トマトケチャップにトマトジュース、さらに野菜ジュースまで、カゴメの商品を口にしたことがある人は多いのではないだろうか。
撮影:三ツ村崇志
トマトケチャップや野菜ジュースなどで知られる明治32年創業の老舗加工食品メーカーのカゴメ。今、カゴメは「トマトの会社から野菜の会社に」を合言葉に、その有り様を変革しようとしている。
変革の一環として力を入れているのが、プラントベースフード事業だ。パートナーを務める一社は、渋谷ロフトなどにプラントベースフード専門のカフェブランド「2foods」などを展開するスタートアップのTWO。
カゴメとTWOが共同開発したプラントベース商品。代替卵にカレー、そして第3弾となるのが「エナジードリンク」だ。
撮影:今村拓馬
両社は2021年春に包括業務提携契約を結ぶと、2022年春に第1弾商品となる完全植物性のオムライス「Ever egg オムライス」を発表。2023年4月には常温タイプの「Ever Egg」も展開し、全国スーパーへと販路を拡大している。さらに2023年9月には、第3弾商品として日本のプラントベース食品では異色のエナジードリンク「2Energy」を発売。2foodsの店舗や各種EC、1都3県のコンビニエンスストアなどへ展開中だ。
トマトをはじめとした「プラントベース」食品のプロフェッショナルであるはずのカゴメが、なぜスタートアップ企業と組んでまでプラントベースフードに力を入れるのか。
カゴメの山口聡社長とTWOの東義和代表に、大企業とスタートアップがこの分野に挑戦する理由を聞いた。
TWOの東義和代表(左)とカゴメの山口聡社長(右)。取材はカゴメの東京本社で実施した。
撮影:今村拓馬
——動物性原材料を使わないプラントベースの「エナジードリンク」を発売したそうですが、かなり変化球だと感じました。開発の狙いは?
TWO東義和社長(以下、東):カゴメとの協業が始まってから、いろいろ製品開発が並行して走っています。代替卵のようなものもあれば、今回発表したエナジードリンクのように少し変化球に見えるものもあります。
ポイントとして、日本と欧米のプラントベースフードのマーケットサイズや、消費者のモチベーションの違いがあります。先行しているアメリカ市場では、分かりやすい肉や卵などのカテゴリーが伸びてきた中で、今はいろいろな領域に広がっています。エナジードリンクもその一つなんです。
卵や肉と比べると変化球に見えるかもしれませんが、プラントベース志向がなかった人が商品を知るきっかけになると思っています。市場を戦略的に広げていこうという背景があります。
2Energyはコンビニでも展開している。カフェインフリー、ゼロカロリー、ゼロシュガーでもある。
撮影:三ツ村崇志
——カゴメは第二次中期経営計画の振り返りで、プラントベースフードの拡大を「課題」として挙げています。2021年のTWOとの業務提携はその課題解決の一環だと思うのですが、なぜ今プラントベースフードに力を入れることになったのでしょうか。
カゴメ山口聡社長(以下、山口):10年前に(中期経営計画を)考えたときに、健康寿命や環境、あるいは農業分野など、社会課題を解決する中で成長していきたいという答えが出てきました。プラントベースフードはそこに対する解決策を提示する商品群です。それは、TWOと協業を始める前から考えていました。
ただ、プラントベーストフードはカゴメにとっても新しい領域です。「自前で本当にできるのか」という懸念もあったんです。
——トマトケチャップや野菜ジュースなど、カゴメの商品群はそもそも「プラントベース」です。わざわざ新しい事業として取り組む必要はなかったのでは?
山口:トマトジュースや野菜ジュースなど、(カゴメは)素材そのものの良さを生かした商品が多いんです。お客様が欲している「メニューとしての植物性食品」というニーズに十分応えられていませんでした。
自社でもプラントベースのパスタソースなどを作っていましたが、もう一段進めようとTWOとの協業がスタートしたんです。
撮影:今村拓馬
──TWOと協業した2021年当時、日本では代替肉スタートアップが大きな話題となっていました。そういった中で、TWOを選んだ理由は?
山口:マーケティング力が優れているとか、プロダクトのクオリティが高いとか、事前に色々お話は聞いていました。ただ、最初にTWOのメンバーとお会いしたときに、「ヘルシージャンクフードがコンセプト※」という話があって、メニューのクオリティも高かった。その場でディスカッションしたときのスピード感や熱量も、やっぱり感じるものがあった。
私1人だけではなく、その場にいた(カゴメの)メンバーが「この人たちと一緒にやったら面白いことが起きるかもしれない」と感じたんです。そこで、もう1歩踏み込んでみようと考えました。
※ヘルシージャンクフードは、2foodsが当初掲げていたコンセプト。
——とはいえ、当時、2foodsは店舗もまだ持っていませんでした。よく提携する気になりましたね。
山口:実はそれ以前にも、例えば「野菜をどれだけ摂取しているか調べる機械」をドイツのベンチャーと一緒に作ったり、NECとAIの会社を作ったり、オープンイノベーションの枠組みで今までにないアウトプットが出ることを実感していました。
プラントベースフードの領域では初めてでしたが、オープンイノベーションの価値は分かっていました。
「プラントベース」であることがブランド化された企業
カゴメとTWOが共同開発した第1弾商品のオムライス。100%プラントベースの素材でできている。
撮影:三ツ村崇志
——カゴメでは自社ブランドや、不二製油と共同開発したプラントベース商品なども展開しています。TWOとの共同開発商品の役割は?
山口:一番の違いは、メーカー間でやるのか、飲食店を持っている方とやるのかだと思います。どっちがいいという話ではありませんが、お客様に直接接しているTWOと、私たちメーカーでは当然カルチャーが違います。
——店舗をもつ企業と連携するメリット、期待する側面はどういった点ですか?
山口:加工食品メーカーがお客様と関係を持てるのは、D2CかECしかありません。
多くは小売店で商品を販売しているので、消費者の反応を取り込むスピードは遅くなります。ですが、毎日お客さんが店舗に来て商品の感想をいただける、そのフィードバックのスピードは魅力的でした。
商品の後ろにレストランがあることによる世界観の広がりは、単なる加工食品・レトルトとしてプラントベースフードのパスタソースを開発しているだけでは出せないものだと感じています。
「カゴメ一択だった」とTWOの東代表は語る。
撮影:今村拓馬
——逆に、TWO側からみたカゴメと協業するメリットはなんだったのでしょうか?
東:正直我々はカゴメ一択、という気持ちでご相談させていただきました。(当時)「プラントベースフード」という言葉がトレンドになっていた一方で、植物性食品を取り扱うことがブランド化されている(カゴメのような)企業は多くありませんでした。
カゴメも「トマトの会社」から「野菜の会社」として、プラントベースをより強く打ち出そうとしていたことは私たちとしても重要でした。
新規事業の一角としてやっているのと、トップがそう発信してやっているのでは、天と地ほど違います。我々としては、まずはそれでご一緒したいと思っていました。
また我々はレストランで商品を出すことを追求してきましたが、工業化して製品を出していくことはまったく別ものです。
製造工程や品質管理、均一に味を整える技術は、蓄積されたノウハウが必要です。そういったアセット、ノウハウを持つ企業と絶対に組みたかった。そういった機能的なところも、カゴメと組むメリットとして大きかった。
——どう口説いていったんでしょうか?
東:我々が口説き落としたという感覚はないんですが、カゴメのオープンイノベーションへの向き合い方が一番影響していると思います。
我々もいろいろな企業とお話をする中で、トップ、上層部と現場の間にギャップがあることが多いんですが、カゴメではそれがなかった。会社の意志が現場サイドにも浸透していて、コミュニケーションがすごく円滑に進んだことがうまくいっている要因だと思います。僕らも変な遠慮をせずにやらせていただけました。
オープンイノベーションを生み出す組織づくり
取材中、山口社長はオープンイノベーションの重要性を繰り返し指摘していた。
撮影:今村拓馬
——オープンイノベーションを受け入れる組織作りは、カゴメとして意図的に取り組んでいたのでしょうか?
山口:私が2020年に社長に就任した際に、カゴメは「利益は確保できるが成長できていない」という課題を抱えていました。それを打開する手法として、オープンイノベーションに目を付けたんです。
——創業100年を超える老舗企業が、いきなり変われるものでしょうか。
山口:既存の事業部門にいきなり話を持ち込まないことが重要だったと思います。会社として、TWOとどう付き合うかを早い段階で決めてから進めていました。
いきなりトマトケチャップを作っている部門と話を進めてもうまくいきません。TWOとのプロジェクトでは、立ち上げたばかりの事業開発室を中心に進めていきました。
——社長就任後、意図的にオープンイノベーションに特化した組織を作ったと。
山口:はい。意図的に作りました。実は、 私が研究部門の責任者だった頃に、1部門ではありますが、同じようなことをやったんです。それがうまくいったので、社長になって同じような方法でできないかと考えたわけです。
——なぜそういう組織が必要だと感じたのでしょうか?
山口: 研究部門にいた時代に、オープンイノベーションの進め方をかなり勉強しました。既存事業とのコンフリクションが起こり得るなど、実際にやるならこういうスタイルがいいのかなと。世の中には失敗事例はたくさんありますので、どういう組織が必要かある程度考えていました。
——オープンイノベーションが重要だということは分かったのですが、実際どういう効果があったのでしょうか?
山口:商品のコンセプトや設計、各レイヤーの発想が全く違います。カゴメの中で当たり前になっていても、実はそうじゃないことはたくさんあるわけです。
東:我々が(カゴメからすると)「絶対それは使わないだろう」みたいなものを無邪気に持っていくので、それが普通じゃ考えないアイデアになっているのかもしれません。我々としても、「もうこれ以上はできない……」と妥協してしまいそうな部分で、カゴメが色々なパターンを検証してくださり、量産化に落としこむプランが出てくる。
量産化する過程で、そのアイデアを超えるような技術をゼロイチで作った部分もありました。
——通常の商品開発ではできない無茶を試していく環境、雰囲気にできたことはカゴメとして大きなことなんでしょうね。
山口:そうですね。やっぱり「チャレンジしよう」という話は常に言っていますが、実際はなかなかチャレンジできないものです。
「美味しくなさそう」を払拭
渋谷ロフト2階にある2foodsのフラッグシップ店。インバウンド需要が増えているという。
撮影:三ツ村崇志
——世界をみると、プラントベースの市場の勢いに陰りがみられています。現状の国内市場の動向をどう考えていますか?
東:私が店舗で見る限り、母数は少ないですがあまりネガティブな印象はありません。むしろ最近はインバウンドが戻っているので、ヴィーガンやベジタリアンをはじめ色々な方が来てくださっているという肌感です。 売り上げにも(その影響が)出てきています。
僕の主観ですが、基本的に「過渡期」なのだと思っています。
地球が抱えている課題は、トレンドとして消費されるものではありません。日本は黎明期で、プラントベースのポジティブな価値観や飲食シーンがまだ根付いていませんが、分かりやすくお店で表現することができれば、「自然に手に取ったものがプラントベースだった」というようにボトムが広がっていくと思っています。
——カゴメからみた現状のプラントベース市場の状況はどうですか?
山口:カゴメがプラントベースフードをやろうとした動機の一つは、東京オリンピックだったんです。何千万人もやってくる海外の方の中にいるプラントベースフードを欲する人を狙って、「ホテルやレストランに原料を供給し、それを家庭用に展開する」というプランでした。
ところが、東京オリンピックがああなってしまって、立ち上がりが遅れてしまった、というのが正直なところです。
東さんからもあったように今はインバウンドが戻ってきている。当初思い描いていたようなホテル、レストランでメニュー化して、認知を広げていく活動がいま動き出しています。
スーパーなど小売での販売も、期待感がすごくあります。
ただ、価格や認知、「あんまり美味しくなさそう」というイメージなどを払拭していくことが次に進む上で重要だと思っています。この何年かの間に、もともと考えていたインバウンド、外食側からの流れの中で、状況を変えていきたいと思っています。
東:外食が扱うことってやっぱりすごく意味があると思うんです。今までプラントベースフードを取り扱う会社って、「サステナブルなものに取り組みたい」という思いが先行しているケースが多かった。
現場のバイヤー目線だと「やらなきゃいけない」という発想って、本質的に広がるイメージが湧きにくいんです。
でも、インバウンドなどの「需要」が出てくると、シンプルにビジネスとして考えるようになります。プラントベースを提供した方が(ビジネスとして)良い、となる。すると、本当に広がっていくことになる。今はそういう入り口なのだという気がしています。