ベイン・アンド・カンパニーの堀之内順至さん(右)、パーキンス薫さん(左)。
撮影:竹下郁子
CEOや取締役などを務める40人超に取締役会のリアルを聞き取り、日本の“失われた30年”の背景に迫った前編。匿名を条件に行われた調査では、「意識の低さに唖然」「CEOに異義を唱えない人で固められた“オールド・ボーイズ・ネットワーク”になっている」「ファイナンシャルリテラシーが低すぎる」など、なまなましい声が多数上がった。
後編では調査を実施したベイン・アンド・カンパニーの担当者に、現状を改善するために必要な施策を聞く。
前編:「日本の取締役会は『意識低い』『イエスマンだらけのボーイズクラブ』。米コンサル大手の匿名調査で不満続々」
企業は取締役からのプレッシャーで成長する
そもそもなぜ今回の調査に踏み切ったのか。
ベイン・アンド・カンパニーはこれまで企業の「フルポテンシャル(価値最大化)」のための改革や戦略提案に携わってきたが、日本企業がグローバルで遅れを取っている要因にはいくつかのパターンがあり、中でも取締役会の運営や経営陣の視座の狭さにあると感じることが増えていたからだ。
「自身の在籍期間だけを見据えて、インクルメンタル(漸進的)な成長でいいと考えるトップの方々もいらっしゃる。アクティビスト(物言う株主)がきっかけで事態が動くケースもありますが、それはおかしい。というより、日本企業の高い潜在能力を考えると非常にもったいないです」(パートナー・堀之内順至さん)
ファーストリテイリングの柳井正・会長兼社長が「売上高5兆円、さらには10兆円」を目指していくと宣言したのは記憶に新しい。企業価値を最大化するには、野心的な目標を掲げること、それをやり切るためのコミットメントが必要だが、日本企業で実行できているのは、柳井氏のような「稀有な創業者」(堀之内さん)が率いるオーナー企業に多いという。これをいわゆるJTC(日本の伝統的な大企業)などにも広く拡大していくためには、
「取締役や執行役員の皆さんを一体となって突き動かすことが必要です。欧米のトップを歴任された方に何が一番のプレッシャーだったかたずねると、『取締役会での討議』と答える人は多い。
企業は、執行役員が取締役から企業価値向上に向けたプレッシャーをかけられることで、成長していく。
日本の取締役会に健全なプレッシャーをもたらし、日本企業の競争力の向上に貢献したいという思いで本調査と提言を行いました」(堀之内さん)
脱・足し算経営、企業価値向上へ部長クラスもコミットを
出典:日本企業の進化を加速させるボードアジェンダ
インタビュー調査に協力したCEOや取締役、機関投資家の8割が「グローバル企業に比べて、日本の経営層のファイナンシャルリテラシーは低すぎる」と嘆き、「日本には本当の意味でのCFOが非常に少ない」と話す人もいたそうだ。
ここに象徴的なデータがある。過去10年間のTSR(株主総利周り)水準において、アメリカと中国が約13%、イギリスが約8%だったのに対して日本は約5%と伸び悩んでいる一方で、日本企業の手元資金はアメリカや中国の約2倍と潤沢だ(本調査より)。これは日本企業の「リスク回避思考」と、「成長への再投資に消極的な姿勢」のあらわれだという。
出典:日本企業の進化を加速させるボードアジェンダ
「内部留保を貯め込むフェーズからは脱しつつありますが、それでは遅い。注力すべきフォーカスを定めてベットしない限り、競争に勝ち切れない市場環境になっているからです。
でも日本企業は『捨てる経営』が不得手です。いろいろな事業、分野に投資した結果、会社の強みが市場に伝わらず、マルチプル(株価収益率)が上がらないケースが多い。
取締役会が『選択と集中』を迫らない限り、『足し算経営』が続いてしまうことが大きな課題だと思います」(堀之内さん)
黒字であればコア事業だと認識される時代はとっくに終わった。「P/L(損益計算書)からフルポテンシャルを意識したROE(自己資本利益率)」を重視した経営へ舵を切る必要があるとベインは提言する。
「そのためには何をしたらTSRが上がっていくのかを分解して理解すること、そして市場(株主や機関投資家)からしっかりフィードバックをもらうことが重要です(パートナー・パーキンス薫さん)」
さらにこうした「自社の企業価値が上がるメカニズム」への理解は、役員だけでなく、事業部長クラスまで落とし込む必要があるという。
まずは「発言」しよう、話はそれからだ
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調査では 「発言しなければ、取締役としての義務を果たしていないことになる」と苦言を呈した社外取締役もいた。有意義な議論どころか、発言を促さなければならない役員もいるということだ。
「インタビューで多かったのが、取締役会では『空気を読まなければならない』という回答です。反対意見を言うときはオブラートに包まなければならない。言い方に気を使い過ぎて、本質が伝わらないことがあったという人もいました。
対して欧米では多角的にものごとを見るために、本音では賛成していても、あえて反対の立場から発言して議論を深める手法を取ることがあります。特に取締役の方などは、それが自分の義務だと心得ているので」(パートナー・パーキンス薫さん)
有意義な議論をするには、どうすればいいのか。調査では、「経営陣 対 社外取締役」という対立構造を打破するために会議でいつもと違う席、もしくはランダムに座ることが有効だと複数の取締役が証言している。またファシリテーターに外部の人材を活用している会社もあった。
ベインは今回の提言で、CXO(執行役)は「チェックリストを確認するような形式的な交流ではなく、研修などを含め、社外取締役と経営陣の間で質の高い時間を確保」すること、社外取締役は「波風を立てないよう無言を貫くのではなく、建設的かつオープンで率直な対話を自ら実践 」する必要があると説いている。