鎌倉市の鶴岡八幡宮から歩いて10分。閑静な住宅街の路地を行くと、築90年の古民家が見えてくる。東京・丸の内の高層ビルに入居する大手金融機関とは対照的な、鎌倉投信のオフィスだ。
リーマンショックが世界の金融市場を襲った2008年に生まれた鎌倉投信が運用する資産残高は、約275億円。顧客数は約1万7000人。顧客の半数は20代から50歳までの個人投資家で、いわゆる「氷河期世代」(1970年〜1983年生まれ)やミレニアル世代(1980年半ば〜2000年生まれ)が中心だ。
米国の大手資産運用会社ブラックロック(BlackRock)やバンガード(The Vanguard Group)が数百兆円を超える巨大な資産を運用する一方、鎌倉投信が運用する「結い 2101」の資産規模は500億円〜1000億円が適正だという。
20年間、アメリカのBGIグループ(Barclays Global Investors)や三井信託で資産運用の道を歩み、金融危機で静まりかえる年の冬に鎌倉投信を始めた鎌田恭幸氏。将来の「お金」に対する不安が多く聞かれる低成長時代の今の日本で、鎌倉投信はどんな投資戦略を掲げて、どんな企業に投資し、そしてどう投資家たちと向きあっているのだろうか? 鎌田社長を訪ねた。
「収益市場主義」の熱狂とリーマンショック
築90年の古民家をリフォームした鎌倉投信・本社オフィスで、出迎えてくれた鎌田恭幸社長。
撮影:佐藤茂
BI JAPAN:なぜ、リーマンショックの2008年に投信会社を?
鎌田社長:リーマンショックは2008年9月頃でしたから、その2カ月後の11月に会社を設立しました。世界の金融市場はリーマンショックによる混乱の真っ只中でしたが、私たちは会社の場所を決め、投資の考え方を決めました。予定を変えようとは考えませんでした。
2000年以降に急速に広がった派生型の金融商品とか、お金の中でお金を生み出すという収益至上主義は決して持続的ではないという肌感覚がありました。
そんな考えが積み重なって、前職を辞めました。サブプライムもそんな派生型金融商品の一つでしたね。本来であれば、投資は、実体のあるものが価値を増やしていかなれば、資産形成は成り立たないですよね。(サブプライム・ローン問題:2007年終わり頃にアメリカで低所得者のための住宅ローンを証券化し、投資を促した後、ローンの不良債権化が拡大。市場ではその価格が下落し、世界的な金融危機を起こした)
低成長時代の投資とは?
BI JAPAN:金融危機から約10年後の今、日本は低成長時代の真っ只中です。株式投資をどう考えるべきでしょうか?
鎌田社長:今の経済情勢でいうと成長率が1〜2%。例えば投資している株式が年間で10%上昇するということは成立しにくい。高い収益を目指して、レバレッジを効かせるという実体経済に紐づかない金銭価値だけを増幅させる仕組みが2000年以降増えましたね。
しかしそれは、実体と紐付いていないので、タガが一度外れと逆回転を始める。それはたぶん、日本のバブル経済の崩壊もそうだし、リーマンショックもそうでしたね。実体経済の価値の増幅スピードとマネーが求めるスピードのギャップがいろいろなところで浮き沈みになって出てくる。
高い収益を短期間で求めるのではなく、無理のない増やし方でなければ、投資は持続できないと思います。
つまり収益性は下がっているので、ある程度の経済効果を上げようと思ったら、長いスパンで投資にかかわっていく必要があると思うんです。
以前のように、短期金利で5%ある時代ではないですからね。投資の時間の長さを許容できるような資産形成や投資の枠組みを作らないといけない。目先の欲だけだと、思うような結果が得られないことが多いですね。
一攫千金型 VS. コツコツ投資家
鎌倉投信の応接室の窓から見える庭園
撮影:佐藤茂
BI JAPAN:鎌倉投信の投資家にはどんな方が多くいるのですか?
鎌田社長:今の鎌倉投信のお客様の半分以上は50歳以下です。
一攫千金を求める投資家とは真逆にいる、堅実な投資家の方々です。世の中には両方の投資家がいますね。短期間でものすごく儲けたいという投資家とコツコツ積立型の投資をしていく人たちと。
家計の中で無理のない投資を目指す層はかなり多くいると感じます。多くの大手金融機関は、コツコツ型のお客さんは儲からないので、資産家層を中心に営業するんですね。投資額が大きいお客さんの方が、営業収益が上がるからです。
BI JAPAN:鎌倉投信の投資哲学や運用方法を教えてください。
鎌田社長:鎌倉投信の合言葉は、「いい会社を増やしましょう」です。お客様のお金を増やすのが目的ですが、自分の利益にとどまらず、投資を通じて「いい会社」を増やしていきましょうということを伝えています。
「いい会社」とは本業を通じて社会に貢献する会社のことです。モノ、サービスを増やして同業他社とつばぜり合いをするような会社ではなく、その会社に関わる人たちが喜び、幸せを感じる、結果として社会の質がより良くなるような会社が、「いい会社」だと思っています。
鎌倉投信の和室の会議室ー投資家との会合もこの部屋で開かれる。
撮影:佐藤茂
4%リターンの意味
BI JAPAN:投資企業の選択と投資リターンのターゲットは?
鎌田社長:目標とするリターンは、信託報酬控除後で4%としています。4%は決して高い数値でもなく、低い数値でもないです。下落リスクを抑えながら、安定的に結果を出していく。実績でいうと年率換算8.4%です。
その根拠になるのが、投資をしている企業の成長性なんですね。毎年10%伸びる会社ばかりではなくて、様々な発展段階にある企業に投資し、全体としてみると5%〜7%の安定成長するような組み合わせにしています。
そういう投資先の会社と最終投資家の皆さんとの接点を増やしています。会社訪問に行ったり、投資先企業の経営者に講演してもらったり。
また、「受益者総会」と呼んでいますが、最終投資家の皆さんと投資先企業、そして運用会社である私たちが一堂に介して、運用報告をやったりするんです。そうすると、自分のお金の行き先が見えます。投資ですから自分のお金を増やすことが目的ですが、結果として企業活動を通じて経済価値や社会価値が生まれているわけです。それが企業の存在価値ですから、そこに関心を持ってもらいたい。
鎌倉投信の投資のリターンの定義は、「資産形成」「社会形成」「心の形成」の掛け算です。お金を増やすことが目的だけれども、「いい会社」を増やして、社会の質を高めて、そこに関心を持ってもらう。「資産形成」については、実際に数字で結果を出しながら、「社会形成」については「いい会社訪問」で現場に行ったりして感じてもらう。株価とか為替とか価格のさや取り、いわゆるマネーゲームによる勝ち負けの世界ではなく、投資本来の役割、すなわち経済的価値や社会的価値を増幅させるための潤滑油であることを感じ取ってもらいたい。
「人」「共生」「匠」で選ぶ
BI JAPAN:鎌倉投信が投資する企業の選び方は?
鎌田社長:鎌倉投信が投資先企業を銘柄選択する際、選定評価の軸は40項目くらいあります。それを3つに大別すると、「人」「共生」「匠」。人の強みを活かせる会社、共生は循環型社会を創れる会社、匠は独自の技術やサービスを持っている会社。この3つのテーマが本業の利益性、事業性を上げ、結果的に社会的価値(ソーシャル・バリュー)につながる会社を選びます。
「投資の役割は経済的価値や社会的価値を増幅させるための潤滑油」と語る鎌田社長
撮影:佐藤茂
BI JAPAN:投資している具体的なセクターは?
鎌田社長:多くの運用会社は一つの産業分野を見て、株価が高いとか低いと評価しますね。例えば、自動車産業であれば、トヨタ、日産、ホンダを見て、どこが割安で、どこが成長性が高いと評価します。私たちは産業分野を見てもあまり意味がないと思っています。鎌倉投信は、社会的課題の解決を軸に企業を観ます。こういう社会的課題を克服しないと日本は発展しないよねとか、働く人のやる気を上げないと生産性は上がらないよねとか。
BI JAPAN:時価総額の小さな企業にフォーカスしているのはなぜですか?
鎌田社長:フォーカスしているのではなく、社会の質的転換を図っていくという独自の銘柄選択基準に照らした結果として、どちらかというと大企業ではなくて、時価総額でいうと500億円以下の中小企業が、投資先の7割を占めています。また、東京や大都市圏に集中しないように、地方の企業へも分散投資しています。なぜ、鎌倉投信がこの企業に投資しているのか、投資家の方々に分かっていただきたいですね。
現在、61社に投資をしていて、55社が上場企業です。大企業への投資は全体の10%弱です。非上場の企業へはその企業が発行する社債に投資をしています。金融や電力、ガス、建設などの規制の強い業界への投資はあまりしていません。
株の全売却はしない
BI JAPAN:投資ポートフォリオを変えるタイミングは?
鎌田社長:残高調整はリスク管理の観点からやりますけど、鎌倉投信は、一度投資をして、その企業の株価が上がったからといって全売却をして、次の銘柄に乗り換えるということはやりません。投資している会社と投資家の方々には、原則として全売却(投資対象から外すこと)はしませんと伝えています。「いい会社」が「いい会社」であり続ける限り全売却はしません。
たとえば、経営難にある東芝を観ていると、成熟した経済を背景に、大きな企業がより大きくなることの難しさを感じます。グローバル市場ではコンペティターの数は多い。今、日本にある大企業は高度経済成長の中で生まれた企業が多く、経営の理念が薄れている会社もありますね。それが求心力を低下させてしまう。そして会社の理念が薄くなれば、新たな価値を創ろうとするインセンティブが働きにくくなってしまいます。規模の小さな会社であれば、伸びシロを見つけやすいかもしれませんね。
BI JAPAN:これから運用資産を増やしていこうと思いますか?
鎌田社長:明確な目標はありません。「結い 2101」には運用可能な適正規模があります。現在の「いい会社」の数と小型株が多いことを考えれば、何千億を運用するということは無理だと思います。投資できる会社の数と一社あたり投資できる金額の掛け算で、この投資信託の規模が決まってきます。やはり500億円から1000億円の間くらいだと思っています。
鎌倉投信のお客様のうち、約60%が積立投資家で、毎月1万円〜5万円の定期積立をする方。残りの約40%が自分で購入タイミングを見ながら投資をする方。個人投資家の70%は現役世代。彼らは比較的に社会的意識が高いですね。単にお金を増やすことだけを目的にしていない人は結構いるんですよね。いいことにお金を使いたいと考えるんですね。
結果的に長い投資になる。そういうことに共感する人たちが増えると、鎌倉投信のお客様がこれからもっと増えてくるのかなと思います。
「お金の中でお金を生み出すという収益至上主義は決して持続的ではない」と語った鎌倉投信・鎌田社長。
撮影:佐藤茂
鎌倉投信の「結い 2101」が投資する主な「いい会社」
- トビムシ —— 地域活性化と林業再生を担う会社
- サイボウズ —— 多様な働き方を認め、個人が自立した組織を目指す会社
- ユーグレナ —— バイオテクノロジーで人と地球を健康にすることを目指す会社
- カヤック —— IT技術で地元鎌倉に貢献するいい会社
- マザーハウス —— 途上国の可能性に光をあてる会社
- KOA —— 地球のことを真剣に考える会社
- スノーピーク —— アウトドア事業を通じて地域の伝統技術を守る会社
- アニコムホールディングス —— 理念を大切にする会社
- マニー —— やらないことを明確にしている会社
- ツムラ —— 人を大切にする会社
- カゴメ —— トマトもファン株主も大切にするいい会社
- 堀場製作所 —— 「はかる」を軸に技術発展を支えるいい会社
- ナカニシ —— 技術を大切にする会社
- ベルグアース —— 苗で農業改革を進める会社
- コタ —— いい会社を目指すいい会社
- オイシックス —— 安心・安全な食品を提供する会社
- タムロン —— ファンの多いニッチな会社
- リブセンス —— 利他の心を持った若き経営者が率いる会社
- SHOEI —— 契約会社がやる気を出せる会社
- ピジョン —— 「愛」を経営理念に掲げる会社
- HASUNA —— 本物のジュエリーでフェアトレードをする会社
- ユーシン精機 —— 赤字を出さない匠な会社
- ヤマトホールディングス —— 経営理念が脈々と受け継がれる会社
(鎌倉投信HPより)