「今すぐ外に出てフランス! と叫ぼう(フランス国旗の絵文字)」「フランスは、Brexitやトランプにはならなかった」 「フランスは、将来のために投票した! 」
エマニュエル・マクロン氏が極右「国民戦線」の候補、マリーヌ・ルペン氏を破り、フランス新大統領に選出された5月7日(現地時間)、ニューヨーカーたちはTwitterやFacebookで、喜びのコメントを発信した。国際ニュースへの関心が薄いアメリカ人が海外の首脳選挙にこれほど反応したことがあっただろうか。それほどリベラル派市民にとって、トランプ政権の誕生は未だにトラウマだ。
フランス大統領選の決選投票前に、そのトラウマを煽る「事件」が発覚した。
「熟考の時間」直前にマクロン陣営はハッキング被害に遭ったことを報告した
Aurelien Meunier/Getty
マクロン陣営は、同陣営のメールやビジネス文書などが「大規模かつ組織的なハッキング工作」の被害に遭い、オンライン上に漏洩したと明かした。
文書がテキスト共有サイトに暴露されたのは、アメリカ東部時間の5日午後2時ごろ(CNN)。フランスでは、投開票日の前日から当日投票が終わるまで「熟考の時間」として、候補者の選挙活動や世論調査のニュースや報道をブラックアウトさせることになっているが、その数時間前だ。
つまり、有権者が情報を求めて、最後にインターネットをチェックする時間帯を狙ったサイバー攻撃だった。
CNNに出演した元KGB諜報員のジャック・バースキー氏は、サイバー攻撃がロシアによるものに違いないと示唆した(ロシアはこれを否定している)。
アメリカのメディアは、このサイバー攻撃について大きく報じた。
昨年の大統領選挙でも、ロシアが関与し、民主党全国委員会や党幹部のメールが大量に漏洩したことがわかっている。これをきっかけに現在、連邦議会の上下院が、大統領選挙にロシアが干渉しトランプ政権の誕生を支援したかどうかを調査中だ。
アメリカ大統領選では、「ピザゲート」事件がヒラリー・クリントン氏に突拍子もないダメージを与えた。ウィキリークスが暴いた、クリントン陣営の元会長ジョン・ポデスタ氏のメールにあった食事会の打ち合わせ内容に、「幼児の人身売買」「幼児セックス」を意味する隠語があり、クリントン夫妻が幼児セックスパーティに複数回参加していたというフェイク・ニュースだ。
アメリカの大統領選キャンペーン中には、とんでもないフェイク・ニュースが飛び交っていた
Spencer Platt/Getty
ソーシャルメディアで、この陰謀説が拡散するにつれ、ワシントンにあるコメット・ピンポンというピザ屋の名前が浮上。選挙後、ピザ屋に閉じ込められているとされる幼児を救おうとノースカロライナ州の男性が店内でライフルを発射し、逮捕される事件にまで発展した。「ピザゲート」のフェイク・ニュースを信じた多くの市民のせいで、他のピザ屋やそこでコンサートをしたミュージシャンまでが脅迫を受けた。
筆者は昨年11月2日、南西部アリゾナ州で開かれたクリントン氏の集会に向かう途中、車の中で極右系ラジオパーソナリティのアレックス・ジョーンズ氏の番組を聞いた。番組内で「ピザゲート」は悪魔崇拝の儀式にまで発展し、クリントン夫妻が参加した児童セックスパーティでは、母乳や精液、血液などが入った食事が供されたとまで報道しており、気分が悪くなった。これを聞いたトランプ支持者は、Twitterで「サンキュー、ピザゲート! 」とはしゃいだ。
民主主義の根幹でもある選挙で、選挙陣営の情報がハッキングされ、漏洩する。そればかりでなく、そこからとんでもないフェイク・ニュースが生まれ、選挙に図り知れない悪影響を及ぼすことが、「ピザゲート」によって明らかになった。
ニューヨーク・タイムズによると、ポデスタ氏のメールの中にあった「cheese pizza(CP)」という単語が「child pornography(CP)」の隠語と解釈されたのが、全ての始まりだ。フランスのマクロン陣営の情報がハッキングされたことを考えると、民主的な選挙にハッキングは当たり前となりつつある。そこからフェイク・ニュースも派生する。そんな混沌とした情報の洪水の中で、どうやって事実を知ったらいいのだろうか。
筆者は次のことを心がけている。
1. おかしいと思った情報は、事実かどうか検索する
バズフィードがまとめた、最もFacebookでシェアやLikeなどの行動を呼んだフェイク・ニュースのトップ10のうち、8つがクリントン陣営のスキャンダルだ。
「ローマ法王が世界を驚かす。トランプ氏を支持し、声明を出す」「ウィキリークスが、ヒラリー・クリントンがISISに武器を売却したことを確認」「クリントンのメールに名前が出ていた米連邦捜査局(FBI)捜査員が、自宅で自殺と見せかけて殺害された」
こうした情報を見た際、例えば「ローマ法王、トランプ、声明」というキーワードで検索する。これで、特に通信社やCNNなど主要メディアの報道がなければ、間違いなくフェイクだ。
2. 自分がシェアする情報に責任を持つ
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フェイク・ニュースをシェアして、それが嘘だとわかった場合、友人やフォロワーに「あの人がシェアする情報は怪しい」と思われるリスクは大きい。
興味本位で面白いと思い、つい「リツイート」をクリックしてしまいそうになることもある。しかしその前に、信頼できる情報源であるか、フェイクではないか、確認する作業を怠らないようにしている。
聞いたこともないウェブサイトが発信源である場合、「サイトについて」「About」などをチェックするようにもしている。
3. 主要メディアはフェイク・ニュースではない
「CNNもフェイク・ニュースを流すと、トランプが言っているよね。本当? 」 とよく聞かれる。しかし、主要メディアがフェイク・ニュースを報道することはほぼないと言い切れる。
アメリカの雑誌フォーブスは「オルタナティブ・ファクトではなく、真実を得られる10のジャーナリズム・ブランド」を次のようにまとめた。
- ニューヨーク・タイムズ
- ウォール・ストリート・ジャーナル
- ワシントン・ポスト
- BBC(イギリス)
- エコノミスト(イギリス)
- ニューヨーカー
- 通信社(AP通信、ロイター通信、ブルームバーグ)
- フォーリン・アフェアーズ
- アトランティック
- ポリティコ
同誌によると、フェイク・ニュースを流さない報道機関かどうかを見極めるには、「ソサエティ・オブ・プロフェッショナル・ジャーナリスツ(SPJ)」による「倫理綱領」を社として支持しているかだという。1909年設立のSPJは、言論と報道の自由を保障した「合衆国憲法修正第1条」を守り、ジャーナリズムの高い水準と倫理を維持することを使命としている。
津山 恵子:ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。主に「アエラ」に米社会、政治、ビジネスについて執筆。近所や友人との話を行間に、米国の空気を伝えるスタイルを好む。