日本のフィランソロピー界を牽引するSoil代表理事の久田哲史氏(左)とPoliPoli CEOの伊藤和真氏がタッグを組み、政策提言に特化した新たな寄付基金を創設した。
撮影:湯田陽子
少子高齢化、貧困、ジェンダーギャップ、気候変動……。山積する社会課題の解決に取り組む団体やスタートアップに、起業家が「寄付」の形で資金提供する取り組みが広がりを見せている。
口火を切ったのは、デジタル・マーケティング支援のSpeee(スピー)創業者で、ブロックチェーンの社会実装を手掛けるDatachain(データチェーン)CEOの久田哲史氏だ。
2023年1月、「儲からないけど意義がある」事業に取り組む非営利スタートアップ支援のエコシステム構築を目指し、一般財団法人Soil(ソイル)を設立。久田氏が私財を投じ、「株式を取得せず、リターンも求めない」助成プログラムを立ち上げ、第1弾では13の団体・個人に総額4000万円の支援を行った。
続いて同9月、政策共創プラットフォームを運営するPoliPoliも、寄付基金事業「Policy Fund(ポリシーファンド)」を開始した。起業家個人や財団などから寄付を集め、社会課題解決に取り組む団体の政策立案を支援するというもので、第1弾としてChatwork CEOの山本正喜氏個人が資金を拠出する「山本正喜ポリシー基金」を創設している。
SoilとPoliPoliが「政策提言」でタッグ
SoilとPoliPoliに共通する狙いは、欧米のような社会課題解決のための新たなエコシステムを、日本にも広げていくことだ。
両者の取り組みは、従来のインパクト投資とは異なり、経済的リターンを求めないフィランソロピー(※)の動きとして注目を集め、起業家や団体・機関から問い合わせが相次いでいるという。
※フィランソロピー:個人や企業、団体による寄付などを通し、社会課題の解決を目指す取り組み。フィランソロピーを行う人をフィランソロピストと呼び、マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツや投資家ウォーレン・バフェットなどが著名。
そうした反響が具体的なプロジェクトとして結実し始めた。
PoliPoliは11月2日、群馬県と連携し、Policy Fundの寄付を受けた団体が社会課題解決のための実証実験を群馬県で行う「群馬県官民共創ポリシープロジェクト」を開始。Soilも11月7日、東京大学未来社会競争推進本部と協力し、東大学生向けの助成プログラム「SoilxUTOKYO」を実施すると発表した。
そして、いまや日本のフィランソロピーを牽引するPoliPoliとSoilが、共同で新たな助成プロジェクトを立ち上げた。11月13日に開始した「SoilxPolicy Fund(ソイルエックス・ポリシーファンド)」だ。
SoilxPolicy Fundの全体像。
出所:Soil、PoliPoli
社会課題解決に取り組みたい企業・団体を募集し、採択先にSoilが寄付と事業推進支援を行い、PoliPoliは政策提言のためのノウハウ提供と伴走支援を実施。寄付者として、久田氏のほか、障害福祉サービス最大手LITALICO(リタリコ)会長の長谷川敦弥氏、シンガポールを拠点に創業期のスタートアップ支援を行うREAPRA(リープラ)グループCEOの諸藤周平氏が参画している。
PoliPoliとSoilは「課題先進国」と言われ続けてきた日本の社会課題を、どのように解決しようとしているのか。PoliPoli CEOの伊藤和真氏と、Soil代表理事の久田氏に狙いと展望を聞いた。
ビジネス展開と政策提言をサポート
社会課題解決のための新たなエコシステム構築に挑むSoilの久田氏(左)とPoliPoliの伊藤氏(右)。
撮影:湯田陽子
—— まず、PoliPoliのPolicy Fundの目的と仕組みについて。
伊藤和真PoliPoli CEO(以下、伊藤):Policy Fundの狙いは、国や自治体の政策にインパクトを与えることです。PoliPoliが政策ベンチャーキャピタル(VC)のような存在として、起業家や国内外の財団などから寄付を集めて基金を創設し、社会課題解決に取り組むNPOに資金を提供。課題解決に必要な政策提言を伴走支援していくプロジェクトです。
今回Soilさんと共同で立ち上げた「SoilxPolicy Fund」は、Policy Fund第2弾の基金になります。
—— SoilxPolicy Fundの狙いとは。
伊藤:SoilxPolicy Fundで目指しているのは、スタートアップの起業家から寄付を集めて政策のインパクトを出していくこと。この基金に今後もいろいろな起業家・投資家の方々が資金を拠出し、大きくしていくという点も特徴です。
久田哲史Soil代表理事(以下、久田):Soilは立ち上げ当初から、僕たち単独ではなく、TEDxのようにいろいろなところと組んでプロジェクトを立ち上げ、起業家の寄付による非営利スタートアップ支援のエコシステムをつくりたいと思っていました。
その第1弾が、11月7日に発表した東京大学さんとのSoilxUTOKYO。今回のSoilxPolicy Fundは第2弾で、Soilxとしては政策提言に特化した基金であることが最大の特徴です。
伊藤:Soilさんは、非営利スタートアップ支援の大きなエコシステムの土壌をつくろうとされています。僕らはその一部の政策提言にフォーカスするという形で、Soilさんの取り組みに乗っからせていただいた。それによってSoilさんが目指すエコシステムに貢献したいし、僕ら自身も成長したいと思っています。
創業期にSoilが存在していたら絶対応募していた
撮影:湯田陽子
—— PoliPoliがSoilと組んだきっかけは。
伊藤:まず個人的なことで言うと、久田さんが大好きだったからです(笑)。同じ愛知県出身ということもありますし、会う前から話が合うんじゃないかとずっと思っていました。
PoliPoliを設立したのは2018年。正直、最初の3、4年はずっとシード期、下積みのような状況でした。僕がたまたま俳句SNSアプリ(俳句てふてふ)の事業を売却したりプログラマーだったり、ベンチャーキャピタルで働いた経験があったりしたので、人のつながりでファイナンスできた面はあります。
でも、VCで働いていなかったらPoliPoliを立ち上げられなかった。当時Soilさんが存在していたら、Soilさんの助成プログラムに絶対応募していたと思います。
—— PoliPoli創業期の経験がSoilとの共同企画に結びついたわけですね。
伊藤:いまはPoliPoliで一定のインパクトを出せている自信はあります。一方で、僕らのように儲からなそうな分野に挑戦するスタートアップが、社会にもっと必要だと思っていたんです。
だからSoilさんの取り組みに共感した。また、Policy FundはNPO中心に寄付していますが、非営利スタートアップ、つまり企業にも寄付していきたかったので、Soilさんとコラボできないかと考えたんです。
資金がないと優秀な人も集まらない「現実」
撮影:湯田陽子
—— SoilがPoliPoliと組んだ理由は。
久田:僕はけっこう現実的な文脈で、社会課題解決の取り組みがサステナブルにスケールしていってほしいという思いがあります。みなさん取り組んでいる課題やその解決方法は明確なんです。ただ、非営利スタートアップには圧倒的に資金が不足している現実がある。
どんなプロジェクトをするにも資金は必要で、資金がないと優秀な人も集まりません。そういう僕らが課題感として持っているストーリーがあって、その一環として、非営利スタートアップが政策提言をしっかりできる体制を整える支援も必要だと思ったんです。
—— 非営利スタートアップ支援のエコシステムの一環として、政策提言も重要だと。
久田:例えばSoilが助成した児童虐待対応サービスを提供するAiCAN(アイキャン)。2023年度に発足したこども家庭庁も、AiCANさんのサービスに注目しているようです。僕が立ち上げたDatachainも、今年ステーブルコインの規制が始まったことで(ブロックチェーンの社会実装に向けた)大きなチャンスが来ている。
ただ、営利のスタートアップの場合、真面目に社会課題に取り組んでいても、政策提言で目立つと利益誘導と見られるのではないかと懸念する方もいるんです。そう考えると、AiCANさんのように非営利スタートアップのほうが政策提言と相性がいいと思います。
—— Soilの取り組みとの相乗効果も期待できそうですね。
久田:まさに、そう思っています。
「寄付したい」オファー相次ぐ理由
—— Policy Fund発足後の反応は。
伊藤:予想外だったのは、寄付をしたいという連絡を多くいただいたということです。個人だけでなく、財団や資産管理会社、証券会社などから。寄付先のメニューとしてPolicy Fundを用意したいというオファーや相談もけっこうありました。
Policy Fund全体として、3年後に10億円規模を目指していますが、このまま順調に行けばその目標は達成できそうです。
—— なぜそこまで反響があったと思いますか。
伊藤:強い(インパクトのある)寄付ができると受け止めていただいたのではないかと思います。
例えば、エンジェル投資家からすると投資先が成長して経済的なリターンが得られる点が面白みだと思うのですが、社会課題に取り組むようなパブリックに近い団体や企業に対してはリターンがほとんどないので面白みがなかった。それが、Policy Fundによって面白そうだなと思っていただけたのではないでしょうか。
ただ、政策のインパクト、つまり国の政策に反映させることが一番大事なので、PoliPoliとしてはそこにフォーカスして伴走していきます。
—— 有望な寄付先を選ぶ目利きとしての信頼感もあった?
伊藤:それはありますね。PoliPoliは政策プラットフォームとして多くのNPOさんと一緒に政策インパクトを出してきた実績があるので、ROI(投資対効果)の高い寄付ができると見ていただいているのではないかと思います。
一方で、目利き以前の問題として、日本は(フィランソロピーが定着している)アメリカの拠出資金(寄付額)規模と比べると30倍以上も開きがあるんです。でも、だから日本にはポテンシャルがあるとも言える。起業家として実績も影響力もある久田さんとファンドを立ち上げることで、フィランソロピーやパブリックにお金を使っていく機運を日本につくれたらいいなと思っています。
久田:僕も両面あると思います。目利き以前の話として、起業家って自分の軸が強い人たちがほとんどなので、自分で決めたいと考える。だからSoilでは、起業家が共感できるようなナラティブ(語り手が紡ぐ物語)をつくっていくことを重視しています。共感したナラティブを自分軸で再編集し、なぜこのプロジェクトに参画するかをそれぞれが見出していけるように。
目利きという点については、やはりお金を出すことに対してはまだクレジット(信用)重視という段階で、提案をじっくり吟味して寄付するというより、この人と一緒にやるなら出すという状況だと思います。
「日本の成功事例を海外に輸出」も視野に
撮影:湯田陽子
—— SoilxPolicy Fundもその一環でしょうか。
久田:Soilxとしては専門性のある方と組みたいと思っています。政策提言に関してはまず伊藤さんありきで、その後に政策提言に特化した基金という企画がついてきた感じです。
—— Soilとしての目標は。
久田:SoilxPolicy Fundでは、政策提言に関してはPoliPoliさんにお任せして、僕たちは寄付を集めることにフォーカスします。
また、支援先が資金を必要としているなら調達し、メンタリングが必要なら人を紹介する。Soilは社会起業家に寄り添うことを重視していますが、SoilxPolicy Fundでも同じです。彼らが必要とする機能を一つひとつ積み重ねていくことで、自然とエコシステムになっていくんだろうと。
—— 個々の課題を解消していくことがエコシステムにつながると。
久田:例えば、Soilはエクイティ投資(出資)を一切しないのですが、エクイティ投資をしている人たちのコミュニティをつくれば、増資をしたいという非営利スタートアップが出てきたとしたとしても紹介できます。
Soilが紹介する人なら話を聞きたいという人たちのコミュニティをつくる、またそのコミュニティがあるからSoilに真っ先に増資の相談が来るとなってくれたら、これも1つのエコシステムだと思います。
さらに言えば、非営利の方って単純にプロダクトの開発に失敗しているケースが多いんです。だから、専門性のある技術者や信頼性のある発注先のネットワークを構築する、発注価格も社会的に意義のある活動に共感して非営利向けの価格で納品してくれるといったネットワークをつくっていきたい。
伊藤:コミュニティをつくりたいですよね。アメリカでは富裕な起業家が寄付するコミュニティがあって、それがビジネスにもつながり、そこからまた新たに寄付する流れが生まれていると思うんです。そういうスキームをワールドワイドでつくりたいという野望もあります。
—— ワールドワイドとは?
伊藤:海外の起業家・投資家の資金を日本に呼び込むことも考えていますし、日本は課題先進国と言われますが、実は成功した政策がかなりあるので、それを海外に輸出することも非常に意義があることだと思っています。支援ではなく、一緒に世界を良くするパートナーとして日本が信頼される一助になれたらと。その第1弾となるPolicy Fundの準備を進めているところです。
PoliPoliとSoilは11月22日(水)11:00〜12:00、SoilxPolicy Fund応募に関する説明会を開く。申し込みはリンクを参照。