日本の米国オフィスビル投資が急増 —— 次の投資のターゲットは「小売革命」の渦の中

日本の海外不動産への投資が急増している。けん引しているのは、アメリカで開発される商業・オフィス複合ビル開発などへの資金だ。そして今後、日本の新たな投資が期待されるターゲットは、巨大小売チェーンをもなぎ倒すアメリカの「小売革命」の渦の中にありそうだ。

不動産サービス大手のCBREによると、2016年の日本の投資家による対外不動産投資は25億ドル(約2800億円)。世界の不動産投資の潮流をつくる中国の投資額に比べれば10分の1にも満たないが、前年から74%増えた。日本はその投資額の90%をアメリカに集中させている。投資対象のほとんどはオフィスとホテル。エリア別に見ると、東部を中心とするワシントンDC、アトランタ、マイアミが上位に入った。

日本の投資家による対外不動産投資2016年

提供:CBRE

国内の不動産会社にとって、これまで海外投資を行うインセンティブはさほど高くはなかった。国内の不動産投資市場は少なくとも5兆円(2015年現在)と規模は大きく、2007年には9兆円を超えていた。しかし、2008年の世界金融危機以降、海外を含めた分散投資の必要性が認識され始め、日銀の金融緩和が企業の資金調達の環境を改善、国外投資を促す結果となったと、ニッセイ基礎研究所の増宮守・主任研究員は話す。「大きなリスクを取るのではなく、長期的な戦略に基づいた海外投資が増えている」と増宮氏は言う。

GPIFの参入

(仮称)4000ノースフェアファックスドライブ」屋上テラスイメージパース

ワシントンDC圏域で開発する賃貸住宅は、ジムやラウンジ、テラス、屋外プールなど豊富なアメニティを設置したハイグレードな物件になると言う

提供:三井不動産

現に、三井不動産は2017年までの3年間で、欧米とアジアに約5500億円を投資する。三井不は今年4月、同社初となるワシントンDC圏域での高層賃貸住宅事業を決定、2020年の竣工を目指すと発表した。現地のデベロッパーと共同でプロジェクトを進め、ビジネス・プロフェッショナルや政府機関の勤務者をターゲットとしている。三井不は現在、マンハッタンでもオフィスビルの開発(2018年竣工予定)に参画する一方、ロンドンではBBCのスタジオやオフィスとして利用されてきたエリアの大規模再開発を進めている。

機関投資家の動きも活発化している。

総額約145兆円を運用する世界最大規模の公的年金、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は4月に、国内外の不動産投資を間接的に行う準備をしていることを明らかにした。

GPIFは、国債や株式などの伝統的資産以外の代替資産(オルタナティブ・アセット)に投資を行うため、運用受託機関を公募する。投資対象はインフラストラクチャー、プライベートエクイティ(PE)、そして不動産だ。日本以外の先進国に投資する「グローバル・コア型」と、国内を対象とする「ジャパン・コア型」の2種類を計画している。不動産への投資は初めてで、GPIFは2月に海外不動産のエキスパートと言われる、英国三井不動産・元社長の山田秀人氏を迎え入れた。

日本郵政グループも資金運用の高度化を進めている。グループ傘下のゆうちょ銀行は昨年2月に不動産投資部を発足、すでにファンドの購入を通じた海外不動産投資を開始した。かんぽ生命も早ければ、6月までにファンドを購入する計画だ。

“ラストマイル”

2017年の海外不動産への投資は前年比で40~50%増加するとの見方が聞かれる中、日本の投資ターゲットには従来のオフィスビルに加えて、「小売改革」が進むアメリカの流通ネットワークの鍵を握る施設が加わりそうだ。その一例としてあげられるのが、物流倉庫だ。

「物流の改革が進むアメリカで、注文から1日で届けられるとか、“ラストマイル“(都市部から離れていて、地形的に孤立してる地域などのこと)への配送が強化されつつある。アメリカでは、主要都市の周辺に倉庫が増えてきていて、その結果、土地の値段が上がってきた」とCBREキャピタルアドバイザーズ部門のシニアディレクター武藤淳一郎氏は語る。

土地の値段が上昇を続ければ、平屋建ての倉庫は複数階建てに変わっていき、取り扱い商品が増えてくれば「コールドストレージ」といった冷凍技術に対する需要が増えてくると、武藤氏は言う。技術面のアドバンテージを生かして、こうした施設の開発に乗り出す日本企業は少なくないと、武藤氏は続ける。

シアーズの店舗

アメリカでは小売業が崩壊の危機にさらされ、不採算店舗の閉鎖が相次いでいる

Hayley Peterson/Business Insider

アメリカの伝統的な小売業は苦境に立たされている。メイシーズ(Macy’s)やシアーズ(Sears)、JCペニー(JCPenney)、衣料ブランドのBCBGやアバクロンビー&フィッチ(Abercrombie & Fitch)、Bebeなどは、今後数カ月以内に全米で3500以上の店舗を閉めるという。一方で、オンライン・ショッピングの攻勢が続く中、物流拠点のニーズはさらに高まる。また、不動産投資の人気が高いニューヨークにも、オンライン・ショッピングの波が押し寄せている。マンハッタンのマジソン街やソーホー地区では、空き店舗の数が増加している。背景に、「高額な賃料」と「商用賃貸期間の長さ」があるという。

「日本の対外不動産はまだまだ始まったばかりだ。金額は必ず伸びるし、戦争といったよほど大きな事件がない限り、このトレンドは変わらないだろう」と武藤氏。

チャイナ・マネー

日本の投資が激増したとは言え、アジアの対外不動産の投資をけん引しているのは中国だ。

2016年のアジアの投資家による対外不動産投資は総額600億ドル(約6兆7000億円)。その47%にあたる280億ドルを中国が投資している。強まるチャイナ・マネーの勢いは数字にも表れ、2014年から2016年までの2年間で投資額は倍以上増えた。CBREのデータによると、中国に次いでシンガポールは昨年、120億ドルを海外市場に投資した。中国とシンガポール共に、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)が主な投資主体である。

しかし、今後の中国の海外投資には不透明感が漂う。中国の国家外為管理局(SAFE)が昨年末に外貨規制を強化すると発表。国内の機関投資家の動きはその直後から鈍化した。

「中国政府による外貨規制は厳しく、既に海外に出ている資金(規制強化前に海外で購入した不動産を売却して得た資金)で投資を行うことはできても、国内から新たに資金を持ち出すことは難しい」と武藤氏は話す。「数週間前に銀行向けの規制が若干緩和されたという話も聞くが、その影響がどの程度今後出てくるかはわからない。これまで積極的に投資してきた生命保険を中心とした中国の機関投資家の動きは鈍化しており、トータルとして投資額は下がる可能性がある」

中国の不動産大手ワンダグループ(大連万達集団)は、「ゴールデン・グローブ賞」などの権利を保有するアメリカの番組制作会社ディック・クラーク・プロダクションの買収を計画をしていたが、急遽、計画を中止した。その理由として、ワンダが必要な外貨枠を確保できなかったとのアナリストの見方も聞かれる。不動産投資でも、規制当局の調査対象になるのを嫌がる投資家が、海外での住宅購入を控える動きがあるとの報道が出始めている。

増宮氏は言う。「中国の投資が減ったからといって、日本企業が無理に大きな買い物をすることはないだろう。ただ、間接的に競争が減ることで、良い投資案件を手に入れられる可能性は高まるかもしれない」

(編集:佐藤茂)

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