北朝鮮のICBM開発はどこまで進んでいるのか

2011年1月、当時のロバート・ゲーツ米国防長官は、「北朝鮮が米国本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)を5年以内に開発できるだろう」と述べるとともに、「アメリカの直接の脅威になりつつある」と懸念を示した。

米政府高官が具体的な時期を挙げて北朝鮮によるICBM開発の可能性について公に言及するのは異例で、当時大きな注目を浴びた。

あれから6年。ゲーツ元国防長官の予測は外れ、北朝鮮はまだICBMを完成させてはいない。発射実験も行っていない。しかし、11年以来、北朝鮮は着実に技術的な進歩を見せている。

今年元日には金正恩・朝鮮労働党委員長が「新年の辞」で、ICBM試射準備が最終段階にあると述べ、近い将来に ICBM 試射を行う可能性をほのめかしている。この原稿では北朝鮮のミサイル全般のほか、北朝鮮が開発を急ぐICBMとはそもそもどのようなミサイルなのか、北のICBM開発はどこまで進んでいるのかなどを記したい。

朝鮮人民軍の創建85周年を祝う軍事演習を視察する北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長

朝鮮人民軍の創建85周年を祝う軍事演習を視察する北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長

Reuters

移動可能で発射地点の特定困難

北朝鮮はこれまでに数々のミサイルを開発してきた。4月15日の平壌での軍事パレードでは、新型ミサイルやモックアップ(模型)と推定されるものを含めた弾道ミサイル7種類と対艦巡航ミサイルを公開した。ノドンやムスダン、テポドンなど様々な北朝鮮のミサイル名がニュースで飛び交うが、韓米などは北朝鮮の弾道ミサイルを地名からとって呼んでいる。

例えば、射程約1300キロで日本のほぼ全域に届くノドンは蘆洞、射程2500~4000キロで米領グアムを射程に収めるムスダンは舞水端、1998年に発射されて日本列島の上空を越えて太平洋に落下した射程1500キロ以上のテポドン1号は大浦洞からきている。短距離ミサイル「スカッド」は旧ソ連製で、北朝鮮が70年ごろにエジプトから入手し、開発や生産、配備を進めてきた。

一方、北朝鮮によるミサイルの分類はわかりやすい。ノドンやムスダンなどの液体燃料を使う弾道ミサイルを「火星」、固体燃料を使う潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とその地上配備型を「北極星」とそれぞれ呼んでいる。テポドンだけは人工衛星の打ち上げを称しており、そのロケットを「銀河」、人工衛星を「光明星」と命名している。 一般に弾道ミサイルは射程1000キロ以下が短距離、1000~5500キロが中距離、5500キロメートル以上が長距離に分類される。北朝鮮は短距離のスカッドを800発以上、中距離のノドンを200発以上保有しているとみられる。

ICBMとは地上発射式で、他の大陸を射程距離に収める弾道ミサイルのこと。その有効射程距離については、米ソの戦略兵器制限条約(SALT)をめぐる交渉では5500キロ以上と規定された。金正恩委員長が開発を推し進めるICBMは小型化された核弾頭を搭載。最大射程距離1万2000キロで、ニューヨークやワシントンのようなアメリカ東部地域まで打撃を加えることのできるKN-08とその改良型となるKN-14のことだ。車載式で移動可能なため、米国にとっては発射地点を事前に特定することが難しくなる。

目的は「北主導」の朝鮮半島統一

北朝鮮は12年4月の軍事パレードでKN-08、15年10月の軍事パレードでKN-14をそれぞれ初公開した。4月15日の金日成主席生誕105 年を祝う軍事パレードでは、円筒形発射筒に入ったままの新型弾道ミサイルが、中国製16輪式の移動式発射台車両(TEL)に載せられて初登場した。北朝鮮労働党機関紙・労働新聞は4月29日、このミサイルが「新型大陸間弾道ロケット」とし、「一度も公開されていない新しい種類」と説明した。

金正恩氏の父、故・金正日総書記は94年から11年までの18年間で16発のミサイル発射実験を行った。しかし、金正恩氏は父親の死後、権力の座についてからこれまでにその3倍以上の発射実験を強行している。金正恩氏がそれほどまでにミサイル実験を重ね、ICBM完成を目指す理由は何か。

大きく4つの理由があると考えられる。

1つ目は、核ミサイル開発は北の国威発揚や国防力の強化につながり、金正恩氏が求心力を高めて体制を維持するのに必要不可欠になっていること。

2つ目にアメリカに北朝鮮の核戦力を見せつけ、「北朝鮮と交渉のテーブルにつかなければ」と思わせるほど交渉力を高めること。北は体制維持のため、現在の朝鮮戦争の休戦協定に代わり、米国との不可侵協定や平和条約を結ぶことを目指している。

3つ目に核保有国としての抑止力を高め、外国にいかなる軍事行動も思いとどまらせること。

4つ目に、朝鮮半島への米国の軍事介入リスクを排除したうえで、北朝鮮主導で朝鮮半島統一をなし遂げること。北朝鮮は長期目標として労働党規約と憲法にあるように朝鮮半島を統一することを目指している。金正恩氏の言葉で言えば、「祖国統一の革命偉業」にあたる。

完成時期は4〜5年以内か

北朝鮮が金日成の生誕105周年記念軍事パレードで披露した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)

北朝鮮が金日成の生誕105周年記念軍事パレードで披露した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)

Reuters

筆者が東京特派員を務める英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」では、北朝鮮のICBM完成はまだ発射実験も行われていないことから、数年先になると予想している。熱遮蔽(しゃへい)物質の開発やミサイル誘導システム、エンジン開発、第2段・第3段ロケット分離などに課題が残っている。特に大気圏外に出たミサイルの弾頭が大気圏に再突入する際、高い熱と圧力にICBMの弾頭部分が耐えられるか。射程1万キロのICBMの場合、大気圏への再突入時には速度がマッハ24に達し、弾頭部分の温度は4000〜7000度の高熱に達するが、その状況に耐えられる技術はまだ実証されていない。

先月24日付のニューヨーク・タイムズの記事によると、多くの軍事専門家は北朝鮮が今後4〜5年以内にICBMを完成するとの見通しを示している。また、北朝鮮は弾道ミサイルを8種類以上、合計1000発ほど保有すると推定する。

一般的に、核抑止力は、単に核兵器を持っていれば敵国の核攻撃を抑止できるというのではなく、核攻撃された後の「第2撃能力」を持つことで成り立つ。相手国が先制攻撃しようとしても、報復される可能性があるのなら、先制攻撃をやめようとするからだ。このため、北朝鮮は今後、SLBMの開発を加速させる可能性が高い。地上のICBMをアメリカに攻撃されても、海上のSLBMで反撃できる能力を北朝鮮としては保持しようとするだろう。

米国の北朝鮮情報サイト「38ノース」の兵器専門家、ジョン・シリング氏は、ロシアやアメリカ、中国、インドといったこれまでにICBMを手に入れた国が7年ほどで開発を終えていることから、北朝鮮も20年か21年に完成させるとみている。

※この記事は6月2日に追加情報を加え、更新しました。


高橋 浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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