グーグルのピチャイCEO。
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アップル(Apple)が2021年4月にiPhoneのプライバシーポリシーを変更したことで、オンラインでの消費者への働きかけが困難になった。以来、グーグル(Google)は広告キャンペーンのパフォーマンス向上と広告収入の回復に向け、AI(人工知能)に賭けている。
同社の最も重要なプロダクトの1つが、2年前に開発された「Performance Max(P-MAX)」と呼ばれるツールだ。P-MAXはAIを使用して、YouTube、検索、ディスプレイなどを含むグーグルのサイトで広告を掲載するべき場所を決定する。グーグルは最近、このプロダクトの使用を中小企業のマーケティング担当者に推奨し始めた。
複数の広告代理店によれば、P-MAXは小売業者の関心が特に高く、こうした小売業者は顧客を見つけて売上を伸ばすためにP-MAXを利用している。
例えば広告代理店のティヌイティ(Tinuiti)は、第3四半期中、グーグルの人気ショッピングリスト広告に対する小売業者の支出の36%がP-MAXを使用して購入されたと話し、中には90%以上をP-MAXに費やしている小売業者もいるという。またティヌイティによると、P-MAXのおかげでグーグルのショッピング広告に対する小売業者の支出は、前年比16%増加したという。
パフォーマンスを重視する他の広告代理店でも、このツールへの支出が増えている。マーケティング代理店のベラルディ・ウォン(Belardi Wong)によると、小売業者向けのグーグル広告の68%がP-MAXを使用して配信されており、2022年の50%から増加している。
デジタルエージェンシーのアーム・キャンディ(Arm Candy)は、小売業者のグーグルへの支出の45%はP-MAXの使用に伴うものだと説明。4番目に接触した代理店によると、小売業者がグーグルのショッピング広告に費やす費用の60%をP-MAXが占めているという。
グーグルのAIを警戒する広告主
しかし、P-MAXが広告のエコシステムで普及するにつれて広告主は、アルゴリズムによって広告パフォーマンスを向上させるとの主張に警戒心を強めてもいる。そのやり方と実際の広告の掲載場所に関して、透明性が欠けているからだ。
アーム・キャンディの広告オペレーション担当ディレクター、ザック・トンプソン(Zach Thompson)は、同社は今年P-MAXへの支出を削減すると発言した。グーグルのAIが広告の掲載場所を決定する際に制御できず、追跡や測定が困難だというのがその理由だ。
例えばP-MAXでは、キャンペーンのためにYouTube、検索、ディスプレイの広告を組み合わせて配信されることが多い。
しかし、広告主は目的に応じて異なるフォーマットを使用している。例えば、YouTubeは通常ブランドの認知度を高めるために使用されるが、検索広告は売上やコンバージョンを高めるのに用いられる。
また、P-MAXの配信には一貫性がなく、YouTubeの枠で大量に配信することもあれば、ディスプレイ広告を大量に配信することもあるとトーマス(Thomas)は指摘する。
アーム・キャンディは、P-MAXから人間が管理する従来のキャンペーンに支出を振り向ける。また同社は、P-MAXをより詳細に把握するために、広告が掲載された場所を分析する独自の社内ツールも開発したという。
「P-MAXの使用を停止したら、パフォーマンスが向上することがわかりました」(トーマス)
これとは別に、電通傘下のデジタルエージェンシー、マークル(Merkle)もP-MAX使用後のパフォーマンスの低下に気づいたと業界誌メディアポストが報じている。
グーグルの検索・コマース関連グローバル広告担当バイスプレジデント、ブレンドン・クラハム(Brendon Kraham)は、P-MAXは意図的に異なる広告フォーマットを組み合わせて配信しており、パフォーマンスの低下は配信に利用できる広告の数に基づいていると説明する。
また、匿名を条件に取材に応じた別のパフォーマンス広告の代理店幹部は、P-MAXへの支出を管理型のショッピングキャンペーンの予算に置き換えることを計画していると明かす。というのも、P-MAXキャンペーンの広告費用対効果(1ドル当たりの売上寄与度を測定する重要指標)がこの夏に減速し始めたからだ。
この減速後、P-MAXはブランド検索キャンペーンを配信することで成績が改善し始めた、と同幹部は語る。ブランド検索キャンペーンとは、例えばハーシーズ(Hershey's)なら「ハーシーズ」というキーワードに合わせて配信するというように、自社のブランド名が表示されるのに応じて企業が検索広告を配信するというものだ。通常、こうしたキャンペーンは高いパフォーマンスを発揮する。
「ブランド検索キーワードがP-MAXに取り込まれたことで、P-MAXの印象がよくなりました」(代理店幹部)
同幹部は、P-MAXがブランド検索キーワードに合わせて配信していることを知って驚いたそうだ。マーケティング担当者は通常、予算をすぐに使い果たしてしまわないように、これらのキャンペーンをAIではなく人間の手で管理したがるものだ。
グーグルのクラハムの説明では、P-MAXは他の検索関連予算に組み込むことができるという。また、マーケティング担当者にとっては多くの場合、P-MAXを利用して検索広告を配信するのがベストプラクティスであり、これによってコンバージョンを平均18%増加させることが可能だという。
「P-MAXを利用することで、予定していなかったインプレッションや検索効果の追加購入が発生する可能性はありますが、懸案の費用対効果は得られるでしょう」(クラハム)
新規顧客の開拓に役立つとの見方も
グーグルは、P-MAXの配信に対する広告主の懸念に対処しようと努めている。グーグルは2023年7月、P-MAXキャンペーンから特定のキーワードを除外する機能を追加した。これ以外に最近加わった機能としては、マーケティング担当者が新規顧客の開拓に特化してP-MAXを活用できるオプションなどがある。
また、ベラルディ・ウォンなど一部の代理店は、キャンペーンを完全に制御できなくても、いわゆる「セールスファネル」の上位にいる人たちを探すことで新規顧客の獲得に寄与することから、P-MAXへの支出を継続する。こうした顧客が購入検討を始めたところだ。
ベラルディ・ウォンのデジタル戦略・統合マーケティング担当バイスプレジデント、カーラ・マーフィー(Calla Murphy)は次のように語る。
「マーケティング担当者にしてみれば、可視性と制御性が多少失われることは問題ですが、このようにファネルが拡大することを考えればP-MAXへの支出を増やす価値はあります」