最近、やたらあちこちで、こう迫られている気がする。
「料理めんどくさいとか、いつまで言ってるつもりよ?」
なにせ、テレビをつければ料理動画のCMがバンバン流れ、テレビの情報番組や雑誌でも料理動画が特集され、もちろんネットを見れば料理動画がシェアされまくり。「さあ、作れ」といわんばかりだもの。ちなみに料理動画とは、レシピの動画版。料理の手順を早送りで見せて、短いもので30秒、長くても1分程度だ。
でも、ふと疑問がわく。この高速動画見ながら、作っている人ってどのぐらいいるんだろう。そもそもこれ見ただけで、ちゃんとおいしいものが作れるのか。で、今どきの料理動画を先生に、料理を作ってみることにした。
あらかじめ自分の料理スキルをお知らせしておくと、ほとんどの料理は、料理本などのレシピを見ながらでないと作れないレベル。愛用の料理本がなくなると、今日にも食べるものにも困るので、何冊かは「自炊」してクラウドに預けてある。もう安心。
「黒船」は生活感ゼロ
まず、動画選びからスタートだ。驚いた。国産の料理動画がものすごい勢いで発展している。
CMでよく見かけるDELISH KITCHENやkurasiruなどの国産レシピ動画メディアが、SNSやスマホアプリで多くの料理動画を提供しているほか、Tasty やTastemadeなど“黒船”の日本法人も上陸。Cookpadなど従来のレシピサイトやABCクッキングスタジオといった料理学校まで参入して、料理動画ブーム、みたいなことになっている。
以前も料理動画のブームはあった。当時の主役は、Tasty やTastemadeなど舶来物のオシャレな料理動画。SNSを中心にたくさん流れてきてはいたけど、作ってみようなんて滅相もない動画だった。近所のスーパーで買えない材料をいとも簡単に使ったり、分量はポンド表示が多かったり、そもそもその材料名や分量も教えてくれない動画も多く、生活感ゼロ。
観賞用とわりきって、眺めて楽しんでいるだけの人がほとんどだったと思う。
そんな観賞用が台頭していた料理動画界に、動きがあったのは2016年頃から。1分程度にまとめたコマ送りで、リアルにレシピとして使える国産の料理動画が登場したのだ。
巻き戻し数十回でスマホはべとべと
で、長々とおさらいしたあとで、やっと料理に取り掛かる。今回挑戦したひとつが、あちこちのサイトに出ているクマちゃんが卵焼きの布団をかけて寝ている、みたいなキャラオムライス。せっかくなのでBUSINESS INSIDER JAPANの精鋭動画チームに協力してもらい、料理を作るだけでなく、「料理動画を見て料理を作っている料理動画」も作ってみることに。
作ってみると、こうしたキャラものは手順の奥行きがわかる動画が便利。だが、やっぱり動画を1回見ただけではとても作れない。一時停止や巻き戻しをすること数十回、スマホはべとべとに。
もうひとつは、ベトナム風揚げ春巻き。以前、料理本のレシピ通りに作ったのに、なぜか揚げているうちに、皮が元の正方形に戻り中身も全部バラバラ、油は跳ねまくり、大惨事となった因縁の料理だ。
もちろん完全防備で挑んだが、動画が示すまま、前はしなかった気がする皮の下処理をしたら、なんとちゃんとしたベトナム風揚げ春巻きができあがった。そんな手順の見落とし事故も減らせるのも動画のメリットかも。
ユーザーは主婦と初心者
一体料理動画のユーザーってどういう人なの? 国内レシピ動画メディア大手の「DELISH KITCHEN」を運営するエブリーの菅原千遥編集長はこう話す。
「ターゲットは毎日料理をする主婦層と、料理が苦手な初心者です。毎日料理をする人は日々の献立作りに苦労しているため、毎日オススメのレシピを配信することでその悩みを解消してもらえればと思っています。料理が苦手な人や初心者の人には料理を楽しんでもらうために、誰にでもおいしく作れるように手順をわかりやすく伝えることを心がけています」
対極のユーザーをつかまえ、現在FacebookなどSNSのファン数は240万人を突破。
エブリー社内にある撮影スタジオを見せてもらった。料理学校のように調理台が並んだキッチンスタジオに、俯瞰用の撮影機材がセットされている。撮影は基本、一人の調理スタッフが手順通りに行う。
「できあがりに、水滴を拭きかけてみずみずしさを出したり、つやを出したりするような演出もしません。誰が作っても動画と同じ料理ができあがるのが理想です」(菅原さん)
ここまでは自分のクマちゃんオムライス動画と同じだが、動画作りには工夫も多い。たとえば「正確な情報」のため管理栄養士や調理師が調理を手がけているのもその一つ。
スマホに合わせて調味料は上下から
エブリーのスタジオでは管理栄養士や調理師が調理する
エブリー提供
調理器具や材料、調味料はいつも画面の下から出てくるように手の動きを統一している。「スマホの画面の動きが上下だから」と編み出したものらしいが、調味料などを置くスペースが欧米より狭い日本の台所事情にも妙にマッチしている。
DELISH KITCHENはSNSで閲覧できて無料。食品メーカーなどの商品を使ったレシピを紹介するなど、企業とのタイアップが主な収入源となっている。
ただ今後は収益源が広がる可能性もある。専用アプリのユーザーが急速に増えているからだ。
「今のところアプリに広告は掲載していませんが、準備は進めています」
と菅原さんは言う。DELISH KITCHENの専用アプリはiTunesの無料アプリ総合ランキングでも上位の常連(17年5月2日現在)。ショップで言うと、SNSというモールのテナントから、自社ビル1階の路面店にいよいよ進出、みたいな大事な成長ポイントを迎えているようだ。
そうして出来上がった我がクマちゃんオムライスの料理動画。あわよくば、料理動画専門のユーチューバーになって大もうけ……とか思っていたけど、甘かった。編集はプロだが、余りある自信のなさが画面からひしひし。
菅原さんの言葉を思い出す。
「食べ物を大切にする日本では、おもしろい動画の素材に食べ物を使うことに、抵抗がある人も多かった」
すみませんでした!
福光 恵:フリーライターを名乗って4半世紀。さまざまな専門分野を目指すが、ことごとく挫折。現在、専門なしの薄く広いライターとして活動中。