世界第3位に躍り出るドイツ経済、実は日本と同じ凋落への道を歩んでいるのかも

ドイツ ショルツ首相

ドイツのショルツ首相。先進国の中で唯一、2023年の景気後退が想定される苦境にある。

Nicolas Economou via Reuters Connect

9月末の寄稿「英エコノミスト誌が『再び、欧州の病人なのか』と危惧するドイツ経済。中国とロシアに賭けすぎて…』で、筆者はドイツ経済が長期停滞局面に入った可能性を指摘した。

ドイツの人口は約8400万人(2022年)で、約1億2200万人(同)の日本の7割程度だが、そのドイツが2023年にドル換算の名目GDPで日本を追い抜く見通しとなったことが最近話題を呼んでいる。

しかし、アメリカと中国に続く世界第3位の経済規模を誇る日本を上回るからと言って、ドイツ経済を順風満帆、前途洋々とイメージするのは全くの誤認だ。

ドイツの2023年の実質GDP成長率はマイナスになる見通しで、先進国の中で唯一景気後退が想定されている。

9月末の寄稿でも触れたように、自動車産業を筆頭とするドイツ産業は「最大のお得意様」だった中国向けの輸出が鈍化し、天然ガスの供給元だったロシアとの関係がウクライナ侵攻を機に悪化したことで、従来より高価で不安定なエネルギーを前提とする経済活動を強いられるようになった。

端的に言って、それがドイツの現状だ。

本筋から逸れるようだが、そんな満身創痍のドイツに追い抜かれそうな日本経済の極めて深刻な実態からも目を背けないようにしたい。

外国企業の「ドイツ離れ」加速

さて、専門家の間ではドイツ経済の不調はほぼ共通認識となりかけているものの、世界第3位の経済大国へと浮上しようとしているドイツで今どんな変化が起きているのか、具体的にはあまり報じられていない。

さまざまな論点が挙げられるが、例えば、対内直接投資(買収を含むドイツ企業への出資や、ドイツでの支店・工場の設置など)の激減は象徴的な動きと言えるだろう。

合理的な経済主体であれば、従来よりも高価で不安定なエネルギーの利用を強いられるコストの高い国での消費・投資活動を回避しようと考えるのは当然のことだ。

下の【図表1】に示すように、ドイツの対内直接投資は2021年後半以降、著しく減少しており、純流出が目立つ状況になりつつある。端的に言い換えれば、外国企業の「ドイツ離れ」が進んでいる。

図表1

【図表1】ドイツの対内直接投資(橙色)および対外直接投資(青色)の推移。対GDP比、4四半期平均。グレー部分はネット(差し引き)値。

出所:Macrobond資料より筆者作成

ネットで見た(つまり対外直接投資から対内直接投資を差し引いた)直接投資は資本流出に勢いがつき、対GDP比の純流出はマイナス4%に迫りつつある。

住宅ローン(サブプライムローン)危機から米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻に至った2007~2008年以降、経験したことがない流出規模だ。

対内直接投資が盛り上がらない一方で、対外直接投資が増加、高止まりする現象は、他ならぬ日本が過去20年余り経験してきたもので、やはり日本同様に産業の空洞化が進んでいく可能性がある。

ドイツは日本と同じ轍を踏むのか、それとも何らかの形でそれを食い止めることができるのか。

シュレーダーとメルケルの遺産

日本では2010年以降、円高や税金の高さ、自然災害の多さなどを理由に対外直接投資が急増し、それが貿易黒字消滅の直接的な原因になったと考えられる【図表2】。

図表2

【図表2】日本の直接収支の推移(月次、後方6カ月累積)。

出所:財務省資料より筆者作成

ドイツでエネルギー価格の高止まりが「新常態」になるのだとすれば、日本と同様のシナリオをたどる可能性はある。

1990年の東西統合から2000年代前半まで「欧州の病人」と呼ばれたドイツが復活を遂げたのは、シュレーダー政権下での労働市場改革を通じた単位労働コストの低下、「永遠の割安通貨」ユーロを背景とする輸出の加速が追い風となったからだった。

言い換えれば、高コスト体質の改善こそが、ドイツを快方に向かわせる要諦だった。

シュレーダー政権の「果実」を引き継いだメルケル政権16年間のうち、失業率が前年比で上昇を記録したのは、リーマンショック直後の2009年、欧州債務危機が最悪期を迎えた2012年、そしてパンデミックが発生した2020年の3度しかなかった【図表3】。

図表3

【図表3】ドイツの失業率の推移。メルケル政権成立以降の失業率低下は顕著だ。

出所:Macrobond資料より筆者作成

2005年のメルケル首相就任時と2021年の退任時の失業率を比較すると、11.3%から5.2%へと半分以下になっている。

同時期は成長率も安定推移し、文字通り「黄金時代」と呼ぶにふさわしい経済状況が続いた。上述のようにシュレーダー政権で強化された対外競争力が、メルケル政権で中国という巨大な市場を得て花開いた結果と言える。

なお、そうした対外競争力を支える基盤として、安価なエネルギー供給源を求めてパイプライン経由でのロシア産天然ガスの大量購入を決めたドイツの判断については、欧州連合(EU)内外から地政学リスクを懸念する声が多々あった。それでもメルケル政権は方針も行動も変えなかった。

当時のトランプ米大統領はドイツのエネルギー事情を指して、「ロシアの捕虜」と痛烈に批判した。現在の状況を見る限り、それは正しい批判だったと言わざるを得ない。

不安定な再生可能エネ、石炭火力への再傾斜

ドイツのエネルギー事情についてもう少し補足しておきたい。

2011年3月の福島第一原発事故の直後、メルケル前首相が突如打ち出した「脱原発」の方針に従って原発14基を段階的に停止。4月15日には、稼働していた原子力発電所の最後の3基が運転停止して送電網から切り離され、全17基の停止にたどり着いた。

同国は現在、「2030年までに電力消費量の80%を自然エネルギーで供給し、さらに2035年までに国全体の電力を完全に脱炭素化する」という、意欲的すぎると言えなくもない目標の実現に向けて走り続けているが、不安定な再生可能エネルギーへの依存が高まるほど、直接投資先としてのドイツは魅力を失っていくだろう。

その結果として産業の空洞化が進んでいけば、やがて雇用・賃金環境の問題が浮上してくることになる。

ただ、世論調査の結果から判断する限り、ドイツ国民の半数はもはや脱原発の方針を支持していない。少なくない国民が、理想の追求より目先の生活を問題視し始めているのが現状と見受けられる。

また、脱原発の推進と並行して再生可能エネルギーへの依存度が高まったことに加え、ロシアによる天然ガス供給の削減を受け、石炭火力発電に傾斜しつつあることも大きな問題だ。

石炭・褐炭を燃料とする発電割合は2020年の約23%から2022年には約31%まで再上昇している。2030年までに石炭火力発電を廃止しようという目標の達成は難しくなったように見える【図表4】。

図表4

【図表4】ドイツの電源構成の変化。原子力(青線)は6%強まで低下、再生可能エネルギー(紫線)は46%強まで拡大。一方、石炭・褐炭火力発電への依存度が上昇。

出所:Macrobond資料より筆者作成

脱原発はロシアから安価な天然ガスを輸入できた時代ゆえに可能だった政策であり、今日のドイツに脱原発と脱炭素を両立する術はない。だが、そうした現実を見据えた上での最適解はまだ見つけられていない。

ドイツが日本と同じ轍を踏む可能性は?

直接投資の先行きに話を戻そう。

日本では、対外直接投資の増加を経て、「円高になりにくい需給構造」が定着するようになった。

対外直接投資は買い戻し条件の付かない単独の自国通貨売りフローを意味し、海外での現地生産・現地販売が徹底されていけば、国内の製造拠点は当然薄くなる。日本では結果として円安が進み、輸出数量が増えなくなった。

ドイツは事情がやや異なり、割安通貨としてのユーロ、東欧から流れ込んでくる安価で良質な労働力、分散された地方経済の厚みなど、日本にはない生産拠点としての優位性がある

したがって、日本のように雪崩(なだれ)を打って対外直接投資の増加に傾斜していくとは限らない。

足元で確認されているのは、外国企業がドイツを見限る形で対内直接投資が減少していくところまでで、国内企業が自国を見限る動きとしての対外直接投資の増加・加速にまでは、統計上至っていない。

それでも、国内での経済活動が高コスト化し、政治によるその是正を期待できない状況が続けば、ドイツ企業も国外への脱出を考えるようになるのではないか。

実際、その兆しは見え始めている。

世界的化学企業である独BASFは2022年9月、約100億ユーロを投じて2030年までに中国に統合生産拠点を建設・運営すると発表。半年後の2023年4月には、ドイツを含むグローバル従業員数の約2%に相当する2600人を解雇すると発表した。

こうした動きは自動車産業でも始まっており、EV(電気自動車)シフトが先行して進む中国が「脱出先」として取り沙汰されている。

このような変化が今後も続くのだとしたら、対内直接投資の減少に対外直接投資の増加まで重なり、純流出の規模はさらに膨れ上がる可能性がある。

その場合、日本がかつて歩んだように、10年ないし20年後に貿易収支主導で経常黒字が激減していく未来も否定できない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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