人工知能(AI)の導入で、人の働き方はどうシフトするのか?
この問いを考える上で、興味深い取り組みがある。2017年4月から、セブン銀行(東京都千代田区)がATM内の紙幣の増減予測にAIを取り入れ始めたのだ。
従来から、ATM内の紙幣量の情報はITでネットワーク化し、セブン銀行と現金の補充、輸送を委託する綜合警備保障(東京都港区)とで共有してきた。だが、紙幣増減の予測から実際に現金補充に人を送り込む運行計画までの一連の作業は、熟練した「人の判断」に委ねられてきた。
そもそもテクノロジーを活用しているとの自負はあった。だからこそ、社会や働き方に大きなインパクトを与えると言われているAIをいち早く導入できないかと考えた。
セブン銀行がAIを活用する上で着目したのが、紙幣増減の予測の業務だった。同社のATM設置数は約2万3000台に上る。より正確な予測に基づき的確なタイミングで現金の補充ができれば、それだけ業務の効率化につながる。
セブン銀行では常務執行役員の松橋正明氏をはじめ、10人ほどでAIの活用を検討している
撮影:慎芝賢
昨年行った実証実験では、AIに全ATM分の予測値を計算させ、そこに補正を加えると、現業務の予測値よりも高い精度が得られることがわかった。同社常務執行役員であり、AI活用を検討する社内メンバー約10人を率いる松橋正明氏は言う。
「今はまだ、AIが導き出した新たな規則性の影響力が大きいのか小さいのか、それぞれの項目について調整している段階。例えば、官公庁の給料日の影響や連休の日並びがどれほど予測値に影響するかの計算には、人による『補正』を必要とする。だから、完全にAIの仕事が人の仕事を上回るとは言えない段階。だが今後、AI側に『経験』を積ませたら、予測精度は上がるとわかった。AIが業務の効率化に有効なんじゃないかという予感は、確信に変わりました」
この実証実験の結果を受けて、この4月から、従来からの人による予測データとAIの予測データとを付き合わせるモニタリングを開始した。現在は、人側とAI側と毎日「ダブルで」現金予測業務を走らせている形だ。
AIにデータを食べさせる
セブン銀行の瀬戸章博氏はAIを「デキる相棒にしていきたい」と語る
撮影:慎芝賢
それに伴い、AIを「相棒」に働き始めた社員がいる。同社ATM業務管理部の瀬戸章博氏だ。朝出勤すると、2台のパソコンを立ち上げる。一つはAIのシステムが組み込まれたパソコン。毎日AIに必要な情報をデータ化して、AIに読み込ませる。それを瀬戸氏は、「AIにデータを食べさせる」と表現する。「食べ終わり」、全ATMの紙幣の増減予測を計算をするまでにかかる時間が約5分ほど。瀬戸氏はその間に、もう1台でメールチェックなどの業務を済ませる。
計算が完了すると、紙幣を補充するべき店舗が一目でわかるような、紙幣増減の「AIの予測値」がパッと一覧になって画面に表示される。この時点で、瀬戸氏はもう一方のパソコン側の運行計画に目を通す。こちらは業務委託する警備会社側から送られてくる、「人の予測値」に基づくデータだ。
瀬戸氏は日々、この2つの画面をにらめっこし、警備会社側とセブン銀行側が割り出すデータの違いに目を光らせる。大きなズレが見つかれば、実際に動いたお金の「実績」をもとにAIの予測値の精度を検証していく。今のところはAI導入により人の仕事が減るどころか、 「僕の業務はAIの精度検証の仕事を行う分、まるまる増えている」 と瀬戸氏は笑う。
けれども、もしAIの予測精度が増し、その予測に基づいて警備会社へ適正な運行計画が手渡せるようなシステムが構築できるとすれば、たった1人の社員がAIを「相棒」にしながら、2万3000台のATMの紙幣管理に携わるような働き方も、不可能ではないのかもしれない。
人が解釈を加えAIと協調
これまでは数社のAI技術による実証実験を並行してきたが、4月からはNEC(東京都港区)のAI技術が採用された。NECのAI・アナリティクス事業開発本部マネージャーの佐向(さこう)正氏によれば、今回導入された技術には、多種多様なデータから人にはわからないような規則性やパターンをAIが自動で発見する機械学習の手法が用いられているという。「異種混合学習技術」と呼ばれる技術であり、データに応じて複数の規則性の中から参照する規則を自動で切り替える機能も持つ。そのため、常に規則性が変化していくような状況下でも、高精度な予測が可能になった。
このAIの腕の見せどころは、「いかにシンプルな場合分けができるか」なのだという。
「予測って、過去の統計だけで当たるような単純なものではない。地域性、気候、前日の売れ行き、給料日……とさまざまな要因が絡み合う。バラバラのデータが混在するビッグデータからAIが自動的に学習して『こういう場合はこういう予測値を導き出せる』というハマりのいいパターンを何パターンか見つけ出す。そこに、『根拠』もセットで付ける。人間はAIが予測した結果や『根拠』を手がかりに解釈できることで、より実世界に適用しやすくなる。だからこそ、AIが人に取って代わるのではなく、AIが人と協調できる技術なんです」(佐向氏)
「デキる相棒」に育てていきたい
セブン銀行としては、紙幣切れでATMを停止するという事態は避けねばならない。さらに健全な銀行経営のためには、紙幣の入れすぎにより資金コストが膨らむことも望ましくない。手始めに紙幣の増減予測にAIを導入したが、AIの活用はそれだけにとどまらないだろうと前出の松橋氏は言う。
「我々は銀行であると同時に、ATMの運営会社でもある。トヨタの『カイゼン』のように常に試行錯誤し、新しいテクノロジーを使って自社の業務を究極まで効率化していくのは、当然の努力だと思う。紙幣の増減予測だけにAIの効果を期待しているわけではない。効率のよい運行計画、ATM内の部品の交換タイミングを知らせる保守作業……と、あらゆる業務を洗い出して、あらゆる領域にAIを適用できないか検討し始めているところなんです」
人とAIがどんな関係性を築きながら働くのか。その挑戦は、まだ始まったばかりだ。
日々、AIと向き合う瀬戸氏のこんな言葉が印象に残った。
「僕はAIを育てていかなければならない立場。この、まだ幼いAIをもっと鍛えて予測精度を上げていかないと、という使命感はある。これから、『デキル相棒』に育てていきたい」
上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に、『きょうだいリスク』がある。