Tapio Haaja/Unsplash
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いま注目を集めている、北海道の生活協同組合コープさっぽろ。その理事を務める入山先生はこの夏フィンランドを訪れ、なぜ同国では生協が広く普及し、地域に好循環を生んでいるのか、その秘訣を探ってきたそうです。先生が「非常に印象に残っている」と言う、フィンランドの生協トップからのアドバイスとは?
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フィンランドの生協はすごかった
こんにちは、入山章栄です。
前回は南仏に「大人の社会科見学」に行った話でした。今年の夏はもう1カ所、フィンランドにも行ってきたので、その話をしましょう。
BIJ編集部・常盤
フランスだけでなく、フィンランドにも行かれたんですね。なぜまたフィンランドへ?
実は世界でいちばん「生協」が普及しているのがフィンランドなんです。その生協を見学に行くのが主な目的でした。
僕は「コープさっぽろ」という、全国的に注目されている北海道の生協の理事を務めていますが、生協の仕組みというのは経営学的に見ても本当に面白い。
一般的な株式会社では、株主とお客さんは別の人ですよね。つまりステークホルダーが分かれている。でも生協は出資者と組合員(利用者)が同じ人なんです。ということは、株主=お客さんなので、ステークホルダーが揃っている。だからコープさっぽろは、北海道の人たちの課題を解決するような、北海道の人にとっていいことに集中して取り組むことができるのです。これは素晴らしいなと思い、僕はコープさっぽろをずっと応援しているんです。
そして、この考え方に共鳴してくれる、超大手企業の経営者がいます。お名前は言えませんが、その方と「生協の仕組みをもっと探究したい、フィンランドに行こう!」という話になったんです。
フィンランドの小売りは、基本的に二大グループによる寡占です。SグループとKグループといって、それぞれ小さなスーパーから大きなデパートまで抱えている。Kグループは株式会社ですが、Sグループの方は生協です。Sグループはいま業績を伸ばしていて、40%くらいのシェアを持っている。
そこで今回の社会科見学ではヘルシンキまで行き、伝手をたどって、このSグループの総裁の方とデジタルのトップの方の2人とお会いしてきたんです。なんと、2人ともマッキンゼーとBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)出身なんですよ。
BIJ編集部・常盤
生協は社会的なイメージもあるので意外ですね!
はい、僕も驚きました。生協であるSグループは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)もびっくりするくらい進んでいます。例えばSグループにはこんなアプリがあります。まず、組合員がいろいろな食品をSグループから買うでしょう。すると買ったものが自動的にアプリに登録されて、それぞれの食べ物がどういう栄養素でできているか、全部グラフ化される。
「今月、あなたは脂肪をこのくらい摂り、糖分をこのくらい、ビタミンをこのくらい摂っています」と一目瞭然で分かるんですよ。だから健康状態が簡単にチェックできる。
さらに進んでいるのが、環境問題への貢献度です。例えばSグループからペットボトルに入った飲料などを買う。すると「あなたはこれだけペットボトルを買いました」とか、逆にペットボトルをリサイクルしたら「あなたはサーキュラーエコノミー(循環型経済)にこれくらい貢献しています」などとスマホのグラフできれいに可視化されるんです。
Sグループでしか買い物をしない人なら、自分でいちいち入力しなくても完璧なデータが得られるというわけです。
BIJ編集部・常盤
それは便利ですね。フィンランドに限らず北欧はデジタル化が非常に進んでいるとよく聞きますが、なぜなんでしょう。
これは僕の個人的な意見であり、国によっても状況が違うと思いますが、国として競争力を上げるにはデジタル化が不可欠なんでしょうね。フィンランドは1917年に独立した比較的新しい国で、地理的には東に超大国のロシア、西に当時の大国のスウェーデンがあり、両方の脅威に常に晒されてきた国です。しかもフィンランド自体は人口が500万人強しかいない。そうすると、新しいことにどんどん取り組んでいくしかないんだと思います。
BIJ編集部・常盤
500万人ということは、日本の人口のざっくり20分の1。でも北欧諸国は世界競争力ランキングでいつも上位を占めますよね。それだけデジタル化などを通じて生産性の高い活動をしているということですね。
フィンランドはご存知のように税金が高いけれども、社会システムそのものも、非常に安全性が高い。向こうの方が繰り返し強調していたのが、「人生の回り道がいくらでも許される」という言葉です。
日本では、いまだに大学を卒業してすぐに企業に就職しないとと、人生のレールから外れるようなところがありますよね。一方のフィンランドでは、平気で仕事を4~5年休んで旅をしたり、事業を始めたりする。そのあとでまた大学に戻ってきたり、あるいは逆に大学で仕事に関係ない勉強をしてから社会に戻るとか、そういうことが普通にできるんですよね。人生の選択肢の幅が広いという意味ではとてもリベラルです。
まずは儲けることが先
そして何より、今回僕はSグループのトップに言われた言葉が、とても印象に残っています。コープさっぽろも事業を通じて北海道の社会課題を解決したいと思っている、と言ったんです。そうしたら、「それならまず、最初に儲けろ」と言われたんですよ。
BIJ編集部・常盤
えっ、そこですか? コープなのに?
2人ともコンサル出身だからかもしれないけれど、僕自身は「なるほど、やはりそうだよね」と、非常に納得しましたね。
当たり前ですが、生協も民間企業である以上、サステナブルに活動するにはきちんと利益を出さなければいけない。「利益を出してからそれを社会に分配することが重要なのであって、社会に分配するのが先じゃないんだ」、と言われたんですよ。
公共セクターならいいけれど、民間でやっていく以上は、組織が回らなければ意味がない。だからSグループは徹底的にデジタル化を進めた。先ほどのペットボトルの使用量などを可視化するサービスも世の中への貢献だけれども、デジタル化することでお客様をロックインできるんですよ。
かつ、Sグループは基本的に低価格戦略なんです。ライバルのKグループのほうがちょっと価格が高い。結局、低価格にすること自体が社会貢献であるという考えなんですね。
一般に会社の競争戦略は、大きく分けて「差別化戦略」か「低価格戦略」かに分かれます。商品やサービスを差別化して価格を上げるのが差別化戦略。一方、低価格戦略は、差別化されていない、どこでも買えるものをめちゃめちゃ安く提供する。
低価格にして、それでも経営をちゃんと回していくには、当たり前だけどデジタル化など、いろいろなところでコストを下げていかなければいけない。ですからSグループはそこをものすごく厳しく取り組んでいます。だから安定した利益を出せているんですね。
だいたい利益は3~4%だと言っていましたが、小売りでこれだけの利益を出すのはすごく難しいんですよ。
BIJ編集部・常盤
薄利多売と言われる業界ですものね。
なおかつその利益を、利用額に応じて組合員にポイントで還元している。いろいろな教育活動や環境活動に取り組む以前に、低価格ということで、すでにお客さんに貢献しているんですよね。
そもそも環境にいい商品って、だいたい価格が高いでしょう。そうすると、みんな「こっちのほうが環境にいいんだな」とは思いつつも、99%の人は安いほうを買う。人間は、所詮は経済合理性で動きやすい生き物なわけです。
環境ビジネスをしている人は、「この製品は環境にいいから、多少金額が高くてもお客さんはこの価値をわかって買ってくれるはず」と思うけれど、現実はほとんど誰も買ってくれないんです。
だから順番が逆で、最初に「これは環境にいいですよ」と謳わない。まずは利益をきちんと上げて、そこから環境問題や社会問題を解決するための原資を得る。この順番じゃないと、サステナブルではない、ということなんです。
コープさっぽろも、まだ道半ばだけど利益を出すことにこだわっています。以前、コープさっぽろの現場の若手社員に話をきいたことがあるのですが、「コープは社会にいいことをする会社だと思って入ってきたのに、なんでこんなに生産性とかコストカットなどで、ギリギリ詰められるんだろう」とギャップを感じている人も中にはいました。でも僕は改めてコープさっぽろの経営方針は正しかった、と思いましたね。そういう若手社員への説明をもっとすることも大事なのだと思います。
BIJ編集部・常盤
社会全体で豊かになるには、低所得者層にも手の届く、手頃な製品サービスを提供することが大事なんですね。
環境のサステナビリティだけでなく、企業活動のサステナビリティという意味でも、フィンランドの生協はロールモデルになりそうです。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。