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欧州自動車工業会(ACEA)によると、欧州連合(EU)27カ国の2023年1-9月期の新車販売台数は794万台と、前年同期比で16.9%増加した。半導体の供給制約が緩和したことなどから、新車市場そのものは回復が続いている。この実績に基づけば、2023年の新車販売台数は4年ぶりに1000万台を超える見込みだ(図表1)。
動力源別に新車の販売台数を確認すると、1-9月期の新車のうち、首位はガソリン車(288万台)であり、全体の36.2%を占めた。ハイブリッド車(HV)が25.2%でそれに続き、さらにディーゼル車(14.1%)、EV(14%)となった。EVの新車登録台数そのものは111万台と、前年同期から55.2%も増えており、好調である。
【図表1】EU27カ国の新車市場の推移。2023年の見込み値は1-9月期の実績の年率換算値を使用している。
出典:ACEA
すでにEU27カ国のEVの市場規模は年間150万台レベルまで拡大しており、ディーゼル車の市場をしのぎつつある。一方で、ハイブリッド車も200万台と前年同期から28.8%増加し、堅調だった。排ガス規制の強化を受けて、自動車メーカー各社がハイブリッド車の販売を強化したことが、堅調の主な理由である。年間では270万台レベルとなりそうだ。
このデータだけ見ると、ヨーロッパのEV市場は順調に拡大していると評価できるが、一方でヨーロッパの自動車メーカー各社は慎重な姿勢を強めている。例えば、ドイツ最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)は、11月1日、中東欧で稼働を予定していたバッテリーのメガファクトリーの建設を延期すると明らかにした。
そもそもVWは、2021年7月に、2030年までにヨーロッパ域内でバッテリーのメガファクトリーを6カ所に増やす計画を立てており、うち1カ所を中東欧に建設する意向を示していた。しかしヨーロッパ域内でのEV需要が想定よりも下振れしていることから、VWは中東欧でのメガファクトリーの建設計画を延期することを決めたようだ。
欧州政府の財政再建が実質的な「EV値上げ」を引き起こした
日本にも上陸しているフォルクスワーゲンの世界戦略車EV「ID.4」。
撮影:Business Insider Japan
VWは9月にも、ドイツ東部のザクセン州にある2つの工場で、10月に約2週間、EVを減産すると発表した。うちツウィッカウ市の工場では、有期雇用の従業員の整理を進めるなど、「需要の弱さ」を理由にEVの生産体制をかなり見直した。ではなぜ、ヨーロッパのEV需要は、完成車メーカーの想定を下回るほど弱まっているのだろうか。
最大の理由は、政府によるインセンティブがカットされたことにある。
ドイツのみならず、EU各国の政府は、これまでEVやPHV(プラグインハイブリッド車)の購入に際して、補助金を給付したり、税制優遇を図ったりしていた。しかしこうしたインセンティブが、財政再建の流れを受けて段階的に打ち切られたため、需要が圧迫されたのだ。
インセンティブの打ち切りは、消費者にとっては実質的な値上げに等しい。そもそもEVは、従来型のガソリン車やディーゼル車に比べると車体価格が高い。さらに、欧州中銀(ECB)がインフレ対応で金利を引き上げたため、カーローンの金利も高くなった。EVを購入するための負担が重くなれば、需要が冷えるのは当然だ。
ドイツにある石油大手シェルグループの充電ステーション(2021年撮影)。
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他方、EVが普及するために必要な「充電ポイント」もまだまだ不足している。ドイツ連邦ネットワーク庁によると、ドイツ国内の充電ポイントは8月1日時点で10万1421基だった。今年上半期に1万3302基も増えたとはいえ、急速充電が可能なポイントは1万9859基にとどまっており、EVのさらなる普及を図るには不十分な水準である。
EVの普及が進むドイツですらこの状況である。所得水準が低い南欧や東欧の国々の場合、充電ポイントの建設はさらに遅れているため、EVの普及が進みにくい。EUは充電ポイントの整備に向けて大号令をかけているが、ヒト・モノ・カネという投入要素には限りがある中で、充電ポイントの整備だけに力を入れるわけにはいかない。
中国製の低価格EVの脅威に怯えるEU
EVのコストを考える上で要の1つはバッテリー。大容量で重量も重く高価なために低価格車両が作りづらいという構造がある(2023年1月撮影)。
撮影:Business Insider Japan
先に述べたように、EVは従来型の内燃機関車に比べて、車両価格が高い。そのため、EVを普及させるには、ヨーロッパの自動車メーカーは低価格帯のEVを投入する必要がある。とはいえ、EVの基幹パーツであるバッテリーの価格そのものが高価であるから、ヨーロッパでは低価格帯のEVの供給がなかなか進まないという現状がある。
EUはヨーロッパ域内でのバッテリーの生産を促すべく、各社に多額の補助金を給付している。EUは今後、バッテリーのメガファクトリーが徐々に稼働するため、バッテリーの価格が供給面から低下すると目論んでいるようだ。しかし、VWがメガファクトリーの建設を延期したように、需要が伴わなければバッテリーの供給も増えない。
グローバルに見ると、廉価なEVで強みを持つのは中国の完成車メーカーだ。その中国製EVがEUの域内市場で不当廉売されているとEUは主張し、中国政府が不当に補助金を給付していないか調査すると息巻いている。域内で普及が遅れているミドルレンジやローエンドの価格帯のEVを、中国製EVが席巻することをEUは恐れているのだ。
BYDは日本においてもEVでの商圏を広げようと画策を続けている。9月に発売した「ドルフィン」は中級車格ながら、エントリーモデルは367万円と意欲的な価格帯に設定されている。
撮影:武者良太
【図表2】EUの新車市場における中国車のシェア。
出典:ACEA
現に、EUの新車市場で中国製のEVの存在感は着実に高まっている。ACEAによれば、EUの新車登録に占める中国車の割合は、2022年時点で1.3%と、前年から0.9%ポイント上昇した。しかし、これをEV市場に限定すると中国メーカーのシェアは3.7%まで跳ね上がり、前年に比べても2.0%ポイント上昇している(図表2)。
環境対策を重視するなら、EUは本来なら、中国であろうと製廉価なEVの普及を歓迎すべきだ。しかしEUは、EVの普及で「域内自動車産業の保護」と「経済安全保障の向上(つまり中国依存の軽減)」という目標まで実現しようとしている。さまざまな目標を一度に達成しようという野心があるため、EUは中国製EVを排除しようと躍起になっているわけだ。
2024年のEV市場は踊り場に
2023年まで、EUにおけるEVの市場は、確かに順調に拡大してきた。とはいえ、ここまで述べてきたような、消費者へのインセンティブの縮小、充電ポイントの整備遅れ、さらに廉価なEVの供給の遅れが続けば、EUのEVの普及が「踊り場」に差し掛かるのは当然と言える。
またヨーロッパでEVの普及が進むためには、EVの中古車市場が発展する必要があるが、その展望もまだ描けない。EVが中古車市場において相応の価値で評価され、取引されない限り、EVの新車市場も拡大しない。EVの中古車市場の育成は急務であるにもかかわらず、EUはその展望をきちんと描いているとはいえないのが実情である。
こうした状況に鑑みれば、少なくとも、2024年のEV市場は、2023年ほどの活況を維持することはできないと考えるのが自然となる。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です