1.7兆円巨額買収したインテルの「危機感」——AI自動運転開発になぜ参戦したのか?

路上を行くIntelの自動運転車の写真

IntelがDelphiと共同で開発した自動運転車のテストカー。アウディ「SQ5」をベースに独自に改造している。

笠原一輝

世界最大の半導体メーカーのIntelは、5月3日(現地時間)に、米国カリフォルニア州サンノゼで「自動運転ワークショップ」と名付けた記者説明会を開催した。同社がTier1(ティアワン/共同開発を進める上で最優先の情報を共有する限られたメーカーのこと)の自動車部品メーカー・Delphi Automotiveと共同開発した自動運転車を公開し、サンノゼ市の公道でテスト走行する様子を報道陣に披露した。

Intelの自動運転車は見所が満載だ。同社が3月に総額153億ドル(日本円で約1兆7200億円)で買収することを決定したばかりのイスラエルの企業Mobileye(モービルアイ)社が提供するカメラモジュール、さらにはレーダーやライダー(LiDAR/レーザー光を使う周辺環境センサー)などの周囲を検知する各種センサーが合計26個搭載された自動運転車は1時間あたり4.5TB(!)のデータを作り出し、それをIntelのプロセッサがリアルタイムに処理しながら自動運転する。

現在半導体業界は、自動運転の主導権を巡る激しい競争の真っ只中にある。ディープラーニング(深層学習)を使ったAIで先行するNVIDIA、強力なモバイルプロセッサを持ち昨年世界最大の車載半導体メーカーNXPを買収したQualcommなどが、自動車メーカーなどに対して果敢な売り込みを図っている。そうした中で、Intelの強みとはなんなのか?

Intelの財務状況は健全すぎるほど健全

Intelは大きく変わりつつある……これは、長年Intelを取材してきた筆者にとって、ここ数年、強く感じていることだ。その最大の要因は、2013年にCEOに就任した、現在のIntelのリーダーであるブライアン・クルザニッチ氏。Intel社内では名前の頭文字をとってBKの愛称で呼ばれるクルザニッチ氏は、CEOに就任して以来、様々な新しい施策を打ち出してきた。

Intel CEO ブライアン・クルザニッチ氏

Intel CEO ブライアン・クルザニッチ氏(昨年11月のIntel AI DAYで撮影)

笠原一輝

従来のIntelは、PC向けのプロセッサ、そこから派生するサーバー向けのプロセッサを販売する会社であり、そのビジネスが高収益を生み出してきた。'90年代以降、PCの世界ではWintel(Windows+Intelから作られた造語)という言葉が生まれたとおり、Intelのプロセッサは、マイクロソフトのWindowsとセットで、常に80%以上の市場シェアを誇ってきた。

Intelが発表した2017年の第1四半期の決算を見ても、今のところIntelの財務状況は健全すぎるほど健全だ。疎利益率は製造業としては驚異的な数字と言ってよい60%を越えており、各事業部の売り上げも昨年同時期と比較して増えている。誰が見ても健全な会社と言って差し支えない。

Intelの強烈な危機感の源泉は「市場環境の変化」

ではなぜ、Intelは変わらなければならないのだろうか? そこには未来への強烈な危機感がある。現在は高収益を誇っているPCやデータセンタービジネスが傾かないという保証はどこにもないからだ。例えば、PC向けのプロセッサは、従来の競合だったAMDがRyzen(ライゼン)という新プロセッサを市場投入したことで、性能競争が再発しそうな状況だ。

また、マイクロソフトが安価なARMプロセッサ向けのフル機能Windows 10を2017年末までにリリースすると決定したことで、今後はAMDだけでなくQualcommのようなARMプロセッサ採用の SoCベンダー(※)も競争相手になっていくだろう。(※編集部注:システム・オン・チップ・ベンダー。CPUやグラフィック、モデムなど複数の機能チップを統合した1チップ半導体をつくるベンダー)

データセンター向け市場に関しても今後大きく変わる可能性がある。マイクロソフトがARM版のWindows Serverの投入を発表したことで、これまでARMサーバーの最大の課題とされてきた「ソフトウェアの互換性」問題がついに解決することになるかもしれない。そうなると、やはりQualcommなどのARM SoCを製造するベンダーが、サーバー向けに本格展開し始めるのは火を見るより明らかだ。

Intelほどの巨人でも、今後の競争環境などの変化により、今のような高収益体制が維持できる保証はどこにもないのだ。

垂直統合で自動運転AIを提供する独自戦略

そうした中で、Intelが新たに力を入れているのが、IoT(Internet of Things)向けのビジネスだ。IntelがIoT向けの事業に力を入れるのは、それがこれからの半導体メーカーにとっての成長事業だと考えられているということもあるが、現在のIntelの強さの2つ(PC向けプロセッサ、データセンター向けプロセッサ)のうち、データセンター向けプロセッサ事業との親和性が高いからだ。IoT機器を利用するには、必ずセットでクラウドのWebサービス(データセンター)に強力なプロセッサが必要になるからだ。

Intel ダグラス・デービス上席副社長の写真

Intel 上席副社長 兼自動運転事業本部 事業本部長 ダグラス・デービス氏

笠原一輝

そうしたIntelのIoT事業を象徴するのが、自動運転車向けのソリューション。Intelは現在IoTの中でもとりわけ自動運転に力を入れており、昨年の11月に新しい自動運転事業本部を立ち上げ、その事業本部長にはIntel勤続30年のベテランであるダグラス・デービス上席副社長を当てている。直前までIoT事業を統括するIoT事業本部の本部長だったデービス氏を事業本部長にあてているところに、Intelの自動運転への本気度が見て取れる。

自動運転車の概念図

自動運転はエッジ(端末側)側の自動車だけでは成り立たない、サーバー側であるデータセンター、通信などが一体となって成立するものだ。

笠原一輝

自動運転というのは、エッジになる自動運転車、それをクラウドに接続する最新の5Gなどのセルラー回線、クラウド側でディープラーニングの学習をさせるHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューター)、さらに高精度マップなどのサービスを提供するサーバーなどが一体となって動く必要がある高度なシステムだ。

Intelの自動運転車の同乗風景。

Intelの自動運転車がサンノゼ市内を走っているところ。筆者も同乗した。信号が青になっていることなどを自動で認識して非常にスムーズに走る。

笠原一輝

Intelの自動運転の強みはそれらのソリューションをE2E(End to End、一気通貫)で提供できることにある。Intelは今後、自動運転車向けに、Atom、Core、Xeonなどのプロセッサを提供する。そこに3月に買収を決定したMobileyeの画像認識ソリューションが追加され、さらに強化されることになる。

また、モバイルインフラの5G対応では、既に開発キットをOEMメーカーなどに提供できている。同じことができているのは、通信に強いQualcommだけだ。そして、データセンター市場は既に述べた通り、現状Intelの独壇場である。Intelではこうした半導体に加えて、ソフトウェア開発キットも提供しており、パートナー企業がそれを利用すれば、エッジ側からサーバーまで一気通貫にソフトウェアを構築することができる。

自動運転でIntelが垂直統合である解説の図

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競合他社にとって、IntelがこうしたE2Eで半導体や開発環境を提供できることは大きな脅威となる。AIで先行するNVIDIAは、エッジ側の半導体とクラウドでのディープラーニングの学習に関してはソリューションを持っているが、5Gとクラウドサーバーに関しては持っていない。Qualcommはエッジ側の半導体は持っているが、クラウド側は持っていない。IntelのようにE2Eで提供できることは大きなアドバンテージなのだ。

もちろん、Intelにも弱点は無いわけではない。例えば、現代の自動車に欠かせない車載コンピューターであるECUをコントロールするマイクロコントローラーのソリューションは持っていない。この点ではNXPの買収を決めたQualcommにリードを許すことになる。その意味で、Intelは引き続き買収戦略などで弱点をカバーしていく必要があるだろう。自動運転を巡る半導体業界の競争は、まさに今激しく進行中なのだ。

Intelの車載向けAtomプロセッサの開発版

Intelが車載向けとして提供しているAtomプロセッサ。開発版のためCONFIDENTIALと刻印してある。

笠原一輝



笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る

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