なるほど。自分の会社の中だけで比較しているからどんどん視野が狭くなって、閉塞していくわけですね。
佐藤さん:そういうことです。世の中にはとんでもないレベルで仕事をしている人たちがいる。そういうことを知ると、今まで会社の中でちょっと成果を出して評価される、あるいはされないという世界がちっぽけなものに見えてくるはずです。
「嫉妬マネジメント」を学ぶ
佐藤さん:あと、もう一つ、そういう一流の人たちのセルフマネジメント術を学ぶことができるのも大きいでしょう。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:何度か話をすれば分かるでしょうが、どんなに優秀なビジネスパーソンであっても嫉妬の感情はあります。むしろ強いくらいかもしれません。ただ、自分の負の感情を客観化して、それこそ自分のプラスになるように転化することが上手なんです。
シマオ:悪い種類の嫉妬は持たないということでしょうか?
佐藤さん:そうですね。例えば、嫉妬する相手の領域と少しずらしたところに自分の居場所や得意領域を見つける。一種の棲み分けのようなことをしています。
または、逆にそういう人と共同で仕事をすることで、いい意味で相手を利用しながら自分の仕事の成果につなげていく。
そうすることで、マイナスの嫉妬が渦巻く場所に自分を持って行かないようにしているのです。
シマオ:嫉妬のマネジメントも一流なんですね!
佐藤さん:その通りです。あと、一流の人たちは社会貢献や、社会の中での自分の役割など、そういう高い目線から仕事をしている人が多いです。
一見ガチガチの競争社会の最前線にいながら、決してどっぷり染まっていない。より大きな視点で俯瞰して自分を捉えているので、悪い意味の嫉妬心にとらわれることが少ないのだと思います。
シマオ:自分を絶対的な視点で捉えないようにしている訳ですね。
佐藤さん:はい。そういう人たちを間近に見て、彼らの考えや仕事の仕方を体感する。そうすることで視野がグッと広がり、見えてくる世界が変わるはずですよ。
シマオ:キャバリアさん、いかがだったでしょうか? ぜひ幅広く視野を広げることで、狭い嫉妬の感情から抜け出してほしいと思います。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!