NuAns NEO [Reloaded]。独自性が高く、個性を演出できるデザインが特徴のSIMフリースマートフォンだ。
ちょっと変わったスマートフォンが6月上旬、発売になる。その名前は「NuAns NEO [Reloaded]」(ニュアンス・ネオ・リローデッド)。発売するのは、家電メーカーでも携帯電話事業者でもなく、スマートフォンのケースやケーブル、周辺機器などを販売する「トリニティ」という小さな会社である。全社員20人程度にすぎない彼らがなぜ、マスプロダクトの代表格のようなオリジナルのスマホを作れるのか? この仕組みを分析すると、「メーカーとはなにか」という言葉に対する答えが見えてくる。このスマホがどんな完成度なのかを、出荷直前の製品から探ってみよう。
「意気込みさえあればメーカーになれる」は本当なのか?
スマートフォンは複雑な機器で、巨大資本を持つ大メーカーしか作れない……と思っている人も多いが、今やそういう時代ではない。香港・台湾・深センあたりにはスマートフォンの設計や生産を受け持つ企業(業界一般には「EMS=電子機器受託生産メーカー」と呼ばれる)が増えており、彼らの協力を得て、多少の資金さえあれば、文字どおり誰でもスマホメーカーになれる。これが2017年現在のモノづくりの現実だ。
そうした時代に問われるのは、「作れたとして、実際に大きなヒットを出せるか否か」。どこでも作れるものはどこでも買えるものであり、差別化ができない。差別化できないものは価格競争くらいしかやることがない。価格競争で戦えるのは、それこそ大メーカーのようなごく限られた企業だけだ。
トリニティ・星川哲視社長は、こう話す。
「スタンダードモデルを買い付けてくるのではオリジナリティがなく、価格のみの競争となるため当社が販売する意味はまったくない。スマホメーカーになりかったわけではない。我々としてはiPhone以外に欲しいと思える端末が少ないという状況を打破したかった。最終的に自分たちで作るしかないとの結論からスマートフォンに至ったので、すべてを新しく作らないと存在意義がない」
適切なパートナーを選んで立ち回れば、オリジナリティの高いスマホがゼロから作れるのが、今の「スマホ作り」なのである。
トリニティは、価格が4万5000円以上の「プレミアム」かつ「SIMフリー」なスマートフォンの市場を狙う。日本の場合、この分野の市場規模は15万台から20万台とみられている。トリニティは、製造するスマートフォンの台数を公表していないが、全体の市場規模から判断しても、その数は「数万台」規模だろう。台数的に見れば、大手メーカーの足下にも及ばず、国際的にもインパクトはない。だが、今は適切なパートナーを選べば「作れる」。外装の加工などについても、同社がこれまでにスマホケースのビジネスで関係を構築した企業とも連携して生産に取り組んでいる。
"デザインで差別化する"という点は、パッケージにも現れている。 スマホの箱は四角く白いものである場合が多いが、よりおしゃれな形状で、中身を出してしまった後は貯金箱として使える……という工夫もある。スマホケースメーカーとして消費者を見てきたノウハウが生きている。
とはいえ、トリニティは社員20人以下の小さな企業であり、余裕があったわけではない。「先行投資も含め、負担だった」(星川社長)という。その中で、できる限り外部のリソースを使い、少数精鋭であたることでリスクヘッジを行なっている。
「デザインだけでなく、機能面でも十分な仕上がり。前機種の数倍の販売が見込めるのでは」と星川社長は自信を見せる。実際、完成度は十分だ、と筆者も感じる。機能的にも、いわゆる格安スマホとは一線を画している。 あとは、彼らが狙う「デザインでの差別化」を消費者が理解し、ファンになってくれるか否かだ。
ケースを変えて個性を演出、新モデルでもあえてデザインは変えず
NuAns NEO [Reloaded]の基本的なところを確認しておこう。本機は、SIMフリータイプのAndroidスマートフォンだ。SIMフリーのスマホというと「格安スマホ」というイメージもあるが、NuAns NEO [Reloaded]はそうではない。本体価格は4万9800円(税込)、これ以外にケース(この点は後述する)を買うのが基本なので、5万5000円程度が、実質的に必要な予算になる。
リローデッド(再装填)の名前でわかるように、NuAns NEO [Reloaded]はある種のリニューアル版である。元になったのは、昨年発売されたWindows10 Mobile搭載スマートフォン「NuAns NEO」だ。このシリーズの最大の特徴はデザインとそれを実現する機構であり、その点ではなにも変化がない。サイズもデザインも、ごく一部を除き同じだ。そこを変える必要がなかったからだ。
NuAns NEO [Reloaded]の特徴であるデザインは「背面を自分でカスタマイズできる」ことだ。自分で好きなスマホケースを選んで個性を演出する……という人も少なくないだろう。トリニティはスマホケースメーカーらしく"着せ替え"から着想し、スマホの外装(カバー)を取り替えられるようにした。カバーは上下で2分割されていて、上下で別々の素材のものをつけられる。だから、同じ製品なのに、カバーの選択によってずいぶんイメージの違うスマホにすることができる。
(「ストーン×コルク」「ストーン×パンチングスウェード」「コルク×パンチングスウェード」に入れ替え。ずいぶんイメージが変わる。)
初代モデルとサイズが変わっていないのは、カバーを変えるというコンセプトと交換用カバーをそのまま引き継ぐためでもある。角の丸い形状と交換カバーによる個性の演出、という要素は、初代モデルが出て1年以上経った今でも新鮮だ。今回撮影に使っている機材で利用している「ストーン」「コルク」「パンチングスウェード」の3つの素材は、新しく用意されたカバーだが、昨年発売されたモデルでも問題なく使える。
本体側面は少々分厚いが、握りやすい丸みのあるデザインだ。
底面。電源コネクターにはUSB Type-Cを採用。コネクターのセンターを揃えるくらいデザインにこだわった。
こうした構造もあって、NuAns NEOは厚みが11.3mmあり、今時のスマートフォンにしては分厚い。だが、持ちやすいデザインもあって、その点が気になる人は少ないだろう。"薄さ"というのは持ちやすさ・デザインとのセットで語られるべきもので、薄さだけを競ってもしょうがない。5インチのディスプレイ、持ちやすいデザイン、個性を演出できるカバー、というコンセプトがNuAns NEOの軸で、そこに興味が沸くか否かが、このスマホを選ぶかどうかの分かれ目でもある。
OSをAndroidに。おサイフに防水に指紋認証と中身は完全リニューアル
このコンセプトは1年前から続くもので、従来のWindows10 Mobile版と共通だ。ただし、1年前に登場した製品は一部で話題にはなったものの、大きなヒットには結びついていなかった。トリニティの星川社長は「初動としては非常に高い需要があり、当初2カ月ほど在庫が足りなくなるほどだった。しかしながら、その後はアプリの普及状況が思わしくないことから、伸びなかった。ビジネスとしては、ギリギリ赤字にならない程度だが、成功したとは言いがたい状況だった」と話す。
旧モデルはWindows系OSだったが、Androidへと変更。より普通の人にも手を出しやすくなった。
そこで、リニューアル版にあたるNuAns NEO [Reloaded]では大きな変化が生まれた。OSがAndroidに変わったのだ。
初代NuAns NEOは、OSにWindows10 Mobileを使っていた。Windows PCとの連携の良さなどの利点はあったが、シェアが低く利用者の少ないOSであるがゆえに、「使いたいアプリが動かない」「操作がわかりづらい」という問題もある。トリニティが行ったアンケートによれば、購入を希望する人の95%が「OSとしてAndroidを望んだ」(星川社長)ということもあり、OSにはAndroidが選ばれた。1年の時間が経過し、OSも変わると、製造時に選択できる機能・パーツも変わる。
本体下部のボタンには指紋センサーを内蔵。指を当てるだけでロックが外れる。
SIMフリースマートフォンとしてはまだ少ない「おサイフケータイ対応」機。メインのスマホとして使える要素を整えた。
生活防水になったので、SIMカード・microSDカードのスロットには防水カバーがついた。
NuAns NEO [Reloaded]は、非接触通信機能FeliCa、要は「おサイフケータイ」としての機能を搭載し、ディスプレイも5インチ・1280×720ドットから、5.2インチ・1920×1080ドットになった。指紋認証機能もついた。しかも、生活防水だ。カメラも高画質化している。
デザインはほとんど変わっていないものの、ハードウエア的には「同じ部品がひとつとしてない」(星川社長)ほど変化しているという。
「素のAndroid」かつ「モバイルSuicaで電車に乗れる」快適さ
デザインはカスタマイズできる一方で、使用感はNuAns NEO [Reloaded]はびっくりするくらい「普通のAndroidスマホ」である。特別なカスタマイズは一切ほどこされていない。カスタマイズの手間を省くこと以上に「OSのアップデートに素早く対応する」ための工夫でもある。Androidそのものがバージョン「7.0」以降完成度を高めており、それがそのまま使い勝手の良さにつながっている。動作速度の点も問題ない。
モバイルSuicaを登録し、電車に乗ってみた。もちろん問題なく使える。
初代モデルでは、本体のケース内にSuicaカードの実物を挟み込んで「疑似おサイフケータイ」的に使えた。NuAns NEO [Reloaded]では、待望のおサイフケータイに対応したため、Suicaもカードを入れることなく「モバイルSuica」として使える。きちんと電車にも乗れたし、買い物もできた(従来の、物理カードを内蔵できる機構も残っている)。
おサイフケータイに対応するスマホはもはや珍しくないが、独自開発のSIMフリーAndroidスマートフォンでは、実はこれが初めての対応(!)である。FeliCaとそのサービスを提供するフェリカ・ネットワークスがSIMフリー向けに機能提供を開始したタイミングに合わせ、NuAns NEO [Reloaded]が対応したために実現した機能である。
フェリカ・ネットワークスは、SIMフリースマホの市場拡大をにらみ、SIMフリースマホを提供する企業へと「おサイフケータイ機能」を提供するタイミングを見計らっていた。フェリカ・ネットワークスが選定したパーツを使い、同社が提供するソフト群を使う前提ならば、おサイフケータイ機能の搭載は比較的容易になってきている。
一方のトリニティは、初代NuAns NEOの時代から、「メインのスマホに選んでもらうには、おサイフケータイの機能が必要」と考えていた。しかし、当時はSIMフリースマホに提供する準備が整っていなかった。また、OSとしてWindows10 Mobileを選んだがゆえに、フェリカ・ネットワークス側がソフトウェアを準備しておらず、そもそも対応できなかった……というのが実情だ。
しかし今回は、OSにAndroidを変えた上に、フェリカ・ネットワークス側の戦略タイミングとも合致したのだ。
おサイフケータイアプリ。Suicaの他、WAON・nanacoなどおなじみのサービスの名前が並ぶ。
iPhoneのApple Payによる対応とは異なり、Suicaの他にも「WAON」や「nanaco」も使える。他のAndroidで使えるおサイフケータイとほぼ同じサービスなのだが、ANAとJALの航空券になるアプリだけは使えない。
機能面で気になったのは、指紋センサーが少々鋭敏で、誤認識が多いところだろうか。指を傾けたり横に向けたりして認識させればかなり改善されるし、仮に認証に失敗してもパスコードで認証すればいいわけで、さほど大きな欠点ではない。
自分の印象的には、「いまどきのAndroidスマホの中でも、十分に安心して使える要素を備えた製品」というところだろうか。
日本の大企業的モノづくりへのアンチテーゼとなるか
冒頭で書いたように、スマホを作るのに、もはや企業規模は関係ない。だから、差別化できないがゆえに、スマホからは手を引く企業も現れている。とはいえ、スマホの差別化とは「機能」だけではないはずだ。デザインも含めた「製品思想」こそが本来の差別化の軸である。それを考える能力では、大手も零細も変わりない。
スマホ製造メーカーの拡大は、やる気のある企業にとっては大きな福音だ。もちろん、サポートや物流、品質保証などの点では、大企業の方が有利である。数万から十数万台の規模とはいえ、トリニティのような規模の企業にとっては大きな「挑戦」であることに変わりはない。
では、大手企業が挑戦しないのはなぜなのだろう。大きいがゆえに、より多くの数を売らなければいけない、というジレンマを抱えてしまうからだ。大手企業にとっては、そのジレンマを超えることこそが「挑戦」になっているが、現状の皮肉さと言えはしないだろうか。
(*編集部より:誤解を招く表現との指摘が読者の方より寄せられましたため、初出時の表現から「独自開発のSIMフリーAndroidスマートフォンでは」に改めました。2017年6月1日18時45分)
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」、「ソニー復興の劇薬」、「ネットフリックスの時代」、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。