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こんにちは。パロアルトインサイトCEOの石角友愛です。
皆さんは、「Leanin.org」という団体をご存知でしょうか。
メタ(旧Facebook)の元COOであるシェリル・サンドバーグが立ち上げたこの団体は、女性の働き方に関する調査や提言のほか、若い世代の女の子に向けて、リーダーになるために必要なスキルを提供するなど、男女格差に立ち向かうための活動を進めています。なお、団体名のLean Inとは彼女の2015年の大ベストセラー『Lean In(邦題:LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲)』から取っています。
このLeanin.orgがマッキンゼーと共同で毎年この時期に発表している調査結果レポートが「Women in the Workplace(職場の女性に関する調査)」というものです。先月、2023年版が発表されたのでその内容をご紹介したいと思います。(Leanin.orgのレポートはこちら。マッキンゼーのレポートはこちら)
Lean Inの「Women in the Workplace(職場の女性に関する調査)」レポート。
撮影:Business Insider Japan
2023年版で9年目になるこのレポートですが、冒頭にはこのように記されています。
(女性の活躍に焦点を当てると)過去数年間で、シニア・リーダーシップの層においてはかなりの進歩が見られました。これは社会が正しい方向へ向かう上で重要な一歩であり、企業の理解と取り組みによって(女性活躍の推進を)成し遂げることができることを示しています。しかし、中間層では女性のキャリア形成が依然として遅れており、特に有色人種の女性においてその傾向が顕著です。これらを踏まえると、キャリアにおける男女の真の平等は依然として手の届かないところにあります。
このように、冒頭でキャリアにおける真の男女平等が確立できていないことを問題提起した上で、レポートの本文では働く女性のキャリア形成の障壁となっている「世間の4つの勘違い」とそれを覆す「現実」について、データと共に示しています。
このことで、キャリアに対する女性の考えを正しく理解し、職場における男女平等を実現するための道筋を見つけることを目的としています。今回は、レポートの中から2つの勘違いを取り上げて紹介し、女性のキャリア形成に重要な要素を考察したいと思います。
×勘違いその1. 「女性は野心的でなくなりつつある」
◎現実:女性はパンデミック以前よりも野心的。働く上でのフレキシビリティがその野心を後押ししている
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日本でもよく目にする「働く女性は昇進したがっていない。キャリア志向ではない」という議論は、実際のところアメリカにも存在します。
しかし、今回の調査結果では、それとは真逆の結果が出ました。例えば、30歳以下の女性では10人に9人が次のレベルに昇進したいと考えており、4人に3人がシニアリーダーを目指しているというものです。そしてディレクターレベル(部長以上)では女性も男性と同じようにシニアリーダーとしての役割に関心を持っていることも明らかになりました。
その野心を後押ししているのが、働く環境の柔軟性です。5人に1人の女性が、柔軟性のおかげで仕事を続けられた、あるいは勤務時間を減らさずに済んだと答えており、ハイブリッドワークやリモートワークで働く女性の多くが、疲労や燃え尽きを感じにくくなったということです。
アメリカではGAFAMをはじめとして今年からReturn to Office(リモートをやめてオフィス勤務に戻す運動)を実施する企業が増えていますが、この調査結果によると、リモートやハイブリッドで働ける労働環境を提供することで、勤務時間を減らさず、かつキャリアパスを変えることなく昇進などを目指せると考えている人が多いことが分かります。
ノーベル経済学賞を2023年に受賞したクラウディア・ゴールディン教授による、MBA卒業生の男女を対象にした研究によると、男女のMBA取得者の収入は、キャリアのスタート時点ではほぼ同じなのにも関わらず、すぐに乖離が生じることが分かっています。
その要因として、「MBA卒業前のトレーニングの差」「キャリアの中断の差」「週所定労働時間の差」などが挙げられています。中でも特に、第1子を出産するタイミングで、女性MBAがキャリアを中断し、パートタイムなどに移行することで労働時間が短くなることが大きな影響を与え、結果的に収入格差が生まれているということです。
このような研究結果を考慮すると、リモートワークやハイブリッドワークを維持することが女性のキャリアの実現において大きな役割を果たす要素であることが分かります。
×勘違いその2. 「マイクロアグレッションは『ミクロ』な影響を与える」
◎現実:マイクロアグレッションは、女性に大きく永続的な影響を与える
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ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ・カレッジの心理学および教育学教授のケビン・ナダル氏によると、マイクロアグレッションとは「歴史的に周縁化されたグループに対するある種の偏見を伝える、日常的で微妙、かつ意図的な(または意図的ではない)やりとりや行動」と定義されています。無自覚な差別、小さな攻撃性ともいわれます。
あからさまな「差別」や「マクロアグレッション」と何が違うかというと、マイクロアグレッションを行う人は無自覚で、自分がマイクロアグレッションをしていることに気づいていないことがあるということです。
そして、Women in the Workplaceレポートによれば「長年のデータによると、女性は男性よりもかなり高い割合でマイクロアグレッションを経験している」ということが分かっています。
職場におけるマイクロアグレッションの例として以下のようなものが挙げられます。
- 自分の手柄が他の人のものとして評価される
- 実際よりも低い役職に間違われる
- 見た目についてコメントされる
- 自分と同じ人種の別人と勘違いされる
- 自分の感情状態についてコメントされる
レポートでは男性と比べ、女性、とりわけ有色人種の女性やLGBTQ+の女性がマイクロアグレッションの被害に遭う確率が高いと書かれています。そして、結果として「心理的に安全だと感じようともがき、自分の声を消したり、コード・スイッチ(職場では別人のモードになること)をしたり、自分の重要な側面を隠したりして『自己防衛』をする」ようになるということです。
「コード・スイッチ」する人たちの現状
コード・スイッチに関して、レポート内で身体的障害を持つある黒人女性が以下のようにコメントをしています。
「私は障害を持つ黒人女性であるため、辛辣な目で見られないように、特別にハッピーに振る舞わなければならない。もし誰かが私に攻撃的なことを言ったら、私が怒っている黒人女性と思われないように、どう反応するかを考えなければならない」
このように、マイクロアグレッションは一見すると小さい出来事にも思ますが、職場で起こると精神的な負担が積み重なりキャリアに悪影響を及ぼすため、しっかりと認識し、対処すべき問題なのです。
レポートではマイクロアグレッションに関する具体的なデータも紹介されています。以下がその一例です。
- アジア人女性は、白人女性や男性に比べて、同じ人種や民族の人と間違われる可能性が7倍高い
- 黒人女性は、白人女性や男性に比べ、コード・スイッチをしなければならない可能性が3倍高い
- LGBTQ+の女性は、女性や男性全体と比べて、私生活の側面を隠す傾向が5倍高く、職業的に見えることを気にする傾向が2.5倍以上高い
- 障害を持つ女性は、女性全体と比べて、批判されることなく完璧なパフォーマンスをしなければならないと感じる傾向がはるかに強い
こうしたマイクロアグレッションが引き起こすストレスは深く、燃え尽き症候群になる可能性が4倍高く、会社を辞めることを考える可能性も3倍高くなると指摘しています。
私もアメリカ生活が長いため、学校などの組織で自分以外の女性と勘違いされることを多く経験していますが、その度に小さい違和感を覚えていました。もちろん、ほとんどの場合勘違いした人に悪気はないためその場では「マイクロ」な出来事として流すことが多いのですが、今回のレポートで、勘違いされること自体がマイクロアグレッションにあたると知ったことは、大きな発見でした。
アメリカで生まれ育ったバイリンガルの日系アメリカ人の友人は、初対面でアメリカ人と話すと「英語がお上手ですね」と言われ、日本では「日本語がお上手ですね」と言われるそうです。言った人は褒めているつもりだったとしても、本人は小さなモヤモヤとしてマイクロアグレッションを感じると言っていました。
このように、第三者が悪気なく発言する内容でも、言われた相手にとってはマイクロアグレッションになりうるという理解を広めることが大切です。そのため、マイクロアグレッションを防止するために、企業内でもまずは「何がマイクロアグレッションにあたるのか」について、事例を含めた研修などを通して社員に教える必要があるのではないかと考えます。
また、リモートワークやハイブリッドワークを取り入れることは、見た目や感情状態についてコメントをされる機会が減るため、心理的にも働きやすい環境になるといえます。
今回はWomen in the Workplace調査の一部分をご紹介しましたが、日本と比べれば男女の職場における格差が是正されているといわれるアメリカでも、まだ多くの課題が残っていることが分かっていただけたかと思います。
キャリアにおける真の男女平等を実現するためには、職場の女性がキャリアに求めていることを正しく理解し、それを実現するために必要な環境整備をすることの重要性、そして、その実現を阻害する事由(マイクロアグレッションや偏見などを含む)となるものを明示化して排除する努力をしなければいけないことが今回のレポートで明らかになったといえます。