連合国軍側の死傷者は22万6386人にのぼったが、第2次世界大戦における連合国軍の勝利を決定づけた。
Peter Macdiarmid/Getty Images
6月6日は「D-デイ」、1944年のこの日、後に史上最大の作戦と呼ばれることになった「ノルマンディー上陸作戦」が決行された。上陸からパリ解放までの作戦全体のコードネームは「オーバーロード作戦(Operation Overlord)」。
この作戦には、カナダ、アメリカ、イギリス、オーストラリアの部隊が参加し、5000隻近くにのぼる上陸用舟艇でノルマンディーに上陸した。その様子は、『史上最大の作戦』『プライベート・ライアン』といった映画にも描かれている。
連合国軍の死傷者は22万6386人にのぼったが、第2次世界大戦における連合国側の勝利を決定づけた。この上陸作戦の結果、ドイツ軍は西部戦線、東部戦線の2つの戦線を抱えることとなり、兵力が分散されることになったからだ。
だが、D-デイは同時に、多くの人命を奪い、戦場となったフランスに甚大な被害をもたらした。
Gettyのフォトグラファー、ピーター・マクダイアミッド(Peter Macdiarmid )氏は、1944年当時に撮影された写真と、70年後の同じ場所の写真を組み合わせた。ユニークな写真でD-デイを振り返る。
2014年5月8日:ジュノー・ビーチの風景に、1944年6月6日の写真を合成。カナダ人兵士が2人の将校を含むドイツ軍捕虜を連行している。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月7日:サント=マリー=デュ=モン村の水汲み場。1944年6月12日にはアメリカ兵が立っていた。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月7日:サン=ローの路上。70年前には米軍のトラックやジープが行き交っていた。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月6日:オック岬。ドイツ軍捕虜の横で星条旗が翻る。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月6日:トレヴィエールの町の広場。1944年6月15日の日常。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月5日:ベルニエール=シュル=メールにある教会。カナダ兵が交通整理をしている。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月5日:ジュノー・ビーチ。カナダ第3歩兵師団の上陸地点。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月5日:カーン市バイユー通り。1944年7月10日、住民が見つめる前でカナダ兵がブルトーザーで壊れた建物の撤去作業をしていた。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年5月5日:バリーの教会墓地。カナダ第3歩兵師団第23野戦病院所属の3人の兵士が花を供えている。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年4月5日:イギリス・ウェイマスの海岸通り。米軍部隊がオマハ・ビーチを目指す上陸用舟艇に乗り込むために行進している。
Peter Macdiarmid/Getty Images
2014年4月5日:イギリス・ウェイマス。米軍部隊を乗せた多数の船が待機していた。
Peter Macdiarmid/Getty Images
[原文:These haunting photo overlays capture the horrors of D-Day]
(翻訳:十河亜矢子)