100万円級の有機ELテレビは売れるか?——ソニーら大手3社と韓国LGの生き残り戦略

ソニー 高木執行役EVP、ソニーマーケティング河野社長

新BRAVIAシリーズ発表会でのソニービジュアルプロダクツ高木一郎社長(中央)。左はソニーマーケティング河野弘社長

撮影:伊藤 有


日本のテレビメーカーが、相次いで有機ELディスプレイ(いわゆるOLED/オーレッドと発音)採用の大型テレビを発売する。ソニーは5月8日に有機EL方式パネルの4Kテレビ「BRAVIA OLED A1」シリーズを発表し、続くパナソニックも5月10日に「VIERA EZ1000」「同 EZ950」シリーズを発表した。東芝は3月に「REGZA X910」シリーズを発売済みだ。国内大手メーカーの中でシャープは「テレビでは液晶に注力する」との姿勢を示しているため、これでトップグループの有機ELテレビのラインナップが出そろったことになる。

現在、世界的に4Kテレビの需要は旺盛だ。画質が高級テレビの需要を引っ張っているといって過言ではない。ソニーのテレビ事業子会社である、ソニービジュアルプロダクツの高木一郎社長は5月8日の発表会見の中で、

「ソニーのテレビ全体の6割がプレミアム(高画質)モデルになって、収益が大きく改善している。現在のテレビは放送ではなくネット配信。4Kで画質も良く、内容も良質なネット配信向けコンテンツの魅力、がプレミアムテレビを牽引している。日本もそうなっていくだろう」

と見通しを語っている。

他方、韓国・LGエレクトロニクスは2015年より有機ELテレビを日本に投入しており、今年もより高性能化した「LG OLED W7P」「同 E7P」「同 C7P」シリーズを発売する。一気に製品ラインナップが増えたことで、今年は日本にとって「有機ELテレビ元年」といって良い状況になった。

LG OLED W7P

LGエレクトロニクスの「OLED W7P」

提供:LGエレクトロニクス

有機ELはテレビ向けのディスプレイ技術として「理想的な存在だ」と長年言われてきた。バックライトを必要とせず、自ら発光するデバイスであるため、黒色がほぼ完全な漆黒になる。結果、色のコントラスト比が高く、(液晶とは違い)発色もにごりづらい。また、液晶が化学特性として不得意な素早い映像の書き換えにも対応できる特徴がある。

有機ELがテレビに理想的な技術であることはTVメーカー各社はみんなわかっていた。ではなぜ、それが今まで普及しなかったのか?

有機ELは、日本の大手テレビメーカーにとって「一度は諦めた道」

現実問題として、日本の大手テレビメーカーは、テレビ向け有機ELパネルの量産を断念している。ソニーが07年、11型ながら世界初のテレビ「XEL-1」を発売し、12年以降も業務用マスターモニター(編集部注:映像原盤の色調整の基準となるプロ向けの標準モニター)を発売しているものの、自社製パネルを使った製品はそのくらいである。12年にパナソニックとソニーが合弁でテレビ向けパネルの量産化に取り組んだが結果を出せなかった。


ソニーの有機ELテレビ開発の歩み

ソニーは2001年から有機ELディスプレイを試作。2007年には「XEL-1」(11インチ/約20万円)を発売したが、一般向け大画面テレビが出るまでには、パネルの自社生産を諦め、そこから10年の月日が必要だった。

撮影:伊藤有

それが今年になって急に製品数が増えた理由は、LGエレクトロニクスのグループ会社であるLGディプレイが、テレビ向け有機ELパネルの本格量産を開始したことにある。

テレビ向け有機ELパネルの生産で問題だったのは、大画面・高解像度パネルの生産では、いわゆる歩留まり(良品率)が上がらなかったことにある。ディスプレイは基本的に赤・緑・青という光の三原色の点を組み合わせて色を作るが、3色それぞれを発する発光体を用意したパネルの製造では、どこも満足いく歩留まりを達成できていない。

一方でLGディスプレイは、発光体を白一色とし、その上に赤・緑・青のカラーフィルターをかぶせる「WRGB方式」と呼ばれるテレビ向け有機ELパネルを開発した。直接赤・緑・青の光を出さない、という点では液晶と同じで、完璧に理想的なテレビ向けパネルの技術ではない……という評価もあるが、少なくともこうすることで、当面の量産技術は確立できた。

そして(これが大事なのだが)実際問題、LGディスプレイ製の有機ELパネルを使っても、高コントラストで発色の良い「有機ELらしい映像」は十分に実現できた。14年以降、LGエレクトロニクスは有機ELテレビ販売で先行し、世界のハイエンドテレビ市場でシェアを拡大した。国内のみならず世界的に見ても、自社パネルにこだわるサムスンとシャープを除くメーカーは、LGディスプレイの有機ELパネルを使うことで、LGエレクトロニクスの後を追いかけているような状況にある。

必要な投資は数千億円。パネル事業から降りる日本、あえて賭ける韓国

日本メーカーがLGの後塵を拝した背景には、技術的なもの以上に経営的な判断があった。12年から14年は、日本メーカーが最も業績で苦しんでいた時期だ。この時期にソニーやパナソニックは、テレビ事業立て直しのため、液晶を含め、自社での大規模なディスプレイパネル生産を断念する決断を下しだ。テレビ向けディスプレイパネル工場を作るには数千億円単位の巨額投資が必要で、それを継続的に回していくには、世界中から大量のパネル受注を受ける必要があるからだ。

テレビの需要は非常に底堅いものの、ここから大きく伸びるものでもない。テレビ事業の収益健全化が急務であったソニーとパナソニックにとって、巨大な投資と不透明な将来性を併せ持つテレビ向けパネル工場への投資は採れない選択肢だったのである。ちなみに東芝は、ずっと液晶パネルを外部調達する路線だったから、2社とは置かれている状況が異なる。

LGディスプレイにとっても工場への投資が重荷であったことに違いはない。だが同社はパネル事業に「残る」道を選び、積極投資を行った。別の見方をすれば、有機ELパネルを作ると決めた以上、工場を操業し続けるために、大量の受注を継続して得なければいけない。自社グループだけではその需要を満たせない。だから、日本のテレビメーカーに積極的な売り込みをかけた……という背景がある。

液晶テレビで培った技術がメーカーごとの「画質の差別化」に

こうした事情からわかるように、今回登場する有機ELテレビでは、すべてのメーカーがLGディスプレイ製の有機ELパネルを採用している。サイズも55インチ・65インチ・77インチの3バリエーションで、その中からどのサイズを市場に投入するかを、各社が判断して決めている状況だ。

BRAVIA A-1

ソニーストア銀座の「BRAVIA KJ-65A1」の展示機。予想実売価格は80万円前後。6月10日発売。アクチュエーターで画面そのものを振動させる独自技術によって、周囲のベゼル部などには一切スピーカーをもたない形。映像だけが宙に浮かんで見えるような効果を狙ったデザインだ。

撮影:伊藤有

th65ez1000

パナソニックの4K有機EL最高峰モデル「VIERA TH-65EZ1000」。予想実売価格90万円前後。6月16日発売。

提供:パナソニック

REGZA X910

東芝の「REGZA 65X910」。実売価格85万円前後。

提供:東芝

「パネルが同じならどこも同じ。しかも韓国メーカーの後追いではないか」

そう思う人もいるだろう。でも、そう話は単純じゃない。実際に製品を見ると、画質の傾向や製品としての特徴は、各社かなり異なっている。理由は、現在のテレビの画質にとっては、パネルだけでなく「高画質化処理」が占める割合が非常に高くなっているからだ。

率直に言えば、画質ではLGに比べてソニー・パナソニック・東芝が一歩リードしている。現在のLGディスプレイ製有機ELパネルは、決して理想的な存在ではない。黒がきちんと黒く出るのは良いが、その特性上、苦手な表現もある。わかりやすい点としては、ごく弱い光、例えば日の出前の薄明かりや建物の影などが苦手だ。本来は淡い色、ほんのりとした明るさになるべきなのだが、ノイズが強調され、妙なざわつきが発生したりする。

また、LGディスプレイ製の有機ELパネルは、その構造から「ホワイトバランスに非常にクセがある」というのが、複数のテレビメーカー技術者の一致した見解だ。ここも補正しないと、メーカー側が想定した上質な色にならない。

こうした部分をテレビメーカーは理解して、映像に処理を加えた上で特性を調節し、より自然な色合いにしているわけだ。具体的には、

・映像に含まれるノイズを自然な形で除去する

・グラデーション部分に存在する不自然な縞を目立たなくする

といった高画質化処理だ。こういったものは現在のテレビに不可欠な技術で、その蓄積が他社にはない製品の「価値」につながっている。

皮肉なことに、これらの技術は「必ずしもテレビには向いていない液晶というデバイスで、いかに高画質なテレビを作るか」という競争の結果、生まれてきた。それをいま、パネル技術は違うものの、各社が液晶テレビと有機ELテレビで同じ「高画質化技術」として横展開し、それぞれに画質向上を競っている。

大画面液晶テレビとの共存にも各社の個性がある

高価なテレビだけに、単純な高画質化では差別化が難しいというジレンマは、どのメーカーにとっても共通の悩みだ。実際問題、有機ELは今年の段階ではテレビのメインストリームとは言えず、「こだわりのある人が選ぶスペシャルなモデル」という段階だ。これが普及水準まで降りてくるかは、コストに優れた液晶の高画質化・低価格化との競争であり、戦略的には難しい判断も出てきそうだ。

現在のところ各社とも自社の製品ラインナップとしては、主戦場である液晶テレビで戦いつつ、差別化製品として有機ELテレビを位置付ける……という選択をしている。

ラインナップ構成は2分されている。パナソニック・東芝・LGは有機ELテレビを「最高画質モデル」と位置付けつつ、その下にハイエンド液晶テレビをラインナップした。 対してソニーは、昨年、液晶テレビの超ハイエンド・高画質モデルとして「BRAVIA Z9D」シリーズを発売しており、今年もこれを「最高画質」に位置づける。

テレビ市場はもはや大きな伸びはないものの、「リビングに大型テレビが欲しい」という需要が確実にある。テレビメーカーによると、購入時には「(長年使うのだし)せっかくだから良いものを」という人が実際に多いのだという。そうした事情が4Kテレビの需要を引っ張っており、この「固定的な市場」をいかに攪拌し、新しい需要を喚起するか。それが、有機ELという新しい存在に求められているテレビ市場からの期待でもある。



西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」、「ソニー復興の劇薬」、「ネットフリックスの時代」、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。

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