Temuは2022年9月に米国でビジネスを始め、すでに47カ国に進出した。
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アメリカ発祥のブラックフライデーが日本でも浸透してきた。今年のセールは物価高や景気減速を背景に日米中いずれも「節約志向」がキーワードになっており、2022年にアメリカでサービスを開始した中国発EC「Temu(ティームー)」は激安価格を売りに攻勢を強める。SHEIN、TikTok Shop、アリエクスプレスなど中国EC勢もアメリカの年末商戦に力を入れており、それぞれが消費者とサプライチェーンを奪い合いながら、王者アマゾンの包囲網を形勢している。
運営企業は「激安」で急成長
1年前、アパレルECのSHEINが東京・原宿にショールームを開設し、大きな話題を呼んだ。この時、筆者は「SHEINの日本上陸で無印良品やユニクロのビジネスが影響を受けるのでは」とよく聞かれたが、当時からSHEINは同じEC企業であり、2022年9月にアメリカでビジネスを始めたTemuを最大のライバルとして捉えていた。
Temuが勢いを強めるにつれ両ブランドの関係は緊迫し、アメリカでは訴訟合戦になっている。
Temuは中国の越境EC「拼多多(ピンドゥドゥ)」が立ち上げた海外消費者向けの越境ECだ。拼多多の特徴は「安さ」、この一言に尽きる。中国では2010年代にトップ2のアリババグループと京東集団(JD.com)がグローバルブランドの出店を強化するなどハイエンド化を進めたが、2015年に創業した拼多多は成長に乗り遅れた低中所得者向けに激安商品を販売し、短期間で成長した。
今や中国のEC業界は、アリババ、京東、拼多多が並び立つ三強構図になっている。2023年11月の独身の日セール(ダブルイレブン)は、景気減速で節約志向が強まったことを背景に、アリババ、京東の2社が安さを打ち出し拼多多に戦術を寄せた。
SHEINがアメリカで成功した要因の一つは、インフレ環境で経済的に余裕がない消費者向けに「安さ」と「おしゃれ」を両立した商品を提供したことだが、中国で「激安」と言えば拼多多である。拼多多は数年でアリババと京東のシェアを奪った実績から、「後発で参入し、トップ企業を追い上げる」ことが得意とのイメージが強い。だから2022年夏、拼多多のアメリカ進出が噂され始めた頃から、TemuがSHEINにとって大きな脅威になると見られていた。
1年で47カ国に進出
アメリカのブラックフライデーのセールでは、中国の越境EC企業がアマゾンのシェアを崩そうとしている。
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Temuの戦績は実際にはどうなっているのか。アメリカに進出後、Temuはカナダ、イギリス、ドイツ、オーストラリアなどに進出し、2023年7月に日本上陸を果たした。上陸したときに多少話題になったので、Temuのアプリをダウンロードし、「おめでとうございます。サプライズギフトを手に入れました」「おめでとうございます。お客様が選ばれました」といった怒濤の通知に辟易している人もいるだろう。筆者もその一人で、もう少し日本の消費者にローカライズしてもいいのに……と思っているが、そうならないところがTemuの現状を表している。
最近の報道によると、Temuは2023年の目標としてGMV(流通総額)150億ドル(1ドル=150円、約2兆2500億円)を掲げていたが、7~9月の数字を見ると達成は濃厚で、180億ドル前後(約2兆7000億円)で着地する可能性がある。この数字はSHEINの2022年の推定GMV(約300億ドル〔約4兆5000億円〕)の50~60%に相当する。SHEINは2008年創業なので、同社の十数年分の数字をTemuは1年で積み上げたことになる。
Temuにとって日本は約20カ国目くらいの進出先だったが、それから3カ月経った現在、47カ国で展開している。10月だけで一気に10カ国に進出し、しばらくそのペースが続くだろう。もっともアメリカ市場が売上高の60%を占めており、極めて重要な市場であることが分かる。
Temuが進出先を猛スピードで広げ、かつ特定の市場にリソースを集中した結果、日本市場はある意味放置され、テストマーケティングのような状態が続いている(ただしTemuがグローバルSNSへの広告費を増やしているので、日本の消費者も「Temu」の字面を見る機会は増えるだろう)。
注文1件あたりコスト5000円
アパレルECのSHEINは物価高で節約志向の消費者の需要を背景に成長している。
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Temuの商品の多くは、安さでアメリカを驚かせたSHEINよりさらに安い。薄利な上に市場拡大を最優先しているので、当然ながら日々赤字を垂れ流している。米中メディアの分析によると、注文1件あたりのコストは平均32ドル(約5000円)で、同額以上買ってもらわないと採算が取れない。
2大支出はマーケティング費用と物流費用で、中国の報道によるとTemuはFacebookとGoogleを中心に、7月以降毎日1000万ドル(約15億円)規模の広告を投下している。ちなみにSHEINもFacebookとGoogleに1日800万ドル(約12億円)を支出していると推定され、資本力勝負のたたき合いになっている。
もう一つの大きなコストは物流費用だ。Temuは中国で広東省を中心に30超の倉庫を運営し、海外の消費者が商品を注文すると、通常は中国の倉庫を中継し海外に発送される。国内と海外でそれぞれ別の物流業者に委託しており、コスト高は避けられない。注文1件の平均コスト32ドル(約5000円)に占める物流コストの割合は8~9ドル(約1200~1300円)と試算されている。
さらにTemuの急成長とサプライヤーの増加に倉庫が追いつかず、2023年3月には倉庫がパンクして一時出荷できない状況に陥った。SHEINはアメリカやヨーロッパなど海外に物流センターを設置し、配送時間の短縮など効率化を進めているが、Temuも同様に海外倉庫の構築に着手し、2024年の運用開始を目指している。
Temuを運営する拼多多は黒字化の時期を明言しておらず、それどころかTemuの年間予算を年初の200億元(約4000億円、1元=20円換算)から230億元(約4600億円)に上方修正した。現地報道によると、他地域に比べて米国市場の客単価は高く、7~9月は平均37ドル(約5500円)で前四半期より2ドル上昇した。
中国越境EC各社は伸びしろの大きい南米や東南アジアにも力を入れているが、新興市場は将来への投資の面が強く、アメリカでシェアを取り、客単価を上げることが目先の戦いでは重要になる。
アマゾン包囲する中国越境EC4強
SHEINとTemuの戦いばかりが注目されるが、グローバルの越境ECは他の中国系企業も交え、大戦国時代となっている。特にアリババが運営するアリエクスプレスと、ショート動画のTikTokが始めたEC事業「TikTok Shop」は、ECの覇者アマゾンに対抗する意味では「中国勢」とくくられ、一方で、それぞれが消費者とサプライチェーンを奪い合っている。
アリエクスプレスは越境ECの老舗で、豊富な品揃えと自前の物流サービスが強みだ。9月下旬、同社とアリババグループの菜鳥網絡はイギリス、スペイン、ポーランド、ベルギー、韓国の消費者に5営業日で商品を届けると発表した。
TikTok ShopはTikTokのユーザーを「動画視聴+EC」のモデルで惹きつけ、東南アジアで急成長している。TemuやSHEINが広告費を増やしているのは、TikTok Shopが9月にアメリカに正式参入したことが大いに関係している。また、インドネシア政府が10月にTikTok Shopを禁止したことが、他の越境ECサービスにとって東南アジアでシェアを広げるための追い風になっている。
これまで巨大な中国市場で競ってきたEC企業は、自国の消費やEC市場の減速に直面し、一気に海外展開を進めている。Temuの商品は「安かろう悪かろう」「当たりはずれが大きい」との評判で、返品率も高止まりが続くと言われているが、拼多多が伸びてきた時も中国で同様の批判があった。運営側にとっては「勝てば官軍」というところだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。