「魚の代理出産」で養殖革命。テクノロジーで「美味しい」が加速する

サンマ

pro ust/Shutterstock.com

秋の味覚、サンマを筆頭にアジ、サバ、マグロとお馴染みの魚がスーパーに並ぶ。しかし、これらは日本近海に生息する約4000種類の魚のうち、ほんの一握りだ。私たちの食卓に上る魚は実は限られている。

どんなに美味しい魚でも獲れる量が少ない、養殖が難しいなど、市場に出るまでにはいくつもの障壁があるからだ。

東京海洋大学から生まれたスタートアップ、さかなドリームは、これまで漁獲量が少なかったり、養殖できなかったりする魚を「別の魚に生ませて育てる」驚きの技術を用いて、日本の養殖業に新しい風を吹かせようとしている。

「世界一旨い魚を創る」

そう目標を掲げるさかなドリームでCTOを務める森田哲朗さんに話を聞いた。

※取材の様子は、Business Insider JapanのYouTube各種Podcastサービスからご覧いただけます。

「魚のポテンシャルはこんなもんじゃない」

森田さん

さかなドリームの森田哲朗CTO。

撮影:小林優多郎

「魚のポテンシャルはこんなもんじゃないぞ、という想いがずっとあったんです」(森田さん)

森田さんは熱い想いをこう語る。

世界では人口増加に伴って養殖需要は右肩上がりに増加している。一方で、日本では人口減少や魚食離れで需要は頭打ちだ。

日本は水産資源大国。近海に生息している魚種は4000種を超える。それにもかかわらず魚食離れが進む現状に、森田さんはモヤモヤを抱えていた。

魚種は多いのに日常的に食べられないのには理由がある。そもそも漁獲量が少なく仕入れが安定しない魚は値付けもしにくく流通網に乗りにくい。養殖しようにも、卵や仔魚(稚魚)の確保が難しかったり、産業として成立する規模でうまく育てられなかったりする問題もある。

「養殖生産されている魚は、マダイやブリの仲間、クロマグロ、シマアジといったオーソドックスな仲間だけで9割なんです。飼いやすさや、養殖するために必要な稚魚が簡単に手に入れられるような魚だけが養殖されてきているという実情があるんです」(森田さん)

そこで目をつけたのが森田さんの恩師であり、さかなドリームを共同創業した東京海洋大学の吉崎悟朗教授が長年研究してきた「代理親魚技法」と呼ばれる技術だ。さかなドリームではこの技術を使って、既存の手法では実現できなかった数々の魚の養殖を実現しようとしている。

世界の漁業・養殖業生産量

世界の漁業・養殖業生産量の推移。養殖業の需要は増加の一途を辿っている。

画像:令和4年度 水産白書

育てやすい魚に、「育てたい魚」の卵や精子を作らせる

「代理親魚技法」とは簡単に言えば特定の魚の卵や精子を別種の魚に作らせる技術だ。

狙った魚から「生殖幹細胞」と呼ばれる卵や精子のもとになる細胞を採取し、育てやすい別の魚に移植することで、移植した魚の産卵周期に合わせて目的の魚の卵や精子を手に入れることができる。

吉崎教授は『サバからマグロが産まれる!?』というタイトルの本を執筆するなど、代理親魚技法を適用できる魚種の拡大を目指し研究を続けてきた大家だ。森田さんは吉崎教授の研究室出身で、博士課程修了後に一度水産大手のニッスイに就職し養殖技術の開発に従事。その後、東京海洋大学に戻り、研究者として研究を続けながら、さかなドリームを共同創業した。

代理親魚技法

「代理親魚技法」を使うことで、別の魚に精子や卵を作らせることができる。

画像:小泉絢花

森田さんは現状の技術について、

「どうやらマグロとサバだとちょっと(種として)遠すぎるということが見えてきました。バチっと種の違いで(代理親魚技法が使えるかどうかが)線引きできるわけではないのですが、種の1個上の属のレベルで一緒であれば結構な確率でうまくいきます。さらにその上の科のレベルまでいくと確率は下がるけれども中には上手くいく組み合わせもあります」

と話す。

さかなドリームとして最初に養殖を目指すのは、魚の美味しさを知り尽くした吉崎教授が絶賛するアジ科の「カイワリ」という魚だ。吉崎教授や森田さんと同じ東京海洋大学の客員准教授であるさかなクンも、「本当に美味しい」と絶賛する魚だという。

カイワリ

さかなドリームが最初に開発を狙うアジ科の「カイワリ」。

画像:東京海洋大学 水圏生殖工学研究所

すでに、カイワリから生殖幹細胞を取り出して同じアジ科の養殖しやすい種に移植。卵と精子をそれぞれ取り出して、さらにそれを人工授精させて孵化、成魚にまで育てることに成功している。さかなドリームとしては今後、スケールアップして安定的にカイワリを供給できることを検証していく計画だ。

美味しい魚だけを「選別」して品種改良することも

代理親魚技法のメリットは、単に育てにくい魚の卵などを手軽に得られるということだけにとどまらない。

新鮮な生殖幹細胞さえ手に入れば移植が可能なため、朝、定置網に入って途中で死んでしまった魚でも、しっかり冷やされていれば生殖幹細胞を移植することができる。

極端な話、食べた後に「美味しかった魚を選別して養殖する」ことも可能だという。生殖幹細胞は冷凍して保存しておくこともできるため、

「まさに今それ(生殖幹細胞を取り出しライブラリ化する作業)をやっている最中で、『この魚は美味しいよ』と、みんなから言われたものを集めて、今凍結しています」

ともいう。

スーパー

スーパーマーケットで魚を購入するときには、産地によってブランド化されているケースが多い。

ymgerman/Shutterstock.com

さらに代理親魚技法を使えば「ハイブリッド化」した、新しい品種の魚を生み出すことも可能だと森田さんは話す。

例えば、養殖実績のない魚と、養殖実績のある魚を交配させることで、育てやすい新しい魚を生み出すことができる。異なる種同士を交配させるのは、産卵時期の違いなどもあるためそう簡単ではない。ただ、「代理親魚技法」を用いて、生殖幹細胞を移植すれば交配させやすくなり、これまで不可能だった新たな組み合わせ(品種改良)に挑戦できる可能性も広がるという。

これまで市場に存在しなかった新しい魚を生み出すことは、ブランディングという観点からもメリットが大きい。現状、水産物のブランディングは産地別になされることが多い。代理親魚技法を用いて「新しい品種」を生み出すことができれば「魚そのものを推していける」(森田さん)という。

ただ、品種改良によって誕生した魚を養殖する過程では、自然界へ流出した場合の影響も懸念される。実際、九州で「タマクエ」と呼ばれるハタ科の「タマカイ」と高級魚の「クエ」を掛け合わせた新魚種(交雑種)が自然界に漏出し、生態系への影響が危惧されている

森田さんは、漏出した際の生態系への影響を考慮する上で考えなければならないことは2点あると指摘。一つは、品種改良した新魚種の遺伝子が自然界に広がっていく点だ。ただ、この点については、不妊化した魚を養殖することで仮に自然界に漏出しても影響を限定的に抑えることができるという。

もう一つ考えなければならないのは、自然界に漏出した際にその地域に生息している生態系を破壊してしまうリスクだ。

森田さんは

「評価は難しいのですが、ハイブリッド化した魚に限らず生態系(食物連鎖)の中でどこに位置してるのかによって、どのくらい周りの魚を食べてしまうのかは変わってきます」

とした上で、養殖しようとしている地域にもともと生息している魚との魚食性や攻撃性の違いを比較する研究なども場合によっては必要になるかもしれないと今後の課題を指摘する。

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