サンフランシスコ郊外のリゾートで開催される4日間の招待制プログラム「リーダーズ・イン・テック」。メンバー同士が心を開くこのセッションでは、参加者が涙を流したり感情を爆発させたりする場面も。
Oliver Hospitality
ある週末、サンフランシスコ郊外の海辺のリゾート。かつてはラジオ界を築いた世紀の大立者の快楽の殿堂、後には邪悪なニューエイジ・カルトの拠点になったその場所で、見ず知らずの12人がトマレス湾を眺めながら車座になっていた。
太陽が水面をきらきらと照らし、湿地からのそよ風が頭上の松の葉をなでるなか、最近バリュエーションが4500万ドル(約67億5000万円、1ドル=150円換算)となったフィンテック系スタートアップの創業者兼CEOであるジョー(仮名)は、昨年父親が亡くなった日のことを語っていた。
ジョーは悲しみに打ちひしがれていたが、休暇をとる気にはなれなかった。彼の会社は資金調達の真っ最中で、会社のメンバーを失望させることはできなかったのだ。多忙なスケジュールの中では悲しむ暇もなかった。
ジョーは、自分が話を打ち明けている相手のことはほとんど何も知らず、彼らがどれだけエグジットしたのか、どこから出資を受けているのかはもちろん、彼らの姓さえ知らなかった。しかし、そこにいるのは全員がファウンダーで、理解があることは知っていた。だからジョーは、ずっと自分に許していなかった行動をとった——泣いたのだ。
「言葉にしたとたん、精神的にはどっと疲れましたが、同時に安堵もしました」(ジョー)
これは、ジョーをはじめとするスタートアップのファウンダー向けの、招待者限定の4日間のリトリート「リーダーズ・イン・テック(Leaders In Tech)」の1日目の出来事だ。このイベントは、ファウンダーたちが心を開いてトラウマを消化し、名だたるテック企業の舵取りにつきものの孤独に対処する方法を学ぶことを目的としている。
このプログラムを発案したのは、スタンフォード・ビジネススクールで20年以上にわたって対人関係力学(Interpersonal Dynamics)コースを教えてきた、著述家兼エグゼクティブコーチのキャロル・ロビンだ。
「リーダーズ・イン・テック」を発案したキャロル・ロビン。
Leaders in Tech
ロビンによれば、ファウンダーには図太い楽観性と、疑うことを許さない姿勢が求められるという。投資家であれ、従業員であれ、さらには配偶者であれ、ファウンダーはいつでも右肩上がりのストーリーを語らなければならないというプレッシャーを抱えているのだ。
ロビンはInsiderの取材に対し、次のように説明する。
「彼らにはありのままの姿を見せられる相手がいません。そのため、常に自分のイメージを変え、自分の発言を変え、自分の見られ方を変えなければなりません。それが孤独感や孤立感に拍車をかける。もっと言えば、心の病につながってしまうのです」
ファウンダーたちのメンタルヘルスが危ない
ファウンダーのメンタルヘルスに関する十分なデータはないが(言うまでもなく、多くは自分の苦悩を周囲に公表したがらない)、2015年にカリフォルニア大学バークレー校が起業家を対象に行った調査では、ファウンダーの72%がメンタルヘルスの問題を訴えていることが明らかになった(ちなみに、一般人でメンタルヘルスに不調を抱えているのはわずか約20%だ)。
この調査に参加した起業家の中では、うつ病、双極性障害、不安症、薬物乱用の問題に苦しんでいると回答した人の割合が大幅に高かった。
シリコンバレーでは、このような課題はファウンダーの生活として当たり前であり、公然の秘密のようなものだったが、スタートアップをとりまく最近の市場の混乱によって、状況は悪化の一途をたどっている。
ファウンダーの中には、ケタミンを微量摂取したり、48時間断食をしたり、「バーニングマン」の会場の砂漠をダブルデッキの自転車で走ってプレッシャーに対処する人もいる。しかし多くのファウンダーは、自分がいま苦悩の中にあるという現状を認めることさえ無理と感じているのだ。
先日のリトリートに参加した、元グーグル(Google)幹部でヘルスケアスタートアップ「フローリッシュ・ラボ(Flourish Labs)」創業者のオビ・フェルテン(Obi Felten)は、次のように話す。
「カンファレンスで人に会えば、いかに順調かを話すわけです。本当にくだらないことですが、実際、正直に話し合える相手はほとんどいません」
そこでロビンは「リーダーズ・イン・テック」とともに、ファウンダーたちが成功を追求することから解放され、弱さを認められる場を作ることに着手した。
シリーズA以上の資金を調達しているがIPOには至っていないスタートアップのファウンダーやCEOは、約1万ドル(約150万円)を支払えばカリフォルニア州マーシャルの「ロッジ・アット・マルコーニ・リゾート」の敷地内にある魅力的なバンガローで4日間過ごすことができる。日中は集中して感情と向き合い、夜は会食をしたり暖炉を囲んで集まったりする。
「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら」
参加者は、12人のグループに分かれて集まる。このグループ分けは、競合他社や投資家候補とペアにならないように慎重に行われる。ここでは売り込み、経歴のチェックなど、ネットワーキングを匂わせる行為は固く禁じられているのだ。
「彼らは本音で話しています。何かを売り込もうとする人も、お金を集めようとする人もいません」(ロビン)
集中的な「Tグループ」(ロビンいわく、TはセラピーではなくトレーニングのTとのこと)の参加者は、1日に最大12時間を費やす。このグループでは、ファシリテーターが障壁を取り除き、真のつながりを育むことを目指して演習を指導する。
例えば、「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら(If You Really Knew Me)」。これは、ファウンダーが「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら……」と切り出し、自分自身について2分間話をするという演習だ。
ロビンが記憶している中から、過去のセッションのファウンダーたちの反応をいくつか紹介しよう。
「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら、私が毎朝家を出るときに、鎧兜を身につけなければならないような気持ちになるのを知っているはずです」
「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら、起業しながら結婚生活を続けられるかどうか心配していることを知っているはずです」
「もしあなたが本当に私を知っていたとしたら、私が4日間もここに座って、他のみんなが披露する武勇伝を聞く気はないことを知っているはずです」
フェルテンはこのリトリートに参加したことで、ネットワーキング・イベントでの不自然なやりとりにどう対処したらいいかがわかったという。
「最初のセッションで私たちは完全に裸になり、おそらく親友やパートナーでさえ知らないような自分自身のことをさらけ出して告白しました」(フェルテン)
「リーダーズ・イン・テック」に参加したフェルテン。彼女のように、自分の人間性をさらけ出せる場がないと感じているファウンダーたちは多い。
Obi Felten
またフェルテンはリトリートで、女性CEOとして表に出してはならないと感じていた「怒り」に注目した。Tグループでの2日目、フェルテンは家族の依存症や精神病との闘いについて打ち明けながら、ある参加者に向かって怒りを爆発させたのである。
「その瞬間に思ったんです。ああ私、やっちゃいけないことをしてる。怒っちゃった、って」(フェルテン)
しかしグループの他のメンバーは、フェルテンがむき出しの感情を封じ込めるのではなく、その怒りを処理し、実はこれが恐れの発露にすぎないのだと理解する手助けをしてくれた。
「安全だと思えるあの環境の中で怒りの感情を見せたことは、大きな突破口になりました」(フェルテン)
その日の夕食後、フェルテンはトマレス湾の冷たい海で泳いだ。何時間も感情をさらけ出す過酷なワークを行った後に冷水の中に飛び込んだことで、自分が必要としているリセットができたように感じたという。太平洋に浮かぶフェルテンは、メンローパーク(編注:大手テック企業やVCが所在するシリコンバレーの一角)からわずか2時間の場所にいながら、シリコンバレーを100万マイルの彼方に感じていた。
リトリート後、フェルテンが職場に復帰した初日は大変だった。夫は留守で、朝から娘とケンカして月曜日のミーティングに遅刻した。怒りが再び湧き上がってくるのを感じたとき、フェルテンはTグループで学んだことを思い出した。そして、同僚たちとのミーティングの冒頭で、自分がどんなにつらい思いをしているかを話すことにしたのである。
すると他の社員も加わって、イライラさせられるボーイフレンドや、難病の子どもたちについて話し出した。後になって何人もの社員が、自分の弱さを見せる場を作ってくれてありがとう、とフェルテンに感謝を述べた。
一方、冒頭で紹介したジョーは、リトリートが終わったら月曜日の朝に仕事に戻る予定だった。だが、父親のことを話して泣き崩れてから数日経ったその日、ジョーは何年も自分に許していなかったことをもう一つ実行した。自分のために1日休暇を取ったのである。
「いつもならすぐに仕事に戻るところですが、Tグループの誰かが言ったことを思い出したんです。『あなたはいつも他人の世話を焼いてばかりだけど、あなた自身の世話は誰が焼いてくれるの?』ってね」(ジョー)