インターネット上で不特定多数の人に仕事を依頼できる仕組み「クラウドソーシング」の日本登場から10年弱。副業、兼業、フリーランスと、企業に属さずに個人が仕事を得る場としても広く知られるようになってきた。
しかし、昨年のディー・エヌ・エー(DeNA)の大炎上は、そのあり方に一石を投じた。DeNAが乱発した荒唐無稽な内容や著作権違反の疑いのある記事の量産には、クラウドソーシングで集められたライターが駆り出されていたからだ。多様な働き方の扉を開くとともに、思わぬ落とし穴も垣間見せたクラウドソーシングサービスのこれからについて、国内大手のクラウドワークス(CW)吉田浩一郎社長に聞いた。
クラウドワークスの吉田浩一郎社長。「自由な働き方」はどこへ向かうのか
今村拓馬
企業論理優先がもたらしたDeNAショック
—— 大炎上した健康・医療情報サイト「WELQ(ウエルク)」をはじめとするDeNAのキュレーションメディア問題をどうみたか
まず、プラットフォーム上での著作権法違反については利用規約で禁止している。しかし、企業と仕事を請け負う個人の間で起きた違反やトラブルについては、個別の契約上での出来事であり、関与する立場にない。よってDeNAによる一連の問題について、法的な責任はないと考えている。とはいえ、プラットフォーム運営会社として社会的責任は受け止めている。
DeNA問題以降(他社のキュレーションメディアも含め)取引される案件に変化が起きた。1文字1円以下といった極端に低価格な記事執筆の仕事は、急速に減っている。逆に、専門家や資格保持者に裏付けのある記事を書いてもらったり、監修をしてもらったりする仕事は急速に増えており、それらは報酬も相対的に高い。
DeNA問題以降、たしかに記事作成の仕事は、件数ベースでは減っている。ただ、収益的な影響はそれほど大きくはない。プラットフォームも、そこで取引される案件の質や内容も、是正の方向になっていると感じる。
とはいえ、クラウドソーシングでの取引の健全化には中長期的な対策と短期的な対策が必要だ。
1 フリーランスにはコミュニティーが必要
中長期的な対策としては、個人同士が繋がって企業と対峙できるような、コニュニティーや互助のあり方が求められている。 クラウドソーシングのいい面は、依頼主と働きたい人をダイレクトに繋ぐこと。フルタイムや残業ありだと働けない個人が、直接企業と取引をして仕事ができるようになった。ただ、その前提条件は、企業間の取引と同様、個人と企業が対等なやりとりができることだ。
19世紀の産業革命以降、資本をもつ人が中央集権的に(労働力を)集約してきた構造があった。今はもっと小さな単位で、同じ切り口で共感しあっている人同士が集まって仕事する流れだ。フリーランスになりたてとベテランの組み合わせや、シニア、子育て中の女性でもいい。同じ属性や切り口で、共感の輪をつくっていくことで、個人でも企業と対等な力をもつことが必要だ。
「個人と企業が対等なやり取りができることが必要だ」
今村拓馬
2 互助の仕組みになりたい
—— コミュニティーこそが企業と対等にやりとりできる道筋になると?
コミュニティーもある程度の規模にならないと道筋になり得ない。規模が生まれる方向性をクラウドワークスとして提示できる。将来的に、世界でもっともたくさんの人に報酬を届ける企業になりたい。
クラウドワークスにはお小遣い稼ぎ程度で働く人がいる一方で、例えば多言語による翻訳で年収2400万円という人も出てきている。 クラウドワークスを通して生活できるレベルの収入を得られる人が50万人を突破したら、これが日本で最大の就業プラットフォーム、新しいインフラになる。クラウドワーカーには別の仕事で正社員の方もいれば、フリーランスの方もいる。就業形態を問わずに、クラウドワークスが一つの互助の仕組みになっていけるのではないか。
3 違反案件のフィルタリング
—— 短期的な対策としては?
著しく報酬が低い、コピぺ(記事の複製)を誘導するような仕事の仕方など、ふさわしくない案件をマッチングさせないようにする取り組みが第一歩だ。具体的には、
- 利用規約に違反の疑いがあったり、報酬が低すぎる、依頼内容が不適切と思われたりするような案件に対し、ユーザーが「dislike」ボタンでフィードバックできるアラート機能
- アラートがたまると、その募集案件を表示しないよう表示順を下げたり、アカウントを凍結したりするフィルター機能
- 大量投稿、ふさわしくない文字列を含む場合など、大量データを使った機械学習で違反取引を自動判断。よい案件を優先的に表示させる
- ユーザーの過去の納品物や業務の質を評価し、データとして蓄積。案件ごとに最適なユーザーとマッチングできる精度を上げる
といった措置を実施している。
ユーザーの報酬額を重視
企業は利益追求とユーザー目線とのバランスに迫られている
今村拓馬
ユーザー目線を無視して、20世紀的な売り上げ至上主義のやり方で企業利益を優先したことが、DeNAのWELQに象徴されるような昨今のキュレーションメディアの問題を引き起こしたと考えている。
インターネットが普及する現代では、企業は利益追求のビジネス目線とユーザー目線をどうバランスするかという問題に迫られている。
どう儲けるか、というビジネス目線に100%振ったサービスは、ユーザーに支持されず、結果的にビジネス上も成功しないかもしれない。一方で、インスタグラムなどユーザーニーズに極力応えた世界観が共感を呼んで、それがビジネスに直結するパターンもある。
我々もビジネス最優先でなく、ユーザーにとっての価値や利益をもっと重視すべきだと考えている。
そのひとつとして、ビジネスでは総契約額の最大化を目指しているが、サービスにおいてはユーザーが受け取る報酬総額の追求に切り替えた。ユーザーにとって重要なのは報酬額。実際にいくら手に入るのかだ。ユーザーの報酬額にフォーカスを当ててサービスをつくっていくことが、結局は収益増に繋がる。
月収20万円111人という衝撃
—— 昨年の決算資料で明かした、クラウドワークス登録者80万人(当時)のうち月収20万円以上が111人という数字が、「クラウドソーシングでは食べていけない」とネット上に衝撃を呼んだ
これについては当然、この数字を見て議論が巻き起こる可能性は理解して、意図的に公表した面がある。
年間の総契約額は65億円と出しているわけだから、ユーザー数をもとに計算すればある程度はわかること。隠しごとはなしで、ありのままの現状をあえて出す。これにより、何にもないところから新しい世界をユーザーの皆さんと創っていきたいという立ち位置をお伝えしたかった。
111人は決して多いとは思っていない。しかし、ありのままを見せることで、ユーザーの皆さんに一緒に関わっていただける期待を感じている。みんなでつくることでクラウドワークスというプラットフォームをみんなのものと思える。議論が起こったことも、ある意味想定通りだ。
FacebookにもGoogleにもない世界観
「働き方のデザインと提案ができる会社に」
Yagi Studio/Getty
—— 世界一の報酬プラットフォームへの具体的な道筋は?
クラウドソーシングの提供者から一歩上がって、働き方のデザインと提案ができる会社になっていく必要がある。世界でもっともたくさんの人に報酬を支払うプラットフォームという概念は、あらゆる働き方をデザインしてお届けしていくニュアンスを含んでいる。
報酬には金銭的な報酬だけでなく、ありがとうとか生きがいなど感情報酬も含まれる。ロボットや人工知能(AI)がビジネスの主体ではない。私たちのミッションは「働くを通して人が笑顔になる」ということ。これに基づいて、 報酬がもっとも得られるプラットフォームになっていくことは、Facebookも GoogleもAmazonも目指していない世界観だ。
これをやりきれば、世界で唯一無二の社会インフラになると思っている。テクノロジーを手段に、働くにドメインを置いて、どうやったら人々が幸せになれるかを追求していきたい。