なぜ「日本人」にこだわるのか——柔らかな内向きナショナリズム「日本ボメ」の解剖

「私 日本人でよかった」のポスターの写真のツイッター投稿

京都の複数の場所で見つかったというポスター。ツイッターに投稿する人もいた。

Twitter

ほめられれば、誰しもうれしい。他者の目に映る自分が肯定的に評価されたと思わせるからである。自画自賛にはどんな心理作用が働いているのだろう。

神社本庁が制作した「私 日本人でよかった」というポスターのモデル女性が、日本人ではなく中国人だったことが明らかになり ネットで炎上した。NHKもその“波紋”を取り上げたほどである(5月11日) 。「日本人の素晴らしさ」を自画自賛し、外国人を使ってほめ挙げる現象がメディアにあふれる。そんな現象に筆者は「日本ボメ」と名付けている。

自信喪失と不安の裏返し

ポスターは、「日の丸」をバックに目を閉じた女性がほほ笑み、「日本人でよかった」と大書されている。一番下に「誇りを胸に日の丸を掲げよう」という小さな文字。NHKによれば、「ぞわぞわする」「なんか落ち着かない気分になる この気持ちはなんなんだろう」などの反応がネットで拡散したという。確かに落ち着かない。根拠があるならともかく、根拠不明の「優越感」独り歩きのポスターを見て、落ち着くわけはない。

更迭された復興相の「東北でまだよかった」という「比較」発言と少し似たところがある。薄皮をむくと、非日本人への排外意識や「純血信仰」がのぞいてしまうからだ。経済低迷と格差の拡大、「フクシマ」での技術神話の崩壊——。日本と日本人にとって否定的な事実が出れば出るほど「日本ボメ」があふれる。自信喪失と不安心理の裏返しの表現である。

「日本ボメ」は、バブルがはじけ長い経済低迷期に入る1990年代半ば、「日本人よ自信を持て」などの標語の下、まず右派メディアで流行した。しかし、東日本大震災後は一般メディアにも広がっていく。「日本ボメ」は、多くの善意の日本人の現状肯定意識につながり、森友学園問題や閣僚の問題発言にもかかわらず、支持率が高止まりしている安倍政治を支える集団意識になっていると考える。いくつか事例を挙げる。

今年1月、「日本出身の横綱19年ぶりに誕生」と、稀勢の里の横綱昇進でメディアは盛りあがった。モンゴル人力士3人に占められてきた横綱に、ようやく日本人がなり、うれしいのはわからないではない。でも待てよ。どうして「日本人」ではなく「日本出身」と書くのか。 「日本人」を主語にするなら1999年7月に横綱になった「武蔵丸以来18年ぶり」とするのが正解。ハワイ出身の彼は1996年日本国籍を取得していたのだから。でもそう書かないのは、武蔵丸が「純粋の日本人」ではないとメディアが考えているからではないか。日本人の定義は「日本国籍を有するもの」以外にはないはずだ。

なぜ「日本出身」と書くのか

メディアが「日本出身」にこだわり始めたのは、2014年のノーベル物理学賞での「誤報」が契機だった。大半の新聞は「日本人3人が受賞」と、号外を発行したが、3人のうち中村修二氏は米国籍を取得している。「日本人3人は間違いではないか」という論争に発展した。その後「日本人」ではなく「日本出身」という表現が使われるようになる。

この「日本人」論争に続き、「週刊現代」(2014年10月25日号)は「韓国・中国よ それじゃノーベル賞なんて無理だ」という見出しで「それに比べ、お隣韓国、中国の受賞者の少ないこと」と書いた。「日本ボメ」の意識の背景に、「嫌韓反中」が潜んでいることがわかる。民進党の蓮舫代表の「二重国籍問題」にもやはり「純血」と「排外主義」の生臭さがつきまとった。問題にした側は、彼女の父親が台湾人で「純粋な日本人ではない」ことをあげつらったのだと思う。「あいつは在日(在日コリアンの略称)」と、理由なく出自を問題視する「ネトウヨ」(ネット右翼の略称)の陰口と似ている。ヘイトスピーチが外向きナショナリズムとするなら、「日本ボメ」は柔らかな内向きナショナリズムだ。

跳ね上がる「日本は一流国」意識

「日本ボメ」現象に気付いたのは東日本大震災の直後だ。この年の7月23日、中国の高速鉄道列車が浙江省で衝突し40人が死亡する事故が起きた。「天声人語」(「朝日新聞」2011年7月26日朝刊)は事故について、汚職や強権体制の中国で生命が粗末に扱われていることを嘆いた上で、「日本に生まれた幸運を思う」と書いた。「日本に生まれた幸運」というなら、福島第一原発事故で避難を余儀なくされた人々はなんと言えばいいのか。

中国当局が事故車両をすぐ土に埋めたのは論外だが、多くのメディアが「責任逃れ」「証拠(データ)隠し」と批判するのは「天に唾する」コメントだ。福島第一原発事故の政府と東電の対応と処理につけるべき批判だろう。「日本では起こり得なかった事故」という「日本ボメ」もいただけない。他者攻撃によって成り立つ屈折した情緒……。

「3.11」後に顕著になるのは、経済低迷に続き技術神話まで一瞬にして砕け自信喪失が一層進んだからではないか。NHK放送文化研究所が行った「日本人の意識」の最新調査 (2013年)で、「日本人は他の国民に比べ優れた素質を持つ」との回答が67.5%に上り、「日本は一流国」との答えも54%もあった。調査のあった2013年は、GDPで中国に追い抜かれ(2010年)、領土問題で日中・日韓関係が急激に悪化(2012年)した時期のあとである。この意識調査は5年ごとに行われているが、「日本人は優れている」と感じている人は2003年を底に増加している。特に「日本は一流国だ」という意識は、2003年は36%だったものが跳ね上がった。

改憲実現の空気の醸成

自信喪失の中で敵を探そうとする心理について、故ベネディクト・アンダーソンは次のように分析した(「朝日新聞」2012年11月13日)。「自分の国がどうもうまくいっていないように感じる。でも、それを自分たちのせいだとは思いたくない。そんな時、人々は外国や移民が悪いんだと考えがちです。中国、韓国や在日外国人への敵対心はこうして生まれる」。

「日本ボメ」は、中国・北朝鮮脅威論と排外主義との「三位一体」関係にある。安倍政権は中国の脅威をあおり、「中国包囲網外交」を続ける。メディアは、尖閣諸島(中国名・釣魚島)や竹島(韓国名・独島)、北方領土など領土問題が絡むと、政権の主張を「国益」として無批判に報道し、翼賛化が進む。政府とメディアは、中国と北朝鮮については「言い得」「書き得」なのだ。

メディアにあふれる「日本ボメ」現象は、現状肯定意識の反映でもある。集団的自衛権の行使を容認する安保法制には国民の過半数が反対していたのに、参院選では改憲勢力が3分の2を占めるフシギ。さらに今、安倍政権にとっては改憲を一気に実現させるまたとない「空気」が醸成されている。その空気を言語化すれば「日本ボメ」になる。 神社本庁のポスターのモデル騒ぎは、そんな「日本ボメ」の笑えないブラックユーモアだった。


岡田 充:共同通信で香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

Recommended

Sponsored

From the Web