米中首脳会談で透けて見えた習近平氏の「余裕」。合意はあくまで「一時休戦」

習近平 ジョー・バイデン

バイデン米大統領(左)と習近平・中国国家主席。米中首脳会談終了後の11月18日にサンフランシスコで開催された、アジア太平洋経済協力会議(APEC)閉幕時の撮影。

EYEPRESS via Reuters Connect

11月15日、アメリカ西海岸のサンフランシスコで4時間にわたって行われた米中首脳会談の最大の成果は、と問われれば、筆者は「一時休戦」と答えたい。

アメリカ側の強い希望で開かれた今回の会談では、ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突、さらに中国との衝突という「三正面作戦」を嫌うバイデン政権にとって、休戦が緊急課題だったからだ。

続いて行われた日中首脳会談も、やはり仕切り直しに向けた「休戦」の意味合いが強かった。

厳しい対中世論を優先したバイデン氏

いま一時休戦が本当に必要なのは、イスラエル軍の地上侵攻で多くの子供たちが犠牲になっているパレスチナのガザ地区だろう。休戦とは、被害の拡大防止を目的とする「止血」であり、まして「一時」が付く場合は関係改善を約束するわけではない。休戦はすぐ破られることが多い。

米中首脳会談後の記者会見でバイデン大統領は、習近平国家主席を「独裁者」と呼び、中国側の猛反発を買った。

それが「休戦破り」に当たるかどうかはともかく、次期大統領選挙まで1年を切った今、国内に厳しい対中世論がある中で、首脳会談を「対中融和」の姿勢と受け取られると、選挙にマイナスになりかねない。

記者の質問を一度は無視しようとしたバイデン氏が、踵(きびす)を返してあえて習氏を「独裁者」と呼んだことは、対中関係の改善より国内世論を重視したことをうかがわせる。

米中合意の「本質」

バイデン氏は首脳会談を「これまでで最も建設的で生産的な議論だった」と振り返った。

会談の目標について、バイデン氏はこれまで「競争が衝突・紛争に発展しないよう管理する」と何度も繰り返してきた。関係改善ではなく、衝突回避のため「ガードレール」を設けるということだ。

それに対し中国側は、王毅政治局委員兼外相が「意見の相違を管理し、協力を広げる重要な会談。混乱と変革の世界に確実性を与え安定性を高める」と位置付けた。

バイデン氏の目指す「衝突回避」に比べると、王氏の語る「安定した関係」の追求は、関係改善に近い目標と言っていいだろう。

会談では具体的にどんな成果が得られたのか。主なものを以下に列挙する。

  1. 国防当局間のハイレベル会合の再開
  2. 米中国防省会合の設定
  3. 海上軍事安全協議メカニズム会議の開始
  4. 人工知能(AI)に関する政府間対話のスタート
  5. 気候変動対策に関する作業部会を再開
  6. 医療用合成麻薬「フェンタニル」の規制で中国と協力

日本メディアの多くは「軍事対話の再開」をタイトルにとったが、実際の合意は、ペロシ前米下院議長の台湾訪問(2022年8月)に反発した中国が打ち切る前に両国で議論していた内容の回復が大半を占める。

米中関係の「道のり」で言えば、ペロシ訪台以前のレベルに戻ったにすぎない。

悪化の一途をたどってきた対中関係をこれ以上悪化させないのが合意の最大のポイントであり、ひと言で表現すればやはり「一時休戦」になるだろう。

王外相も会談後の会見で「両元首の舵取り・水先案内の下で、中米関係という巨船が暗礁・浅瀬を抜けてバリ島(2022年11月の中米首脳会談を指す)からサンフランシスコに着いた」と説明した。

習氏が会談で見せた「余裕」

今回の会談場所は、かつて連続テレビドラマの舞台にもなったサンフランシスコ近郊の景勝地ファイロリ。

王氏は会談後「アジア太平洋経済協力会議(APEC)のついでではなく、習氏を単独で招いた首脳会談だった」と説明、アメリカの歓待と厚遇をたたえた。

習氏はこれまでにない饒舌(じょうぜつ)ぶりを発揮し、余裕すら見せたように感じられた。

首脳会談がアメリカ側の強い要請で開かれたことも含め、両国の力関係が中国に傾斜している国際秩序を反映しているのかもしれない。

中国国営メディアの新華社通信が配信した習氏発言の内容を読むと、会談の様子が浮かび上がってくるようだ。

習氏は冒頭、「世界はこの100年なかった大変局を経験している」と、これまでも繰り返してきた情勢認識を披瀝。米中競争を説くバイデン氏に対し「大国が競争していては、世界が直面する問題を解決できない。この地球は中米両国を受け入れることができる」と、競争を止めて協力するよう呼びかけた。

そして両国関係の基本原則として、1年前のバリ島会談で挙げた「相互尊重、平和共存、協力・ウィンウィン」の三原則を繰り返し、「中国にはアメリカを超越、あるいはアメリカに取って代わる計画はない」と述べ、「中国を抑え込む考えを持つべきではない」と訴えたのだった。

台湾に関する発言も注目していい。

バイデン氏が何度も言及してきた「台湾独立を支持しない」との約束について、「具体的行動で体現し、台湾武装を停止し、中国の平和統一を支持すべき」と切り返し、最後は「中国は最終的に統一される。統一は必然だ」とまで踏み込んだ。

これらの発言を「余裕」と呼ばず何と言うか。

対日関係はあくまで「副次的」

一方、1年ぶりの日中首脳会談は、米中首脳会談終了後の11月16日、サンフランシスコで「何とか」実現した。

何とかと言うのは、中国側が首脳会談を開くかどうかを直前まで明らかにせず、日本側をやきもきさせたからだ。

会談準備のため、秋葉剛男国家安全保障局長が11月9日に訪中、王外相と3時間半にわたって協議している。それだけに、中国としてもよほどのことがない限り、会談をキャンセルする選択肢はなかった。

ただ、会談時間を1年前と同様の45分に設定するか、会談の柱を何にするかは、米中首脳会談の結果次第で決める腹積もりだったのだろう。

中国にとって対米関係が「主」であり、対日関係は「従属」ないし「副次」であることは明らかだ。ましてや、支持率が下落し続け、政権継続に「黄信号」が点灯した岸田氏の苦境を中国側が見逃すわけはない。

それでも、岸田首相は会談時間が予定の45分を過ぎて1時間超になったことを「自慢」し、中国側が日本を重視しているとのイメージを世論に振りまいた。内政で行き詰まった岸田氏が「外交の岸田」を売りにしたい狙いは見え透いていた。

終わってみれば、首脳会談関係のトピックは夜7時のNHKニュースですら、米MLBの2度目のア・リーグMVPを史上初めて満票で獲得した大谷翔平選手の話題にトップを奪われた。

さらに夜9時のNHKニュースでは、イスラエル軍のガザ北部病院突入のニュースにも抜かれ、3番手に落ちた。「外交の岸田」セールは失敗だった。

日中「戦略的互恵関係」の意味

日本の外務省によると、岸田氏は習氏との会談で主に以下のような点を主張もしくは議論した。

  1. 「戦略的互恵関係」の推進を再確認
  2. 福島第一原発の処理水放出をめぐる日本産水産物全面禁輸の即時撤廃を要求
  3. 協議と対話を通じて問題を解決していくことで一致
  4. 邦人拘束事案について早期解放を要求
  5. ロシアとの連携を含めた中国の軍事活動の活発化、尖閣諸島など東シナ海の情勢に深刻な懸念を表明

外務省の発表内容は、岸田氏が中国に遠慮せず、日本の主張を押し通したイメージを強調したい意図が読み取れる。

だが、最大のポイントは「戦略的互恵関係」を再確認したことだ。

中国側はなぜ17年も前に使われたキャッチフレーズを持ち出したのか。

少し説明しておくと、小泉純一郎首相(当時、以下同)の在任中6回にわたる靖国神社参拝で悪化した日中関係を打開するため、後継の安倍晋三首相が2006年10月に訪中し、胡錦濤国家主席との間で合意したフレーズが「戦略的互恵関係」だ。

具体的には、パートナーとして互いの脅威にならないことをうたい、政治体制が異なっても協力し合うことを意味する。

その後、2008年5月に来日した胡錦涛主席は福田康夫首相と会談、1972年以来4度目となる日中共同声明を「『戦略的互恵関係』の包括的推進」と題し、(1)互いに協力のパートナーであり(2)互いに脅威とならない、との文言を盛り込んだ。

2021年1月のバイデン政権誕生以来、「台湾有事」の切迫を理由に、日米両国は対中抑止を二人三脚で進め、岸田政権は大軍拡を推進。中国を「これまでにない戦略的挑戦」と位置付けたことで、日中関係は戦後最悪の状況にまで陥った。

福田元首相はこの10月、2度にわたって訪中しており、今回の共同声明で「戦略的互恵関係」が前面に出たのは、福田氏の提言が効果を発揮した可能性がある。

福田氏は尖閣諸島国有化で日中関係が悪化した2014年にも極秘訪中、同年秋の安倍氏訪中の実現のお膳立てをしている。

中国側がこうした過去の経緯を想起させる表現を持ち出したのは、2023年が日中平和友好条約締結45周年の節目に当たることに加え、あらためて台湾問題を日中関係の政治基盤に関わる問題として、日本の台湾関与にクギを刺す狙いがあった。台湾問題でこれ以上日中関係を悪化させるべきではないという含みだ。

中国側の発表文では、戦略的互恵関係と同時に、グローバルサプライチェーン(供給網)から中国を排除する経済デカップリングを批判する内容が目立った。

不動産不況で動揺する中国経済の立て直しは習政権にとって喫緊の課題であり、中国側は日中経済協力も関係改善の重点と考えていることがうかがえる。

例えば、新華社通信は習氏の次のような呼びかけを紹介している。

「中国は質の高い発展と高水準の開放を推進しており、日本を含む世界の国々に前例のない機会をもたらす。双方は協力を深め、相互の成果を達成し、世界の自由貿易体制を真剣に保護し、より高いレベルの相互利益とウィンウィンの達成を」

これも経済協力を重視する中国の姿勢の表れだろう。

いずれにしても、冒頭に書いたように「一時休戦」はすぐ破られるのが歴史の常だ。

米中関係、日中関係はともに脆くて崩れやすい。米一極支配というパラダイムに代わる新たな国際秩序が見えてくるまで、不安定な状況が続くことを覚悟しなければならない。

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