※この記事は、ブランディングを担う次世代リーダー向けのメディアDIGIDAY[日本版]の有料サービス「DIGIDAY+」からの転載です。
- 広告主は個々のFASTチャンネルにではなく、FASTプラットフォームを通して広告を購入しており、その支出が増加傾向にある。
- ブランドとマーケターは新しいプラットフォームにリソースを投入することでユーザー行動を学び、新たなオーディエンスを築く必要があるが、生き残るプラットフォームを見極めるというタスクが重要になってきた。
- FAST市場の広告インベントリーのCPMは通常10~15ドル(約1500~2250円)であり、プリエンプティブベースで購入すると7~8ドル(約1050~1200円)まで下げられるという。FAST市場は広告主にとって効率的なプラットフォームといえる。
10月のある日、米DIGIDAYは4社からメールを受け取った。その内容は、これら4社がローンチする17のFAST(Free Ad-supported Streaming Television、無料の広告付きストリーミングTVのこと)チャンネルについてだった。それはいかにもトゥーマッチだった。「いくら何でも多すぎなのでは?」。そう思わずにはいられなかった。そんな米DIGIDAYとその受信箱とは裏腹に、広告エージェンシーの首脳陣の意見は違っているようだ。
「私はそうは思わない」と、ピュブリシス・メディア(Publicis Media)のメディアテクノロジー戦略担当バイスプレジデントであるメガン・ハルシャイド氏は語る。同氏は、ピュブリシスがFASTチャンネルオーナーのヴィーヴォ(Vevo)と共同で行なった調査を引き合いに出した。その調査では、市場に流通するプレミアム動画コンテンツ(このコンテンツカテゴリーには、FASTチャンネルも含まれていると思われる)の量を多すぎると思うかが問われ、回答者の84%がそうは思わないと答えたという。
広告主も同じように感じているようだ。FAST市場は飽和状態にあると思うかとの問いに対し、UMワールドワイド(UM Worldwide)の米国担当最高マーケットプレイス責任者であるステイシー・スチュワート氏は、こう答えた。「それがいつなのかはわからないが、どこかの時点ではそうなるだろう」。
FASTチャンネルのオーナーがはまり込むかもしれない落とし穴
広告バイヤーたちがFAST市場にいくらかの余裕を見出している理由のひとつは、FASTの視聴者数がいまも拡大しているということにある。インサイダー・インテリジェンス(Insider Intelligence)によれば、米国内におけるFASTサービス利用者の数は、2024年には前年比で4%増加して、合計1億440万人に到達する見込みだという。その数は米国の人口の31%に相当する。「ケーブルTVのサブスクリプションを解約する視聴者は、バックグラウンド視聴を求めてFASTチャネルに行き着くのがデフォルトになりつつある」と、ハルシャイド氏は語る。
また、ほかの理由として、彼らの目線がチャンネルレベルではなく、プラットフォームレベルだということも挙げられる。DIGIDAYがFASTの飽和に関する質問を投げかけた別のエージェンシー幹部2人は当初、その質問を、フォックス(Fox)のトゥビ(Tubi)や、パラマウント(Paramount)のプルート(Pluto)、ロク(Roku)のザ・ロク・チャンネル(The Roku Channel)、サムスン(Samsung)のサムスン・TV・プラス(Samsung TV Plus)などのことを言っているのであって、これらのサービスが擁するチャンネルのラインアップのことではないと受け取っていた。
「FASTチャンネルは広告付きの無料テレビが視聴できるアプリであり、それがFASTチャンネルに対する私の一貫したスタンスだ。そのアプリのなかにさまざまなチャンネルがある」と、1人目のエージェンシー幹部は語る。
そしてそこにこそ、FASTチャンネルのオーナーがはまり込むかもしれない落とし穴が存在する。広告バイヤーは必ずしも個々のFASTチャンネルに関心を持っているわけではなく、彼らは主としてFASTプラットフォームを通してFASTチャンネルの広告を購入しているのだ。「個々のチャンネルよりもプラットフォームへの支出のほうが確実に増えている」と、2人目のエージェンシー幹部は語る。
よく引き合いに出されるFASTチャンネルに関するアナロジー(たとえ)に、こういうものがある。プレミアムストリーマー(Netflixなど)がブロードキャストTVに類似するなら、FASTチャンネルは従来型のケーブルTVネットワークに類似している。しかし、このアナロジーが破綻しているのは、従来型TVの場合、広告主は主として、コムキャスト(Comcast)やチャーター(Charter)などのプロバイダーではなく、ケーブルTVネットワークから広告を直接買っているという点だ。FASTの世界では、この構造が逆転する。
「コムキャスト、すなわちトゥビを相手にするのと、ブラボー(Bravo)、すなわちテイストメイド(Tastemade)を相手にすることの違いだ。そこには間違いなくねじれがある」と、2人目のエージェンシー幹部は語る。
旧来のネットワークTV売上からの脱却
多くの点で、広告バイヤーのFAST広告市場についての議論は、彼らのオンラインディスプレイ広告市場についての議論をほうふつとさせる。そこで語られるのは、FASTのインベントリー(在庫)は大規模なオーディエンスの安価な(すなわちコスト効率のいい)ソースであり、個々のメディアオーナーのサプライを統合するプラットフォームを介して、インベントリーをプログラマティックで購入することを好むというものだ。
言い換えれば、FAST市場は個々のチャンネルオーナーにビジネスチャンスを提供することはできても、その主たる広告収益源になることを期待されるべきではないということだ。なぜならば、同市場は広告バイヤーにとっての主たる広告インベントリーソースではないからだ。「言い方はあまりよくないが、FASTはCPM単価が安いため、最後の予算を投じ、インクリメンタルリーチの最後の数ポイントを得るには、ちょうどいい場所だ」と、1人目のエージェンシー幹部は語る。
はっきりさせておくと、そこには例外もある。大手TVネットワークが所有するFASTチャンネルなら、FASTチャネルのインベントリーをそのほかのインベントリーソースとひとまとめにできる。こうした大規模なチャンネルであれば、広告主やエージェンシーと直接取引することは可能であり、大規模なものは直接買い付ける」と、スチュワート氏は言う。
しかし、そこには制限もある。「ケーブルTVのようなものだ。150ものケーブルネットワークがあって、そこから選ばなければならない。全部を買うわけにはいかないからだ。FASTチャンネルの場合、それらをまとめられれば、そのすべてにアクセスできるようになる。現実には、私は15のFASTチャンネルと直接的な関係を持つつもりはないが」と、1人目のエージェンシー幹部は語る。
これはつまり、これらプラットフォームに登場するFASTチャンネルが増えるにしたがって、個々のチャンネルオーナーはリスクを負うということだ。広告主によるFASTインベントリーへの支出が個々のチャンネルの視聴者数に比例して大きくならなければ、個々のチャンネルオーナーが受け取る広告売上の割合は小さくなるのだ。
しかも、FASTチャンネルは今後も増え続けると信じるに足る理由もある。メディア企業はいま、自社の番組ライブラリーから収益を上げ、旧来のネットワークTV売上から脱却するための手段として、FASTチャンネルに目を向けつつある。また、大手ストリーマー(ディズニープラス[Disney+]など)のサブスクライバー数が伸び悩んでいることを考えると、中小のメディア企業は、そのストリーミング戦略をFASTプラットフォームに託しているとみられる。
FASTチャンネルは効率のよいプラットフォーム?
コンサルタント企業ティービーレブ(TVRev)の共同創業者で主任アナリストのアラン・ウォーク氏は、「ケーブル離れが進むにつれて、シンジケート番組を買う従来型バイヤーの収益は大きく減るようになっている。であれば、FASTに乗り換えるべきだ」と語る。「彼らの多くは、独自のストリーミングサービスを立ち上げるには金がかかることにも気付きつつある。しかも、自分たちの広告をすべて自分たちで売らなければならない」。
ここで再び注意事項がある。広告主はFASTチャンネルへの支出を増やしつつあり、近い将来、それをさらに増やすつもりでいる(ここ数年において、長期の支出パターンの予測を広告バイヤーに依頼するのはやめておいたほうがいい)。「FASTへの広告主投資に関しては、成長の余地がまだいくらかある」と、ハルシャイド氏は語る。
しかし、FASTチャンネルへの広告主の支出が増加傾向にあるのは、このインベントリーがかなり安い、すなわち、そのコスト効率がよいからだということだ。「買う側に立てば、もっとも効率のいいプラットフォームのひとつだ」と、2人目のエージェンシー幹部は語る。
通例、FASTインベントリーのCPMは10~15ドル(約1500~2250円)が相場だが、エージェンシー幹部らの話では、「プリエンプティブ」ベースで買えば、7~8ドル(約1050~1200円)まで下げられるという(つまり、そのスロットにもっと出してもいいという別の広告主が飛び込んできたら、放送される保証はない)。「私のチームは主にプリエンプティブルベースで取引を行なっているが、桁外れに効率がいい。P2プラス(2歳以上の幅広いターゲットオーディエンス)で10ドルもしない」と、2人目のエージェンシー幹部は語る。
「規模が拡大している一方で、市場内の資金が減っているせいかFASTのCPMは間違いなく低水準に戻りつつある。つまり、広告主にとっては、さらに効率がいい」と、1人目のエージェンシー幹部は語る。
しかし、繰り返しておくが、FASTインベントリーを利用するのにもっとも効率のいい手段は、プラットフォームを通してであって、個々のチャンネルオーナーを通してではない。2人目のエージェンシー幹部はこう語る。「大規模なプラットフォームに赴き、インベントリーをより効率よく買えるのであれば、私なら常にそうしたいと思うだろう」。