トランプ政権100日に対する評価は厳しい。だが、トランプ大統領はあくまでも強気の姿勢を崩さない
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3月21日~27日の1週間、内閣府・内閣官房の有識者派遣企画で、訪米した。私を含め4人の専門家&研究者のグループで、テキサス州(ヒューストンとサンアントニオ)とフロリダ州(マイアミ)をまわった。訪問先はいずれも、日本人になじみの深い都市ではないが、政治経済的な影響力は大きい。全米で急増している。ヒスパニック系が特に多い地域でもあった。これらの人々と日本との友好関係を築く「文化外交」が訪米の主目的である。
日本を知ってもらうための発信という訪米目的に加え、南部アメリカの主要都市の人たちが、今のアメリカをどう見ているのか直接聞いてみたかった。テキサスもフロリダも「赤い州」。だが訪問する都市には大学や高度な産業が集積しており「青い街」もある。経済発展に取り残されたがゆえのトランプ支持者が集まる地域ではない。ヒスパニック系の移民も多い。そういう地域の人々は、今のアメリカをどう見ているのか。
食事の時は周囲に気を配る
すでにメディアで伝えられている、トランプ政権の外交政策への不安・不満の声を聞くこともあった。アメリカが国を閉ざしつつある中、日本は自らの役割をどう考えるのか、という質問を複数の会場で耳にした。また、トランプ大統領の女性や外国人への差別発言へのいら立ちを訴える人も少なくなかった。リベラル系と思しき大学教授から、トランプ支持者を生んだ経済格差の問題について聞く場面もあった。これらは私にとって直感的に理解し、共感できる意見だった。
より興味深かったのは、トランプを支持しているわけではないが、不支持とも言わない人たちの話だ。
テキサス州サンアントニオのアラモ砦。もとはメキシコ領だったテキサスが独立しようと攻防戦を繰り広げた場所
治部れんげ
ある人は、共和党に政権を取り戻すことの重要性は、トランプ大統領の極端な政策の問題を上回ると語った。別の人は「彼の言っていることはひどいが、まあ、仕方ない。私たちの国の大統領なのだから」と言う。またある人は「自分は今、仕事が忙しいからよかった。(トランプの政策を巡る)日々の騒ぎにあまり心を乱されずにすむから。いずれにしても、あと4年だ」と話していた。職業も人種もばらばらの彼らに共通するのは、トランプに2期目はないだろう、という思いだ。
また、直に話を聞いてわかったのは「ヒラリー嫌い」が根強いことだった。ある大学の教授は、食事の席でヒラリー・クリントンが「いかにひどいか」語った。隣の席にいた別の教授は何も言わずに首を振っていたが、こちらは多分、ヒラリー支持。どちらも自身が移民一世であり、博士号を持ち大学に正規の職を得ている。
こうした会話から、経済的に恵まれていない中間層だけがトランプ支持者の主流を形成している、という見方が一面的であるとわかる。別の街で話をした若い女性は中南米からの移民一世。選挙ではヒラリーを支持したが「彼女では勝てなかった。人々の気持ちをつかむことができなかったから」と冷静な見方を示した。
今回、私たちが交流した人たちは、テーブルを囲んで食事をする時は、周囲に気を配っており、トランプを支持するか否かで大議論になることはなかった。誰かが明らかにトランプ支持/不支持の意見を言うと、もっとその話をしたい人は会話に加わり、そうでない人は笑顔で口をつぐむ。
そんな中で印象的だったのは、マイアミ総領事館のレセプションで出会ったある女性だ。彼女もまた研究者で専門は国際関係、移民政策にも詳しい。
「今回の選挙で親しい友人を2~3人なくした」と言う。本人の話によれば、友人たちは民主党支持者。選挙期間中に「どちらを支持するか」と聞かれ「私は共和党支持だってことはわかっているはずなのに、トランプと答えると、相手が怒ってしまい話ができなかった」
移民論争と重なる日本の女性活躍政策
積極的か消極的かを問わず、トランプ支持者たちの話を聞きながら、日本のことを考えていた。
やや強引に思えるかもしれないが、トランプの移民政策を巡る議論と、日本の女性活躍政策を巡る議論には似たところがある。どちらも、特定の層を単純に一くくりにしている。正規の手続きを経た移民と不法移民。仕事を続けたかったがやむを得ず家庭に入った人と、家庭に入りたい人。自らが移民であっても、これ以上、不法移民が増えることを好まない人。自らが働く女性であっても、女性を優遇してほしいとは思わない人。
そもそも「移民一世や二世は、トランプの(不法)移民政策を嫌うだろう」という私の推測自体が話を単純化していた。これは、私が日本の女性政策について尋ねられる時に覚える違和感と通じる。「私自身は出産後も仕事を続けてきたが、同じことを全員がやるべきだとは思わない。各自が本当の意味で自分が望む選択ができることが大事だ」と話して通じる人は、残念ながらあまり多くない。
フロリダ州の大学にはジェンダー中立的なトイレがあった
治部れんげ
昨年秋以降、トランプ政権下のアメリカで、人々が分断されている、という報道をたびたび目にしてきた。私は、トランプ大統領の女性蔑視発言は間違っており、リーダーにふさわしくないと思う。一方で、彼やその政策を支持するか支持しないかという一点でアメリカが「分断されている」という論調は物事を単純化しすぎているし、予言の自己成就的に社会を分断するものではないか、という疑問を覚えた。
訪米中、ある夕食の席で成功した企業経営者夫婦と話をした。夫婦ともに家族で初めて大学に進学したというアメリカン・ドリームの体現者だ。夫曰く「娘はヒラリーが大統領にならなくて喜んでいる。なぜなら、自分が初の女性大統領になれるから」。
おそらくトランプ支持者であろう彼に、話の流れでつい、言ってしまった。「選挙期間中、ファーストレディのスピーチが素晴らしかった。日本語にも訳されてたくさんの人がSNSでシェアされていた」と。「それはメラニアのこと?」と尋ねられ、「ミシェルの方です」と答えた時、彼の目から一瞬笑顔が消えた。妻の方は変わらず笑顔のまま、握手をして別れた。私が外国人だから知らん顔してくれたのかもしれない。
訪米中に訪れたいくつかの大学では、日本に関するつっこんだ質問も受けた。例えば、在日韓国人に対するヘイトデモや日本会議について。質問自体には、共に訪米したグループの団長役を務める人が丁寧に答えていた。
果たして日本人は、これらのテーマについて立場の違う人同士が、冷静に話せるのだろうか。自分の考える正義の感覚に照らして、明らかにおかしいことを支持する人や、積極的に批判しない人と共にテーブルを囲み、食事をすることができるのだろうか。
予想以上に親切で暖かな人が多かったアメリカ南部の人たちと過ごした1週間は濃密で、身体は帰京したものの、精神が日常に戻るのには数日を要した。そして今、自分のTwitterとFacebookが同じ論調で埋め尽くされているのを見ながら、分断は、極端な言説を振りまく政治家が作るというより、私たち個人が自主的に生み出すものではないか、と考えている。
治部 れんげ:ジャーナリスト。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。経済誌の記者・編集者を経て、フリー。国内外の共働き子育て事情や女性のエンパワーメント、関連する政策について調査、執筆、講演などを行う。