機能だけでも、見た目だけでもない。ビジネスパーソンの腕時計選びの正解──キーワードは「愛着寿命」

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日本のみならず世界にもファンが多い、メイドインジャパンの腕時計ブランド、シチズン時計。

その技術力を強みにさまざまな挑戦を続けてきたが、1995年に誕生した、同社を代表する腕時計ブランド「The CITIZEN(ザ・シチズン)でのあくなき挑戦も例外ではない。

2023年11月に発売された限定モデルの文字板には、「砂子蒔き(すなごまき)」という伝統的な技法を採用。職人が一つひとつ手作業で装飾を施し、一つとして同じ表情はない時計を実現した。

「世界にたった一つ」の腕時計の文字板は、いかにして生み出されているのか。福島県会津若松市にある漆の老舗、坂本乙造(おとぞう)商店を訪れた。

日本の伝統技法と腕時計の融合

坂本乙造商店  代表の坂本朝夫氏(右)と、砂子蒔きの技術を受け継ぐ職人の津田隆行氏(左)。

坂本乙造商店 代表の坂本朝夫氏(右)と、砂子蒔きの技術を受け継ぐ職人の津田隆行氏(左)。

1995年、シチズン時計の企業理念「市民に愛され、市民に貢献する」を体現するブランドとして誕生したThe CITIZEN

以降、精度・品質・デザイン・ホスピタリティといった4つの理想を基に、時計としての本質的な価値を追求してきた。

The CITIZENの砂子蒔き和紙文字板 限定モデル 。文字板や裏ぶたには、「常に先を見据え、理想を追求する」「身に着ける方に永く寄り添う」という意志 を表す、イーグルマークが施されている。

The CITIZEN 砂子蒔き和紙文字板 限定モデル 。文字板や裏ぶたには、「常に先を見据え、理想を追求する」「身に着ける方に永く寄り添う」という意志を表す、イーグルマークが施されている。

中でも卓越した技術の一つが、太陽光や室内のわずかな光を電気に換えて時計を動かす、シチズン時計独自の光発電技術『エコ・ドライブ』 だ。

『エコ・ドライブ』を駆動させるには、文字板に一定量の光を透過させる必要がある。そのため機能性の確保とデザイン性の両立は、これまでも試行錯誤を続けてきた。

今回の限定モデルでは、文字板に世界で最も薄い和紙と言われる土佐の「典具帖紙(てんぐじょうし)」を採用。その上に、綿雪のようにプラチナ箔を舞い散らせた特別仕様だ。

「光を透過する点でも丈夫さでも、和紙は素晴らしい素材です。美しいムラ感があって、その上でさまざまな表現ができます。

今回施した砂子蒔きという技法は、漆工芸でよく使うもの。金箔などを振るいで細かくした粒子を『砂子』と呼び、漆を塗った上にハラハラと蒔いて装飾するんです。

細かいながらもキラキラとして、存在感のある仕上がりが特徴です」(坂本氏)

※エコ・ドライブ:定期的な電池交換が不要なシチズン独自の光発電技術。環境保護の観点からも評価を受け、日本では1996 年に腕時計として初めて「エコマーク商品」に認定された。

装飾の工程はすべて「手作業」

古くから漆の産地として知られる会津で、漆の精製や加工を続けてきた坂本乙造商店。

古くから漆の産地として知られる会津で、漆の精製や加工を続けてきた坂本乙造商店。

福島県、会津若松駅からゆっくり歩いて15分ほど。坂本乙造商店の工房で、直径3センチほどの文字板の装飾が行われている。

その工程は、すべて職人による手作業だ。

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今回の文字板で装飾に使用するのは、金沢で作られたプラチナ箔。最初に、小さくちぎりながら特製の筒に入れる。


和紙文字板の片面に、筆で糊を塗っていく。なるべく薄く、少しずつ素早く塗る。

次に和紙文字板の片面に、筆で糊を塗っていく。なるべく薄く、少しずつ素早く塗る。

工程の中でも特に気を遣うのが、和紙の上にプラチナ箔を蒔く作業だ。

『エコ・ドライブ』に必要な文字板の光の透過率を確保しつつも、なるべく多くプラチナ箔を蒔いたほうが、より美しい仕上がりとなる。

「箔を蒔きすぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。

光の透過率ギリギリを狙って蒔いていくこの作業には、絶妙なさじ加減が求められます。まさに熟練の技が光る工程です」(坂本氏)

「一つとして同じものはない」

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文字板の上にプラチナ箔を蒔いていく。筒の先には網がついていて、箔を押し付けると細かい粒子になりハラハラと綿雪のように舞い散っていく。世界に一つだけの文字板が生まれる瞬間だ。


プラチナ箔を蒔き終えた和紙文字板 は、1枚ずつ光の透過率を計測。基準が守られているか確認する 。

プラチナ箔を蒔き終えた和紙文字板は、1枚ずつ光の透過率を計測。基準が守られているか確認する 。

職人が日々対峙するのは文字板の形に切り抜かれた和紙であり、完成品の腕時計を見ながら作業を進めるわけではない。時分針や、時字などが配置された状態を頭の中でイメージしながら、一つひとつの作業を進めていく。

試作段階では、プラチナ箔の量やバランスについてシチズン時計とコミュニケーションをとりながら微調整を重ね、最適な着地点を見つけるに至ったという。

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こうして出来上がった腕時計の魅力について、坂本氏はこう語る。

「遠くからぱっと見ただけでは分かりませんが、近くでじっくり見てみると、このモデルには一つとして同じ文字板はありません

時計の中に、職人の技術と感性がたっぷりと詰まっています」(坂本氏)

今回のモデルでは、前述の通り文字板の素材に世界一薄いと称される土佐の「典具帖紙(てんぐじょうし)」が、砂子蒔きによる装飾では、高い品質を誇る金沢のプラチナ箔が使われている。

「土佐の和紙と金沢のプラチナ箔、それぞれのハード(素材)の良さを、砂子蒔きというソフト(技術)で活かす、新たなコラボレーションができたと思っています。

日本の伝統を縦横無尽に取り入れたこの腕時計は、伝統とテクノロジーが融合した唯一無二の作品とも言えるでしょう」(坂本氏)

伝統産業が生き残るために必要なこと

写真左の2つは、1994年当時、シチズン時計の最高級ブランド「アセンダ」の懐中時計。金箔を市松模様に配した文字板と、裏蓋に施された漆の装飾が話題 を呼んだ。

写真左の2つは、1994年当時、シチズン時計の最高級ブランド「アセンダ」の懐中時計。金箔を市松模様に配した文字板と、裏蓋に施された漆の装飾が話題 を呼んだ。

シチズン時計と坂本乙造商店のコラボレーションの歴史は長く、出会いは1991年。以降30年以上、和装の女性向けの懐中時計、海外向けの腕時計ブランドなど、20回を超えるコラボレーションを行ってきた。

なぜそれほど積極的なのか、坂本氏に理由をたずねると、その答えは坂本乙造商店の歴史にあった。

坂本乙造商店では、これまでに国内外のメーカー、ブランドと取り組みを行ってきた。

坂本乙造商店では、これまでに国内外のメーカー、ブランドと取り組みを行ってきた。

創業は1900年。初代の坂本乙造氏が漆の精製業を始め、その後地場産業である漆器の産地問屋にも手を広げた。1972年に3代目を継いだ坂本氏は、さらに新たな一歩を踏み出したのだ。

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「もっと消費者と近い仕事がしたい、これまで職人さんがやらなかったようなものづくりをやってみたいという好奇心がありました。

工業製品の漆塗りにチャレンジしようと思い、そんな時に声をかけてくれたのが、長い歴史のあるあるヨーロッパの有名ブランドでした。

『漆のことは何でも教える。代わりにヨーロッパでの伝統産業の生き残り方を教えてくれ』とお願いしたら、『同じ産地・同じ材料で同じことをやり続ける、日本の伝統産業の育て方は間違っている』と言うんです。

もっと現代の人が欲しいと思うような作品をつくり、それと並行して伝統を継承していく。両方をやっていかなければ生き残れないのだと言われ、なるほどと納得しました」(坂本氏)

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現代の製品に、漆を塗って付加価値を高めるという坂本氏の発想は、海を越え多くのブランドと共創することに。

そのうち国内企業からもオファーが届くようになり、ライター、万年筆、スピーカー、カメラ、自動車の内装パネル、航空機のファーストクラスの座席……など、さまざまな工業製品の漆塗りを手がけ、大きなインパクトを残してきた。

「やっぱりものづくりが楽しいんですよね。しんどくても、ここで挑戦すればノウハウが蓄積されて、また次に活かせるんじゃないか。そんな思いで続けてきました」(坂本さん)

上質なものを、長く大事に身につけてほしい

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数々の企業との取り組みの中で、最も長く続いているというシチズン時計とのコラボレーション。腕時計というプロダクトは、坂本氏の目にどう映っているのだろうか。

肌に直接身につける腕時計は、もはや身体の一部のようなもの。目に近いところでしげしげと見られるのだから、よほど良いものをつくらなければお客様はついてきてくれません。

きっとシチズンさんも同じ思いを持っていて、それに応え続けてきたからこそ、こうやって長く一緒にものづくりをさせてもらっているんじゃないかと自負しています」(坂本氏)

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伝統とテクノロジーの融合を支える、シチズン時計の独自技術『エコ・ドライブ』についてはこう話す。

「最近では光発電の性能がさらに上がり、シチズン時計さんから求められる光の透過率が以前より下がっているので、金箔やプラチナ箔を少し多めに蒔いても大丈夫なんですよ。

これって職人からすると、すごく大きなことなんですね。技術の進歩で、ものづくりの自由度を高めてくれているのだと実感します」(坂本氏)

写真左は、坂本氏の私物The CITIZENの25周年記念モデル(メーカー在庫完売品)。写真右が今回の砂子蒔き和紙文字板 限定モデル。

写真左:坂本氏の私物でThe CITIZENの25周年記念モデル(メーカー在庫完売品)。写真右:砂子蒔き和紙文字板 限定モデル。

普段から腕時計を身につけ、The CITIZENをはじめ、お気に入りの腕時計をシーズンやTPOによって使い分けているという坂本氏。

「いいものを持つと、長く大事に使えますよね。

『愛着寿命』と呼んでいるのですが、ぜひ自分の身の丈にあうと思うものよりも一段上の上質なものを選んでみてほしいですね。愛着がより深まり、自分自身の意識も上げてくれると思います。

私は、これからも自分が心から買いたいと思える、自信を持っておすすめできるものづくりをしていきます。常識を超える挑戦を続けていきたいですね」(坂本氏)

シチズン時計とのコラボレーションにより生み出された腕時計を「身にまとう伝統」と表現する坂本氏。あくなき挑戦心が共鳴し、ものづくりの新たな未来を切り開いていく。

【取材協力:坂本乙造商店


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The CITIZEN 高精度年差±5 秒 エコ・ドライブ 砂子蒔き和紙文字板 限定モデル(AQ4100-65W)世界限定 500 本/ケース・バンド素材 スーパーチタニウム/税込み451,000 円

The CITIZEN について詳しくはこちら。

時計づくりの工程で欠かすことのできない熟練の「手」にスポットライトを当て、技術や想いを紹介するThe CITIZEN 『Hand to Hand Story 』はこちら。


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