アフリカではフィーチャーフォンを使っている人が多く、スマートフォン市場の伸びしろが大きい。
Reuter
アップルが初代iPhoneを発売した2007年、創業間もない中国のベンチャーがナイジェリアで同社にとって最初の商品である携帯電話を発売した。プリペイドのSIMカードを使う人が多く、通信環境が不安定なアフリカ市場向けに2枚のSIMカードを搭載できるようにした同社の携帯電話は、大人気を博したという。
このベンチャーは2013年に深圳市で設立された「伝音控股(トランシオン)」の前身企業だ。伝音は「アフリカの王」と呼ばれるほど同大陸で成功を収め、2023年は世界のスマートフォン市場でも初めてトップ5に入りそうな勢いを見せている。
通信環境の悪さに対応
伝音の携帯電話ブランド「Tecno」はアフリカで非常に人気が高い。
Reuter
伝音は中国の携帯電話メーカーで海外販売を担当していた竺兆江氏が創業し、アフリカ市場でビジネスを始めた。前身企業の創業時は、中国でローエンドメーカーが次々に立ち上がっていたため、競争を避けるためあえて「未開の地」を選んだのだ。
そんな背景もあり、2019年に中国の新興企業向け取引所「科創版」に上場するまで、伝音は中国でほとんど知られていなかった。
進出先も商材も違うが、激しい競争を避けてアメリカでビジネスを始めたアパレルEC「SHEIN」と通じるものがある。
ガラケーからスマートフォンにシフトし、進化を競い合う大手メーカーをよそに、伝音は携帯電話の普及率が低く、通信環境も不安定なアフリカ市場での需要に向き合ってきた。
アフリカの中では経済が発展し、市場が大きいナイジェリアと南アフリカ共和国を中心に、全土に販売網を築いていった。
通信や電気インフラの脆弱さをカバーするため、デュアルSIMどころか4枚のSIMカードを挿入して、それぞれの電話番号で同時に待ち受けができる端末や、充電しなくても20日バッテリーが持つ端末を投入。歯と目の位置を認識して顔を識別し、黒人の肌をよりきれいに撮れるカメラも開発した。
これらの取り組みによって2017年にはアフリカの携帯電話市場で40%のシェアを獲得し、サムスンを抜きトップに立った。スマートフォンでは中高価格帯の「TECNO」、割安な「itel」、若者向けの「Infinix」の3ブランドを展開する。アフリカでのブランド力は高く、中国メーカーだと知らない現地の消費者も多い。
アフリカ向けの音楽配信アプリ「Boomplay」やニュースアプリ「Scooper」も展開し、それぞれ月間アクティブユーザーは5000万人を超える。
課題はアフリカ依存
アフリカのスマートフォン市場で伝音(Transsion)は4割超のシェアを維持している。
IDC
そんな「アフリカの王」も、2022年は試練に直面した。同年の売上高は前年比6.1%減の463億6000万元(約9600億円、1元=20.7円換算)、純利益は同35.4%減の25億2400万元(約520億円)で、上場以来初めて減収減益となった。
同社は業績悪化の理由を世界的な金融引き締めや新型コロナウイルスの流行などでアフリカ経済の成長が鈍化したと説明した。
市場調査会社IDCによると、2022年年10~12月のアフリカ市場の出荷台数はフィーチャーフォンが前年同期比16.2%減の2270万台、スマートフォンが17.8%減の1760万台。7~9月はフィーチャーフォンが同20.1%減の2440万台、スマートフォンは19.8%減の1780万台だった。スマートフォン市場は2022年末まで6四半期連続で前年割れとなった。
IDCはナイジェリア、南アフリカの2大市場がふるわなかったほか、輸入規制などでエジプト市場が壊滅的なダメージを受けたと分析する。伝音は2022年を通じてアフリカのスマートフォン市場で40%以上のシェアを確保したが、市場低迷の影響を免れることができなかった。
「アフリカの王」伝音にとって、アフリカ依存がリスクであることは以前から指摘されており、圧倒的な優位性を維持していても、市場が低迷すれば成長は困難であることが改めて浮き彫りになった。アフリカ依存が続く限り、ローエンドから抜け出せないことも問題だ。
アフリカのスマートフォン市場では200ドル未満の端末のシェアが8割を超える。
IDC
アフリカは今もフィーチャーフォンの販売台数がスマートフォンを上回り、言い換えれば先進国や中国で需要が鈍化したスマートフォンの成長が今後も期待できる。だが、IDCによるとアフリカのスマートフォン市場の8割超を200ドル(約3万円、1ドル=150円換算)未満のローエンド製品が占めている。
伝音は2022年以降、アフリカでスマートウォッチ、スマートスピーカー、掃除機、Bluetoothイヤホンなど商品の幅を広げつつ、アフリカ以外の市場開拓に重点的に投資している。2015年にインドネシア、翌2016年にインドに進出するなど、進出先は新興国を中心に70カ国を超える。
初めて世界5位に浮上
伝音(Transsion)のシェアは2023年7~9月にさらに拡大し、4位のOPPOに肉薄している。
IDC
これらの取り組みが功を奏し、2023年後半は伝音の業績が急回復している。
2023年7~9月期の売上高は前年同期比39.2%増の179億9300万元(約3700億円)、純利益は同194.8%増の17億8300万元(約370億円)。コロナ禍が収束し経済が正常化したのもあるが、同社によると新興市場の開拓が進んでいることが大きいという。
売上高におけるアフリカ市場の比率は2019年の75%から2022年に44%まで低下した。2023年7~9月はスマートフォンの売上の70%以上がアフリカ以外からもたらされた。
地域別のポートフォリオが変化したことで、スマートフォンのシェアも拡大した。伝音はフィーチャーフォンも含めた携帯電話の出荷台数では2021年時点で世界3位だったが、スマートフォンのシェアでは6位以下にとどまっていた。
それがIDCによると2023年4〜6月に初めてトップ5に名を連ねた。7〜9月は出荷台数が前年同期比35%増の2600万台となり、世界シェアも同2ポイントプラスの9%まで拡大した。4位の中国OPPOとの差は1%を切り、IDCは「新興市場での出荷が大幅に増えている」と分析する。
調査会社Counterpointが公表したスマートフォンの世界販売台数でも、世界販売が同8%減少するなか、中国メーカーのファーウェイと、ファーウェイから2020年に切り離されて独立したHONOR、伝音の3社のみが販売を伸ばしたことが明らかになった。
「ラストリゾート」の南米
伝音(Transsion)は南米市場で急速に浸透している。
Canalys
伝音の成長に特に貢献しているのが南米市場だ。調査会社Canalysによると、伝音は南米での2023年7~9月のスマートフォン出荷台数が同159%伸び、同市場で10%までシェアを高め、4位に躍り出た。
日中メーカーの海外進出は、高価格品が売れやすい先進国、人口が多く成長率が高いインドや東南アジアが中心で、距離が遠くて時差が大きく、経済が停滞している上に政情が不安定な南米の優先順位は高くなかった。
しかし中国市場の成熟に伴い、ローカル企業がさほど強くなく、中国や東南アジアに比べると競争が緩やかな南米を「ラストリゾート」とみなす企業が増えている。SHEIN、バイトダンス、ファーウェイ、シャオミ、ハイセンスなど、南米に進出する中国企業は2700社を超える。
伝音もその一社で、アフリカで培ったノウハウを生かしコロンビア、エクアドル、ペルーで急速に浸透している。
ローエンド端末を得意とする伝音だが、2023年2月末にバルセロナで開かれたモバイルワールドコングレス(MWC2023)に初めて参加し、折りたたみスマートフォンを発表した。アフリカより消費力が強く、シャオミが長年首位に立つインドに投入する。
OPPOやvivoなど中国で苦戦する大手メーカーがアフリカ市場に力を入れ始め、「アフリカの王」は迎え撃つ立場にもなる。本拠地でシェアを守りながら、サムスンやシャオミが強い他の新興国市場でシェアを奪えるかが、今後の鍵となりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。