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- イーロン・マスクはTwitter買収後、広告を停止していた主要広告主のCMOと重要な会談を行い、有害コンテンツへの懸念を訴えるCMOに対し、Twitterから広告を引き上げることでその効果を証明しようと提案したが拒否された。
- 買収から1年経った現在も、マーケターとマスク氏の間で認識は一致していない。データはヘイトスピーチの増加を示し、セーフティ協議会らはメンバーはマスク氏がセーフティに関心を持っていないと感じ協議会を辞任。
- 協議会元メンバーらはユーザーからの攻撃の対象となっている。マスク氏の振る舞いは広告主の安全へのコミットメントと相反しており、従業員削減とコミュニケーション不足が広告主との関係悪化につながっている。
イーロン・マスク氏がTwitterを所有するようになってからおよそ2カ月が過ぎたころ、億万長者であり業界の重要人物でもある同氏はあるTwitterの主要広告主のCMOと極めて重要な会談を行った。この広告主はマスク氏によるTwitterの買収直後から広告を停止していたため、同氏としてはじっくりと解決策を話し合いたいと考えていたのだ。
マスク氏は熱心に耳を傾け、自身の投稿を含めたTwitter上の有害コンテンツに関するマーケター側の懸念を注意深く汲み取ろうとした。だがマーケターが話し終えて一息ついたところで、マスク氏はまるでTwitterと広告主のあいだに流れていた不協和音を象徴するかのごとき言葉を口にした。
同氏はそのマーケターに、Twitterからすべての広告を引きあげればいいではないか、そうすればTwitterが他のいかなる広告チャネルよりも効果的であるということが証明されるだろう、と提案したのだ。当然ながら、マーケターはきっぱりと断ったが、マスク氏にはその理由を推し量ることはできなかった。
騒動の末にマスク氏がTwitterの所有者におさまってから1年が経過した現在でもなお、このエピソードは、Twitterを利用する上でマーケターたちが直面する難しさを鮮やかに物語っている。現在はXという名称になったこのプラットフォームに対する考え方について、マーケターとマスク氏の認識はいまだに一致していない。
1年前の11月にイーロン・マスクはなんと言っていたのか
この点は以前とまったく変わりはない——劇的な買収の後でマスク氏が当時のTwitterにおけるインフルエンス・カウンシル(上位広告主から選抜された企業で構成)と最初の(そして最後の)会談を行ったときでさえ、すでにそうだった。
会談はマスク氏がTwitterの経営権を握った数日後の、2022年11月3日に行われた。マーケティングコンサルティング会社AJLアドバイザリー(AJL Advisory)の創設者でCEOのルー・パスカリス氏は長年カウンシルのメンバーを務めていたが、同氏によればカウンシルのミーティングには通常40名弱の参加者がおり、新型コロナウイルスのパンデミック以前は年に3~4回、直接顔を合わせて開催されていたという。
だがこの11月3日午前10時(東部標準時)に行われたZoomによるバーチャル会談は、当初カリフォルニア州ヒールスバーグで数日間にわたって行われる予定であったカウンシルとの対面でのオフサイト会議が延期になったため、直前になって代替的に実施されたものであった。この会談のホスト役は収益担当ヘッドに着任したロビン・ウィーラー氏が務め、マスク氏も同席した。
マスク氏は、「買収をめぐって混乱はあったけれども、自分はTwitterの将来のかじ取りをするにふさわしい人物であると納得してもらえるように、広告主に説明すべきだ」と、自身のチームから説得されていたのだった。このバーチャル会談に参加していた何人かによれば、やや表面的だったものの、効果はあったと思われる。マスク氏は期待されたとおりの話をし、約束をした。コンテンツモデレーション評議会に諮ることなくTwitterに変更が行われることはないと強調し、ブランドセーフティへのコミットメントを強く主張した。広告主たちはこれを聞いて満足した。
広告主の求めるものを理解していない
そしてマスク氏によるツイートの話題になった。誰かが彼に、自身の投稿はブランドにとって安全だと思うかと尋ねた。対するマスク氏の返答はさらりとしたものだった。「私や私が個人的なアカウントでやっていることと、Twitterのブランドや会社とは、切り離して考えてもらいたい」。
これが、マスターカード(Mastercard)、クラウドファンディングのゴーファンドミー(GoFundMe)、マイクロソフト(Microsoft)のCMOを含む118人の広告主に向けた同氏のメッセージだった。沈黙が続いた。
このような姿勢が広告主幹部たちに通用しないことは明白だった。出席者のひとりが明らかにしたところによると、あるマーケターが口を開いてこう述べたという。「イーロン、それはできない。私たちには上司がいて、自分の行動を擁護する必要がある。企業とそのCEOが別々のトークトラックを持つなどという状況は、誰ひとり目にしたことがない」。
その会談の後、インフルエンス・カウンシルは永久に廃止された。そして、マスク氏が広告主の求めるものを把握していないという事実を鮮明に浮かび上がらせた例は、これだけにはとどまらなかった。
「広告主の心を動かすことに失敗する」パターンの繰り返し
失敗に終わったあのZoom会談からわずか1カ月後、マスク氏はまたもやらかした。Twitterのトラスト&セーフティ(信頼と安全)協議会は世界中の約100の非営利団体からなる任意団体だが、その元メンバーであったアン・コリアー氏は、昨日のことのように当時を振り返った。
コリアー氏も協議会の同僚メンバーたちも、前CEOのジャック・ドーシー氏とそのチームについては、セーフティの問題に真剣に取り組んでいるとの印象をもっていた。その後、マスク氏へのTwitter売却までのあいだドーシー氏からCEOを引き継いだパラグ・アグラワル氏のもとでも、事態は停滞こそしたが、何も壊されることはなかった。だがマスク氏は、セーフティについての関心やコミットメントを同じレベルでは共有していなかったようだ。
この違いが鮮明になるや、コリアー氏と2人の同僚メンバーはこの協議会を辞した。彼らはデジタルヘイト対策センター(Center for Countering Digital Hate)と名誉棄損防止同盟(Anti-Defamation League)が発行した独自データを見たが、そこにはTwitter上での女性差別や反ユダヤ的中傷、人種差別的コメントが大幅に増加していることが示されていた。
だが協議会を辞任後、コリアー氏たちのもとにはTwitterやeメールを通じて大量のヘイトスピーチや暴力的な脅迫が送りつけられるようになった。
それで、マスク氏はどうだったのか? 「何人かの利用者のTwitter上での地位回復を許可したうえ、彼らから私たちへの攻撃をリツイートしては、私たちを実際にタグ付けしていた。彼らのなかのひとりは#pizzagateを始めた陰謀論者で、公然と私たちを攻撃していた」と彼女は述べている。
広告の要は話題性ではなく、信頼と関係構築
この行動は、マスク氏が過去にユーザーと広告主の安全を優先すると述べたコミットメントに大きく反するだけでなく、Twitterがこれまで掲げてきたすべてに逆行するものだった。本当のところ、マスク氏による買収後の最初の数週間から数カ月で、Twitterの文化は180度転換してしまった。かつてマーケターたちは、Twitterというプラットフォームにおける自分たちの立ち位置を明確に理解していた。だがそのTwitterは今、プレスを通じて偶然知る発表以外に、マーケターとのコミュニケーションが事実上ない状態へと変貌してしまった。
このような変化が生じたのはすべて、マスク氏がTwitterを買収した際に従業員を大幅に削減したからだ。およそ7500人いた従業員は、わずか1500人になった。離職者が増えるにつれて、同社と広告主との間のギャップは広がり続けた。もちろんマスク氏はその溝を埋めようと努力はしたものの、おそらくは見当違いなやりかただったのだろう。
ある広告エージェンシーの幹部が匿名を条件に語ったところによると、マスク氏はTwitterを所有するようになって間もないころ、「広告主たちをTwitterに呼び戻すためにはどのような追加的データが必要なのか」と、コマーシャル部門の上級幹部たちに頻繁に尋ねていたという。
だが広告活動の要となるのは、プラットフォームとの信頼と強固な関係の構築である。プラス面とすれば、マスク氏は広告主にとって極めて重要な側面が何であるかを理解していたようだ。値引きである。
2023年初めのスーパーボウルを前に、多くの広告主が獲得に向けて動いた。マスク氏は2月中に投資されたあらゆる資金について、広告主1社あたり最大25万ドル(約3750万円)の広告費と同額を上乗せするオファーを出した。Twitterの営業担当者でさえ、DIGIDAYの取材に答えたある広告企業幹部に対して、これは「狂気の沙汰」だともらしていたという事実が、多くを物語っている。だがそれ以上に実情をよく表しているのは、多くのマーケターがこの機会を利用しない選択をしたという点である。
この広告企業幹部は会社からTwitterに関して話をする許可を得ていないため匿名でDIGIDAYの取材に応じ、「私たちは何社かのクライアントにこの話を持ち込んだが、いくつかの会社はTwitterへの投資再開に関連するPRについてまだ懸念をもっていたため、これを利用しなかった」と話してくれた。