北アイルランドのベルファストで開催された「ワン・ヤング・ワールド2023」。世界からエリートの卵が集まった。
提供 : One Young World
「あなたは何に関心があるの?」
初対面の相手にそう問われたら、あなたはどう答えるだろうか?
2023年10月、北アイルランドのベルファストで「ワン・ヤング・ワールド2023」が開催されていた。このサミットはヤングダボス会議とも呼ばれる。本部をロンドンにおく国際団体OYWが、18歳〜32歳を中心とした次世代リーダーの育成を目的に2010年から開催している。
世界190カ国以上から約2000人の代表団が一堂に会し、社会問題について話し合う。期間は4日間。代表者たちはワークショップに参加し、政界、実業界、人道支援に携わる著名人による講義を受ける。
私の初参加は2022年にマンチェスターで開催された会議で、2022年は日本代表として、今年はアンバサダーとして参加した。
私はさておき「世界のエリートの卵たち」が多く集まるこの会議では、参加者による立食やフリートークの時間も多い。初めましてのコミュニケーションの場面で問われるのは、もちろん出身大学や所属企業と言った肩書きではなく、「あなたはどんな人で、どんなアクションをしているのか」という本質的な質問だ。
今回はそんなサミットで感じた「世界のエリートたちのスタンダード」を紹介したい。
「ヤングダボス会議」とは何か
「ワン・ヤング・ワールド2023」には、ノーベル賞を受賞したバングラデシュの経済学者、ムハマド・ユヌス氏も参加した。
撮影:雨宮百子
私は4年ほど前、編集者時代に手がけた書籍の著者が、このイベントのゲストとして呼ばれていたことをきっかけにイベントの存在を知った。「いつか参加してみたいが、英語力がなぁ…」と躊躇していたが、2022年のテーマがSDGsであったこともあり、挑戦を志した。
編集者として10万部を超えた『日経文庫 SDGs入門』などの書籍をつくった背景もあったし、コロナ明けに何か新しいチャレンジをしてみたいという思いもあった。帰国子女などでなくても、世界に一歩飛び出すことはできる、ということも証明してみたかった。
このサミットには企業や国際機関から派遣される人も多いが、個人で応募する人もいる。私の場合、出願を決めてからオンライン英会話で毎日練習を重ねた。英語で「この会議で達成したいこと」や「関心を抱く理由」をスピーチするなどの審査を経て、ようやく参加資格を得ることができた。ちなみに2023年は、日本から100人程度が参加した。
過去にこの会議では、俳優のエマ・ワトソン氏やヘンリー王子の妻・メーガン妃がスピーチしたことがある。今年は元プロサッカー選手のリオ・ファーディナンド氏、ヨルダン王室のラーニア王妃、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの経済学者、ムハマド・ユヌス氏ら著名人も参加した。
「あなたは何をしているか」が全て
ウガンダのゴミを再利用し、ファッションとして活用する社会起業家のナムジュ・ジュリエット氏。
撮影:雨宮百子
参加者同士の交流も活発だ。
講演の合間にコーヒーをもらいに並んだ待ち時間や、ランチを食べようと座ったとき、隣にいる人に、話しかけられることもあれば自分から話しかけることもある。190カ国もの人が集まるこの会議での挨拶は少し変わっていると言われる。
まずは「あなたは何に関心をいだいてて、何のアクションをしているの?」と聞かれる。目が合って会話が始まると、真っ先に聞かれるのは、出身国か、この質問だ。その人の関心分野やアクションなどで、話が続かなければ会話を盛り上げるのは少し厳しい。
日本でのあいさつは、所属企業の名前を言って名刺交換をすることが多いが、そんなまどろっこしいことはしない。所属なんて誰も気にしていない。所属を知るとしても、それは場が温まってからだ。
基本的にほぼ全員が不自由なく英語を話すが、訛りがあったり、難しい単語を知らなかったりすることも当然ある。しかし、そんなことは問題にならない。伝えようとする姿勢や情熱の方が重要だ。
会議のなかでは地域ごとの集まりもある。
撮影:雨宮百子
例えば私の場合、出席者に話しかけたときの会話はこんな感じだった。
「こんにちは、どこからきたの」
「モルディブよ。あなたは?」
「日本。モルディブといえばたしか、2023年のジェンダーギャップレポートで日本の125位よりも、少しだけ順位が上だったよね(※)。男女の格差を感じる瞬間ってある?」
(※…世界経済フォーラムによるジェンダーギャップレポートによると、モルディブは124位)
「親や社会から急かされることによるプレッシャーで、結婚する年齢が若いことなど、いくつかの課題もあるけれど、男女格差を感じるときはあまりないね。例えば私には夫がいるけれど、私だけ英国に社費留学をしているの。私たちみたいなカップルは多いわよ」
「日本では男性の駐在の話は聞くものの、あなたみたいなケースはあまり聞かないよ。留学では何を勉強しているの?」
「金融よ。私は中央銀行に勤めていて、チャンスをつかんだの」
中国の競争社会に疲れ、フランスに
ベルファストはタイタニックの博物館があることでも有名だ。
撮影:雨宮百子
アジアの集まりに顔を出したときには、中国からきた女性に「日本の若い人が結婚への関心が薄れているのは本当?なんで?」と聞かれた。話を聞いていくと、彼女は一人っ子政策世代で、親からの過剰な期待を重荷に感じ、フランスに移住した。 フランスでは自分のペースで生きられて心地が良いという。
日本では中国ほどの競争はないにせよ、「就活」「婚活」などの「活動」があることを話すと興味深そうに聞いていた。「親や社会とは適度な距離を取るのが秘訣だよね」と呟いた彼女とリンクドインでつながった。
またナイジェリアの女性と話したとき、医療機関で働く彼女は「メンタルヘルスに課題意識を持っている」と話した。
近年はSNSによる他人との比較や失業、結婚後の男女格差などによってメンタルヘルスを病む人が増加しているようだった。ナイジェリアを含むアフリカではメンタルヘルスの認知度が低く、専門の医者も少ないため大きな問題になっているという。だからこそ、同じような関心を持つ人との情報交換やつながりを目的に参加していた。
私は、日本でも特にコロナ禍は若年女性の自殺率が増加したこと、他人と比較することがメンタルヘルスに与える影響などを話した。遠いと思っていたナイジェリアと日本のつながりを発見して驚いた。
名刺は役に立たない
ワン・ヤング・ワールドでは、街中で「おもてなし」もしてもらえる。
撮影:雨宮百子
こうしてつながった関係は、その場限りのものではない。むしろ、これをきっかけにどう深めていくかが求められる。
初対面のあいさつの後も関係が続くかは、どれだけ印象的な会話ができたか、関係を深められたかによる。会話が盛り上がらなければ、そもそも連絡先の交換にすら至らない。
私は複数人に話しかけるよりも、一人ひとりとじっくり30分は話すようにしている。昨年仲良くなったカメルーンのユニセフで働く友人は、その後、出張の合間にブリュッセルに遊びにきてくれたし、イギリスに住む政治家志望の友人は、今年も会議に参加しており、忙しい合間をぬって議論しにきてくれた。
繰り返すが、社名や学歴は単なる「後付けの情報」にしかならない。そもそも、有名企業や国際機関の出身者だらけだし、オックスフォードやケンブリッジ、北京大学の上位数パーセントの奨学金受賞者など、後から経歴をみれば恐れ多いエリートがゴロゴロいる。名刺など、ここでは何の役にもたたないのだ。
情熱を持って語れる「個性」
将来の「エリートの卵」が集まるこの会議に参加し、コミュニケーションは総合格闘技だ、と改めて突きつけられた。
私が彼らを「その国の代表」として見るように、彼らも私を「日本の代表」として見ていることを忘れてはいけないだろう。だからこそ日本の課題や、国際比較のできるデータなどを把握しておくと会話が盛り上がりやすい。
一方で、結局最も人をひきつけるのは、自分が情熱を持って語れる「個性」なのかもしれない。
「ワンピース」や「呪術廻戦」など海外で人気のアニメや旅行情報などのソフトなネタも押さえておけば、ある程度会話を盛り上げることはできる。私の場合は、趣味で日本の離島を中心にほぼ全ての都道府県をまわった経験を話すと「ユニークなもの」としてウケがよかった。
日本人の私たちにとっては、まずは「肩書き」からコミュニケーションを取ることが当たり前だが、逆に言えば、そんな日本的コミュニケーションは世界では少数派だろう。
「肩書き」に頼らずに自分を表現すること──。海外で日本人が戦うためには、まずその力が必要になると身をもって体験した。