なぜこれほどすれ違う——日ロ「同床異夢」を検証する

外交交渉でよく使われる言葉に「同床異夢」という四字熟語がある。

「同じ事をしながらそれぞれ思惑が異なる」ことを意味する。外交で双方の思惑が異なるのは当たり前だから、あまり使いたくない慣用語の一つである。

だが今の日ロ関係は、まさしく同床異夢の典型。今回、安倍首相がモスクワでプーチン大統領と会談した機会に、双方の「片思い」がどれほどすれ違っているのか、検証しよう。

握手をする安倍首相とプーチン大統領

笑顔で握手を交わしても、思いはすれ違う(撮影:2017年4月27日、モスクワ)

Reuters

「ガッカリ」それとも「協力への一歩」?

この1年の安倍対ロ外交を振り返る。

昨年5月のソチ首脳会談で、安倍首相は領土問題解決に向けた「新たな発想に基づくアプローチ」を提起した。新アプローチの中身ははっきりしなかったが、高揚した安倍首相の言動は、領土問題解決への期待感を一気に高めた。

12月の山口首脳会談ではアプローチの内容が明らかになる。それは日ロが国後、択捉、歯舞、色丹4島で「共同経済活動」を実現し、それを「平和条約締結への重要な一歩」につなげようとする「迂回路線」だった。

山口会談で、領土に進展がなかった結果をみて、二階俊博・自民党幹事長は「国民の大半がガッカリしている」と、あからさまな不満を口にした。一方、対ロ外交の「玄人」、佐藤優氏は、プーチン発言を「国境線はこんなに動いてきたというメッセージ」(「中央公論」2017年2月号)と高く評価した。安倍首相に近いとされる岩田明子・NHK解説委員は、外務省がスポンサーの月刊誌「外交」に「『日ロ協力の地』に踏み出した一歩」と絶賛記事を書いた。

政府・自民党内ですら割れる対ロ外交への評価は、いったい何に根差すのか。その違いは日ロ双方の狙いと思惑を整理すると鮮明になる。

経済・政治利益がロシアの思惑

まず安倍首相の思惑から。

  1. 領土問題と平和条約は、1956年の日ソ共同宣言以来、歴代自民党政権の長期課題だ。沖縄返還は安倍首相の叔父の佐藤栄作氏が実現した。北方領土問題を打開すれば、歴史に名を残せる。
  2. 対ロ関係改善による「対中抑止」の狙い。「地球儀を俯瞰する」安倍外交は、対米関係はもちろん対東南アジア、オセアニア、インド洋でも、すべて「対中抑止」という太い柱に支えられている。対中関係が悪化すればするほど、日ロ改善への誘因になるという図式である。

一方のプーチン大統領はどうか。

  1. 国際情勢の変化こそ関係改善の最大誘因である。ロシアは、クリミア併合シリア情勢で欧米と対立し、原油安や対ロ制裁に伴う経済不振が続く。対日改善によって、対ロ強硬路線の主要先進7カ国(G7)の一角を崩せる。
  2. 日ロの「共同経済活動」で、日本側は3000億円規模の経済協力を表明しており、四島のインフラ整備など経済利益を得ることができる。

ロシアの思惑を単純化すれば、経済的利益と「G7分断」の政治的利益という2つ。日ソ共同宣言でうたった歯舞、色丹の2島引き渡しを含め、領土問題解決の誘因は「全く」ないと言うべきだ。

2島に米軍基地という懸念

日本の大きな狙いである「対中抑止」でも、プーチン大統領の視線とすれ違う。中ロ関係は、極東で中国の経済的、政治的影響力の浸透という潜在的対立要因を抱える。しかし、国境画定を含め安全保障ではしっかりした枠組みがあり、米国をにらむ「多極外交」でも共通利益は大きい。 第三国を犠牲にしようとする「よからぬ」思惑を持った外交はうまくいかない。

トランプ大統領

この男の登場で米中を含めた4カ国の関係は複雑化した

Reuters

経産相や自治相などを歴任した自民党の有力者、野田毅氏は最近、日中関係の会合で、安倍外交に触れて「日米が協力して中国に対抗しようとする試みは成功しない」と述べたことがある。「同盟関係」にある日米ですらそうなのに、平和条約すら結んでいない日ロはなおさらと言うべきであろう。大国化する中国の存在を見くびってはならない。

トランプ政権登場に伴うシリア・北朝鮮情勢の流動化で、日米中ロという地域プレーヤーの「相関関係」は一層複雑化している。ロシア好きのトランプ政権誕生で、一時は大幅に改善すると見られていた米ロ関係も元に戻ってしまった。

プーチン大統領側には「領土問題解決の誘因は全くない」と書いたが、誘因がないどころではない。実は、領土返還できない地政学上と安全保障上の要因は大きくなる一方なのだ。

昨年のソチ会談に続く9月のウラジオストク首脳会談の後、領土問題解決への期待感は一気にしぼんだ。なぜか。ロシア側が歯舞・色丹2島を日本に引き渡せば、日本に施政権(立法・司法・行政の三権を行使する権限)が移り日米安保条約第5条の適応対象となり、2島に米軍基地が出来るのではないかとの懸念を表明したからである。

原潜ルートは返せない

プーチン大統領は山口首脳会談でも、日米安保条約の存在や、ウラジオストクを基地にするロシア艦船が太平洋に出るルート確保の必要性に触れたという。「太平洋に出る経路」とは、国後島と択捉島の間にある「国後水道」のことだ。水深が400メートルと深い「国際水道」である。ロシアは、オホーツク海に原子力潜水艦を展開させ、米国の核攻撃に反撃できる体制を取る。その原潜の「通り道」が国後水道なのだ。

それだけではない。ロシアのショイグ国防相は2017年2月、年内にクリール諸島(千島列島)に、一個師団を新たに配備する計画を発表した。配置先は北方領土とみられ、4島の防衛力が強化される形となる。ロシアからすれば、4島を日本に引き渡せる情勢にはないことは十分認識する必要がある。

「日ロ共同経済活動」についても、日本の主権を害さない形で活動できる「特別制度」を提案した安倍首相に対し、ロシア側は自国の法制度下での活動を主張し、双方の立場に開きがある。安保と主権が絡む領土問題の処理は難しい。ロシア住民が現に生活する島であればなおさらである。

安倍首相とプーチン大統領は互いに「ウラジーミル」「シンゾウ」とファーストネームで呼び合う関係である。一見、相思相愛のように映るが、2人の思惑の違いを整理すれば、すれ違いの「片思い」に過ぎない実相が浮かび上がる。



岡田 充 1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。著書に「尖閣諸島問題領土ナショナリズムの魔力」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.htmlを連載中

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