韓国ロッテグループの重光昭夫(辛東彬=シン・ドンビン)会長は4月17日、朴槿恵(パク・クネ)前大統領とその友人への贈賄容疑で、ソウル中央地方検察庁から在宅起訴された。ロッテの免税店事業認可に絡み不正な請託をし、見返りとして約70億ウォン(約6億7000万円)の賄賂を贈ったとみられている。
公聴会に出席したロッテの会長、重光昭夫氏(2016年12月6日撮影)
Pool/Getty
昭夫会長が起訴されたのは昨年9月に続いて2度目。なぜロッテグループのトップは何度も不正に手を染めてしまうのか。
ロッテは1948年に重光武雄(辛格浩=シン・キョホク)氏が日本で創業、チューンガムの製造販売で身を起こし、屈指の菓子メーカーへと成長した。 67年には韓国でロッテ製菓を設立。きっかけは65年の日韓基本条約の締結による国交正常化だ。その後、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の要請で73年5月にホテル事業に進出。払い下げられた国営の半島ホテルの跡地にロッテホテルを建設し、以降ホテル、百貨店、スーパーを運営する一大食品、流通産業へと急成長した。さらに79年には湖南石油化学(現ロッテケミカル)を買収、石油化学事業へも進出を果たした。武雄氏は韓国で事業の多角化を進める中で、新しい成長の原動力として石油化学に注力していた。この湖南石油化学こそ、昭夫氏が韓国ロッテの経営に初めて参加した会社だ。
昭夫氏は創業者、武雄氏の次男として誕生、松濤幼稚園を経て青山学院初等部入学。77年に青山学院大学経済学部卒業後、コロンビア大学大学院でMBAを取得する。81年に野村証券に入社し、同社ロンドン支店で約6年間勤務、85年には大成建設の元副会長を務めた淡河義正氏の長女と結婚した。 88年にロッテ商事に入社、96年には湖南石油の常務理事として韓国ロッテの経営にかかわるようになる。その後、韓国ロッテの副会長を経て、2011年に韓国ロッテ会長に就任した。
昭夫氏は韓国ロッテを急成長させた立役者だ。ロッテホールディングス(HD)の15年度の日韓連結財務諸表によると、売上高は6兆7943億円、営業利益は3550億円、総資産は9兆5960億円に上るが、売り上げの9割以上を韓国で稼ぎ出している。 一方で、事業拡大のやり方には批判もある。
「弟の昭夫が韓国ロッテを統括するようになると、売り上げ至上主義や短期利益志向が高まり、社風が大きく変わってしまった」
武雄氏の長男で、現在はロッテHDの持ち株会社「光潤社」の代表取締役を務める重光宏之氏はこう語る。
体制のひずみが経営に表れているのか? 写真は韓国・釜山にあるロッテモール(2016年12月撮影)
shutterstock
急拡大した昭夫体制のひずみなのか韓国ロッテは問題が山積している。ロッテグループが展開するディスカウントストア、ロッテマートではプライベートブランド(PB)の加湿器殺菌剤がもとで死者16人を含む41人が被害を受けた。このほかにもロッテ建設の手抜き工事問題やロッテマートの出火など次々に問題が噴出している。中国でもロッテショッピングが10年1月1日から15年6月30日 にかけて約1000億円の損失を出していたが、計上していなかった。
そんな折、急転直下で起きたのがロッテグループ全体の持ち株会社、ロッテHDのクーデターだった。昭夫氏をはじめロッテHDの経営陣が中心となり、14年末に宏之氏をHDの代表取締役会長から解職、宏之氏はその後ロッテグループの取締役を次々に解任された。
「中国の損失が明らかになれば、身内に厳しい武雄さんは昭夫さんに厳しい処分を下す。それを恐れて思い切って暴挙にでたのではないか」(ロッテグループに詳しい関係者)
武雄氏は東日本大震災をきっかけに日本から韓国に移住している。このとき人事権をはじめロッテHDの経営権をもったまま移り住んだことからガバナンスが大きく緩むことになる。
「武雄さんの側近を辞めさせ、昭夫さんは自分たちに近い人間を取締役に据え、最後は宏之さんまで辞めさせた」(同)
15年7月には昭夫氏はHDの代表取締役に就任。武雄氏のロッテHDの代表権まで取り上げ名誉会長にしたことで、実質的にロッテグループ全体のトップに立った。 だが、皮肉にもロッテグループのトップに登り詰めたそのとき、昭夫氏の足元は崩れ始めていた。韓国ロッテが取引先の会社を使って裏金を作っていると疑われる資料をソウル地検が入手したのは15年だった。
「ロッテケミカルという石油会社の原料の仕入れに関して、帳簿上の仕入れと実際に購入した金額との差が大きいということだったようです」(韓国の新聞記者)
今月3日にオープンした韓国最高層のロッテワールドタワー
shutterstock
ソウル地検は16年6月から240人以上の捜査員を投入、韓国史上でも最大級の経済事件に発展した。さらにその捜査の過程で、多くの疑惑が浮かび上がった。
「検察が狙っていた最大のターゲットは第2ロッテワールドタワーの建設疑惑だったのではないでしょうか」
韓国の経済記者は語る。 第2ロッテワールドタワーは高さ555メートルで世界6番目の高さを誇る。李明博元大統領がソウル市長をしていた05年、李氏と懇意にしていた朝鮮ホテルの社長をヘッドハンティングして社長に任命し、許認可を獲得。ところが建設には廬武鉉元大統領が反対した。
「韓国空軍の滑走路の邪魔になり、軍からの反発があったからです。計画は暗礁に乗り上げましたが、李市長が大統領に就任。空軍の参謀総長と話が通じるようになり、結局は09年に許可は下りました。その頃経営の第一線から徐々に身を引いていた武雄さんに代わって采配を振るっていたのが、昭夫さんだったのです」(韓国ロッテの内情に詳しい関係者)
結局、空軍基地の滑走路の向きを変えて第2ロッテワールドタワーは建設されることになったが、この時、韓国ロッテ側から李元大統領に対して何らかの要請があったのではないかという疑いがあり、昭夫氏や彼が活動の拠点としているロッテHD内の政策本部をターゲットにソウル地検は捜査を進めていたという。
だが、そんな最中に韓国ロッテのナンバー2、李仁源副会長が自殺した。これで事件を手繰る糸がぷっつりと切れた。幹部社員たちはこぞって、死んだ副会長の指示でやったと証言した。
ソウル地検は捜査方針を、武雄氏による一族への株の贈与やグループ会社からの横領疑惑にすり替え、一族は昨年9月在宅起訴された。宏之氏は横領疑惑や一族に対する相続税問題は濡れ衣であると話す。とはいえ、昭夫氏や韓国ロッテが積み重ねてきた不正を否定することにはならない。
裁判所に出廷した崔順実容疑者(2017年1月5日撮影)
Chung Sung-Jun/Getty
今回、再び昭夫氏が在宅起訴されたのは、韓国ロッテから崔順実(チェ・スンシル)容疑者への献金疑惑だ。崔氏は韓国では朴大統領を陰で操る〝韓国の女ラスプーチン〟として知られ、隠然とした力を持っていた。 韓国ロッテは16年5月はじめ、系列の5、6社から、崔氏が裏で設立と運営を主導していたスポーツ支援財団「Kスポーツ財団」の口座に、約70億ウォン(約6億7000万円)を送金している。これがロッテの免税店事業認可を得るため、「Kスポーツ財団」経由で朴前大統領らに賄賂を渡したのではないかとみられている。
これに対してロッテHDは筆者の質問に 「起訴決定に対して残念に思います。 70 億ウォンの追加支援は、国家的関心事案に対して協力要請があったため、 企業の社会的責任を果たす概念で正式な寄付方法で支援することといたしました。 裁判の過程で疑惑が晴れるよう誠実に説明してまいります」 とコメントした。
ロッテHDの筆頭株主「光潤社」で「ロッテの経営正常化を求める会」代表の宏之氏は、「大きく毀損されたロッテグループに対する信頼を取り戻すために、昭夫氏に対してはロッテホールディングスの取締役及びロッテグループの関連するすべての役職からの即時の辞任を求めます。それらが直ちに実現されない場合には、最大株主として、経営正常化に必要な適切な手段を講じることを表明いたします」 と語っている。4月21日には会見を開き、6月に予定されている株主総会で宏之氏を含めた取締役4人、監査役1人の株主提案がすることを明らかにした。
果たしてロッテグループは今後、どうなるのか。迷走は続く。
松崎 隆司 経済誌の記者、経済専門誌の編集長などを経て2000年1月に独立。日経ビジネス、週刊エコノミスト、経営塾、中央公論、フジサンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイ、夕刊フジなどで執筆。主な著書は『どん底から這い上がった経営者列伝』『堤清二と昭和の大物』『香川発 希少糖の軌跡』など。