提供:西出裕貴
持ち物は、バックパック、もしくはスーツケースだけ。
草原を転々とする遊牧民のように、移動生活を続ける人たちがいる—— 。
「アドレスホッパー」と呼ばれるこの人たちは、人口としては決して多くはない。だが、働き方も多様化する今、人々の暮らしの選択肢に上ることも増えたのではないか。
その実情に迫るべく、多拠点生活のサブスク・ADDress(アドレス)を利用している2名のアドレスホッパーに話を聞いてみた。
ミニマリストじゃなかった
提供:西出裕貴
西出裕貴さん(33)は、アドレスホッパーを初めて早3年。これまでに、37都道府県・108拠点を使用してきたという。
西出さんの持ち物は、基本的に機内持ち込みサイズのスーツケースとバックパックのみ。服は5日分だけを持ち歩く。
2022年10月から長野県塩尻市のシェアハウスを拠点とし、現在は車移動も多いというが、所持品の量は依然としてあまり変わらない。
「それでもお土産を買う余裕が増えたかな……ってくらいです」
提供:西出裕貴
コロナ前の2020年、家族の看病のために地元・大阪と東京を行き来する二拠点生活が始まったという西出さん。都内のマンションを解約し、ホテル暮らしからスタートした。
アドレスホッピングのきっかけは環境の変化によるものではあったが、突然の移動生活へのシフトはそこまで精神的負担があった訳ではなく、むしろ楽しめた様子。
「今思えば、本棚に並ぶ本には『ノマド』や『世界一周』といったワードも多かったですし、アドレスホッパー的な暮らしにどこか憧れはあったんだと思います」
一方で、今でこそ所持品はかなり少ない印象だが、それも「一番辛かった引っ越しの荷物整理」を経てのことだという。
「僕は全然ミニマリストだった訳じゃなくて、むしろ家を手放すときに、持ち物と大量にお別れしたんです。
でもその時に、ものを捨てる辛さを身をもって実感したので(笑)、だんだんと欲しいものも絞られてきて、コンパクトな暮らしに慣れていきました」
ホテル暮らしののちに、ADDressなどのサブスクに切り替え、本格的なアドレスホッピングを始めた西出さん。
特に日々のルーティンを設けることは大事にしているという。
「朝は家で仕事しない。カフェやコワーキングスペースに行きます。リモートワークあるあるですけど、切り替えを作っていかないと、やっぱりだらけちゃいますね」
大手メーカー勤務、出張と拠点移動の2年間
提供:近藤美奈子
一方、近藤美奈子さん(29)は都内の大手メーカーで働きながら、東京と拠点間、さらには出張先にも移動する生活を2年以上続けた。
近藤さんも、以前からゲストハウスに宿泊したり、あえて転勤の多い就職先を選んだりと、アドレスホッパーに通ずるような生活には抵抗がなかったという。
特に転勤先の山梨では、大好きな登山をしたり、スーパーで地元のおばちゃんに話しかけられたりする中で、「旅行じゃなくて、住まないと分からないことがいろいろある」と気づいたという。
現在フリーランスとして働く近藤さんは、「正直、週に1回以上は出社義務のある会社員にとって、多拠点生活はタフだった」と当時を振り返る。
「埼玉の実家を拠点に、出社や出張のタイミングを使って移動するんです。出張先の熊本から、飛行機で東京に帰ってきて、そこから山梨に戻る……なんて生活もしてましたね。
会社には一言も言わずにやっていたので、まさか今朝茨城や長野から出社してきたなんて思わなかったでしょうね(笑)」
新潟県に拠点を構えた今も、車移動でアドレスホッパーを続ける。
「大人になると仕事以外で人と会う機会が減ってしまうと思うんですけど、普通に暮らしていたら会えないような職業や年齢層の人に、意図しない形で会えるのが魅力です。
ウィークタイズっていう言葉もありますが、趣味の友達のような好きなものでつながるのとはまた違う、コミュニティほどかっちりし過ぎていない、ゆるいつながりがちょうどいいです」
人見知りでもいい
提供:西出裕貴
ADDressは、会員のみが利用する住居も多く、共有スペースでは通常のゲストハウス以上に人との交流が盛んだという。
3年目のベテラン・西出さんも、ADDressを利用し始めてからは1日に1人以上は新しい出会いがあり、これまでに「軽く1000人弱は会っている」とのこと。
一方で、毎日のように新しい人と出会うのは、刺激も多い反面、人疲れを起こしてしまうのではないか。外向的な性格でない限り、どうも辛い生活のように見えるが……。
こうした疑問を西出さんに投げかけてみると、「むしろ僕は人見知りなほう」と返ってきた。
「『24時間いろんな人と喋りたい』なんて全く思ってなくて。 この生活をしていて、1人になれる時間と、みんなで一緒にいる時間を自分で選べるかどうかが大事なんだなって気づきました」
提供:西出裕貴
そんな西出さんが取り入れたのが、「定期的に完全1人の時間を作る」というマイルール。月に1回、ADDressの施設ではなく、一般的なホステルやホテルを利用しているという。
「いろんな人に会えば会うほど、嬉しい気持ちになる時もあれば、劣等感を感じる時もある。なので、こうした滞在だったり、移動の時だったり、1人になる時に振り返りをすることも多いです」
全国を移動し続ける人は少数派
一方で、アドレスホッピングを続けていくのは、働く場所に制約のない職業や会社を選ぶ、もしくは相当な体力がない限り難しい。現に、2人はそのどちらかに当てはまものの、最終的には拠点を持つという選択をしている。
ADDressを運営する株式会社アドレスによれば、当初の2人のような長期間家を持たない暮らしをする人は、会員の中でも稀だという。
「多くの人はアドレスホッピングをする中で、自分にフィットするところはどこか、居場所を求めています。
いざ、腰を据えるコミュニティが決まったとて、数カ月や半年でまた多拠点生活を開始する人もいます。ですがこれも、最終的な定住先を模索する中でのことです」