ソニーモバイルは4月20日、「Xperia Touch」という新製品を発表した。ソニーモバイルといえばスマートフォンのXperiaが思い浮かぶが、この製品は壁などに映像を投影する「プロジェクター」である。
同社が畑違いにも思えるプロジェクターを製品化する背景には、「スマホ事業の限界」と「ディスプレイビジネスのトレンド変化」という2つの側面がある。
プロジェクターで机が「23インチのタブレット」に
Xperia Touchは、ちょっとした花瓶くらいの大きさの四角い箱だ。この中にプロジェクターが内蔵されており、壁や机の上などに映像を投射できる。
Xperia Touchのベースになったのは、ソニー本社が2016年2月に発売した「LSPX-P1」という製品だ。LSPX-P1は壁からわずか28センチの距離で80インチを映し出す「超短焦点プロジェクター」であることが特徴だった。
通常、プロジェクターの映像を表示するには、投射面と機器の間にそれなりのスペースが必要になる。だがLSPX-P1では、壁面からほとんど離すことなく映像が投射でき、机や床に置くだけでその場所がディスプレイになる。ピント合わせなども自動なので、単に置くだけでいい。
超単焦点プロジェクターというジャンルはニッチ(隙間商品)だが、LSPX-P1の販売状況は好調で、発売当初は何カ月も品切れが続いた。
机や床に投射することで、23インチのAndroidタブレットに早変わり
今回のXperia Touchは、もちろん単なるプロジェクターではない。
OSにAndroidを採用しており、映像の投射面にタッチしたり指を動かしたりすると、その位置を把握して動作する。要は、壁や机が23インチの大きなAndroidタブレットになるのだ。
ポイントは、Android用アプリケーションが、よほど特別なものでない限りそのまま動作するということだ。
タブレット上にメモを残すアプリを壁に映せば、壁が巨大なメモボードになるし、スマホ用のゲームを机に映せば、周りにいるみんなで画面を突き合って楽しめる。タッチパネルを楽器代わりにするアプリは、より大きな鍵盤やドラムパッドに変わる。もちろん、NetflixやHulu、dTV、DAZN、スポナビライブといった映像配信アプリもそのまま使える。
Xperia Touchを壁面から離すと、画面サイズは最大80インチまで広げられるから、ちょっとしたホームシアターになる。しかもその時でも、壁面からの距離は約28cm程度でしかない。
小型化で生活に溶け込むプロジェクターの需要
こうした特性は、我々の脳内にある「ディスプレイ」という固定観念を破壊する。
さっきまで壁だったところに写真立てやテレビが生まれ、白い机がメモ帳やゲームボードになる。好きな時に好きな場所がディスプレイに変えられるのは、好きな場所にディスプレイを携帯するスマートフォンとは似て非なる体験だ。
スマホでアプリを使うのは日常だが、それはあくまでパーソナルな体験といえる。だが、壁や机を使いたい時だけディスプレイにするようになると、パーソナルなものだったアプリの画面は家族で共有可能になり、テレビで楽しみたかった映像系アプリを、場所の制約に縛られず楽しめるようになる。
映像配信や各種アプリは、スマートフォンやタブレット市場向けにどんどん増えていくから、それがそのまま使えるXperia Touchの価値も同様に高まる。HDMIでの外部入力もあるので、ゲーム機やレコーダーなどの既存家電をつないで使うこともできる。
遊び慣れたゲームなどもイメージが大きく変わる
この製品に限らず、小型のプロジェクターはちょっとしたトレンドになりつつある。投射用の光源としてLEDやレーザーが使えるようになり、コンパクトかつ低コストなものを作れるようになってきたからだ。
ソニーの製品ほど近い距離で投射できるものは少ないが、壁寄せで使える「短焦点」のものも増えてきた。
生活の中に大画面を持ち込むことには大きな可能性がある。
壁や机に映像を投射することで、テレビやスマートフォンの「枠の中」に閉じ込められていた映像が、生活の中に溶け込むようになるからだ。これは、プロジェクションマッピングがモダンアートの世界に与えた影響と同じである。壁のポスターが毎日変わり、時計を好きなものに変えられる。
もちろん、ホームシアター用の高級プロジェクターに比べれば、画質も輝度もまだまだだ。明るさは100ルーメンで、明るい部屋では見づらい。現時点ではAV系のメーカーよりもモバイル機器やビジネス機器のメーカー中心のトレンドといえる。
ここにソニーが目をつけたのは、同社がテレビの先のディスプレイデバイスとして、プロジェクターの価値の多様化にかなり早くから目をつけていたからと言える。別の言い方をすれば、ソニーはテレビを含む「ディスプレイ」全体に以前からある種の閉塞感を持っており、その突破口としてプロジェクターに期待を抱いていたのだ。
なぜソニーモバイルがプロジェクターを作るのか
ソニーがディスプレイに閉塞感を感じていたように、ソニーモバイルがXperia Touchを展開するのもまた、スマートフォン市場の「閉塞感」が理由だ。
同社のスマートフォンはもはや世界のトップシェアに割り込むのは難しいし、それを狙おうともしていない。今後の市場を考えると、スマートフォンで培った技術を別のジャンルに展開し、新しいビジネスの芽がどこにあるかを見つけることが重要になる。
Xperia Touchの内部。レンズによる補正を組み合わせ、非常に短い距離で映像を投射する。ソニーはここ数年、この技術にこだわってきた
Xperia Touchは技術的には既存技術の横展開で実現可能なものであり、差別化点はプロジェクター技術だ。そこにはソニー本体のノウハウがあり、この製品を成立させるコア技術でもある。100万円クラスのハイエンド製品に使われるソニー独自のレーザー光源プロジェクター技術「SXRD」と、超短焦点照射技術の組み合わせだ。
ウィークポイントは、Xperia Touchの価格が約15万円(税別)と割高な価格設定。ベースモデルであるLSPX-P1が9万3000円前後と安価ではなく、そこにAndroidタブレットの価格を足したようなイメージになる。
とはいえ、現状、Xperia Touchと同じような体験をできる機器は他にない。その先行プレミアムがこの価格と言える。
「どこでも大画面タブレットの悦楽」と「生活シーンから画面の枠を取り去る自由さ」をどこまで周知できるかが、ソニーの戦略の成否を決める。そして、このアプローチがうまく市場にハマれば、タブレットのように多くの企業が追いかける存在になるだろう。
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」、「ソニー復興の劇薬」、「ネットフリックスの時代」、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。