中国のモバイルを中心としたテクノロジーやビジネスの進化がすざましい。長年中国を取材してきたジャーナリストの中島恵さんによる中国レポート「smart chinese」。第1回は話題のシェア自転車事情。
Kevin Frayer/GettyImages
「会社への行き帰りがすごく楽になったんですよ。満員のバスに乗らなくていいし、通勤時間も短縮できます。晴れた日は風が気持ちよくて爽快なんですよ~」
4月下旬、久しぶりに上海を訪れた私に、友人の会社員、王媛媛(仮名、38)はこう言うと、スマホでロックを解除して、颯爽とシェア自転車にまたがった。最近は休日に都心で買い物をするときにも、頻繁にシェア自転車を活用しているという。
今、中国で最もホットで、爆発的に拡大しているものといえば、このシェア自転車だろう。
20社以上のベンチャーが参入
2016年の夏から秋頃にかけて、急速に北京や上海などの大都市間に広まり、強い存在感を示している。最も有名なものは車体がオレンジ色のMobike(摩拝単車)、同じく黄色のofo(共享単車)だが、17年春までの間に20社以上のベンチャー企業がシェア自転車ビジネス事業に乗り出しており、車体も青や緑などカラフルだ。中国の報道などによると、全国で700万台~1000万台もあると言われている。
「中国版シェア自転車」の特徴は専用の自転車置き場ではなく、従来から自転車やバイクを置いている区域ならば、どこでも乗り降り自由、スマホで決済するだけで利用できる簡便さだ。
使い方は、まずスマホにシェア自転車用のアプリを導入する。利用したいときにGPSでどこにシェア自転車があるかを検索すれば瞬時に見つけられる。一番近い場所にある自転車の元に行き、アプリで自転車のQRコードを読み取り、ロックを解除する(企業よってやり方は異なる)。それだけだ。乗り捨てるときにはアプリの「終了」ボタンを押せば自動的に再びロックがかかり、その場で決済すればいい。私も友人が乗るところに立ち会ったが、とても簡単であっという間だった。
支払いはアリペイやウィーチャットペイ
料金体系も企業によって異なるが、Mobikeの場合、最初の利用時に299元(約5000円)のデポジットを支払い、30分乗ってわずか0・5元(約8円)という安さ。 一度アプリを導入すると、毎日のようにさまざまなクーポンやお知らせが流れてきて、料金が無料になるものなどもある。
スマホに専用アプリをダウンロードすれば、簡単に利用できる
中島恵
中国ネット通販最大手のアリババによる決済システム、アリペイ(支付宝)や、8億人以上が使用しているともいわれるウィーチャットペイ(微信支付)などで支払い、登録した銀行口座から自動引き落としされる。外国人でも中国の銀行口座を持ち、アプリを導入できれば同じように使用できる。手続きのシンプルさといい、手軽さといい、実にスマートなのだ。
代表的シェア自転車企業といえば、前述したようにofo(共享単車)ブランドの共享単車とMobike(摩拝単車)ブランドの北京摩拝科技の2社だろう。
ofoは北京大学出身の戴威(ダイ・ウェイ)氏が創業した。中国のサイトなどでも年齢は非公開となっているが、13年に北京大学大学院を修了しているので、いわゆる「90后(90年代生まれ)」。大学時代にキャンパスで何度も自転車の盗難に遭ったことから、このビジネスを思いついたという。14年に友人ら4人と創業し、北京大学内で試験的に導入を開始。16年から全国区となり、Mobikeとともにトップシェアを争っている。
Mobikeを創業したのは1982年生まれの女性、胡玮炜(フー・ウェイウェイ)氏。浙江大学を卒業後、経済紙の記者となった。自動車業界などを担当していたとき、シェアライド事業を取材して興味を持ち、起業したと言われている。15年に創業し16年4月に上海で、9月に北京で事業を開始した。
両社とも北京、上海、広州などを中心に事業を拡大しているが、他に小鳴単車、小藍単車、智享単車、黒鳥単車、1歩単車などが第2、第3のofo やMobikeを目指しているといわれている。
ビジネスモデルがシンプルなだけに、今後は投資会社などからの支援を得て自転車を大量投入し、まだシェア自転車がない大都市圏でいかに早急にブランドを確立し、シェアを拡大するかがカギとなってくるだろう。競合が増えていくにつれ、Mobike がすでに実施したように、車体の軽量化や自転車の前にカゴをつけるなどの改良や工夫も進んでいくだろう。
移動のストレスが激減
シェア自転車ビジネスがわずか1年ほどでここまで市民権を獲得したことは、私にとって驚きだ。だが、現に使用している中国人に戸惑いはまったくない。導入直後から興味津々で、すぐに仕事や遊びに活用して楽しんでいるように見える。利用者は創業者と同世代の20~30代が中心だ。
今の中国人、特に若い世代は、目の前に飛び込んできた新しいもの、自分の役に立ちそうなものが大好きで、テクノロジーを駆使した新システムに対する好奇心が非常に強い。何でも見てやろう、やってみよう、という意欲が満々なのだ。
さらにシェア自転車に関していえば、もともと中国が世界一の自転車大国だったという素地も関係しているように思う。80年代後半、北京市内の公共交通機関といえばトロリーバスしかなく、流しのタクシーは皆無だった。当然、自家用車もほとんどなく公用車がたまに数台通る……という有り様だった。40代以上の日本人ならば、北京の天安門広場前の太い道路を大勢の中国人がまるで波が押し寄せるように大挙して自転車に乗る姿を鮮明に記憶していることだろう。それくらい、中国は自転車が市民の足となっていた。
2000年代になって中国のモータリゼーションは劇的に進化し、マイカーを持つことがステータスとなった。16年だけでも約2800万台の新車が売れ、中国は8年連続で世界一の自動車市場を維持している。富裕層は自動車を持つのが当たり前となり、中国の代名詞だった自転車は廃れていく一方だった。
だが、マイカーの増加などが原因で激しい交通渋滞や環境汚染が深刻となり、都市によってはナンバープレートなどによる交通規制を導入するようになった。駐車場不足や自動車ローンなどに頭を悩ませる人も増えている。
そこに現れたのがシェア自転車だった。これまでの地下鉄、バス、タクシー、自動車といった市民の交通手段に、ひとつ“新たな選択肢”が増えた。中国はとにかく人口が多く、移動にも時間がかかる。さまざまな人が好き勝手にうごめいて行動しているので、歩きづらいし疲れる。
そんなストレスフルな生活の中で、誰かを頼りにしなくても、スマホ1台あれば、いつでもどこでも自転車を見つけて乗ることができ、少なくとも数キロ先までは自力で移動できるということは、日本人が想像する以上にストレスを軽減するものだ。
マナーの悪さから大量廃棄される自転車
ちょうどアリペイ、ウィーチャットペイといったアプリでの決済システムが定着し、最新のITと自転車、という中国人にとって古くからある身近な移動手段がうまくマッチした。その便利さ、気軽さに飛びつき、今、夢中になっているのだろう。
もちろん問題点はある。中国人のマナーや意識に個人差があるため、乗り捨ての際にきちんと駐車しないで雑に扱って壊したり、勝手に廃棄したり、なぜか叩き壊すといったひどい例もあり、使い物にならなくなった自転車を行政が大量処分している場面も中国の報道でよく目にする。便利である半面、社会問題化しつつある。中国人は熱しやすく冷めやすいので、いざ飽和状態になったとき、淘汰も急速に進んでいくに違いない。
しかし、スマホ決済などと同様、ITの進化が中国人の生活の質を上げ、生きていく上での選択肢をひとつ増やし、これまでになく快適な生活を楽しめるようになってきている。それだけは確かだ。
中島 恵:ジャーナリスト。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経てフリー。中国、香港、台湾、韓国などの社会事情、ビジネス事情などを取材。