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米メジャーリーグではフィールド上だけではなく、他のエンターテイメント施設に打ち勝つために様々なフィールド外の戦いが繰り広げられている。ミレニアル世代を取り組むための戦略、そして新たな選手に与えられた珍インセンティブに迫ってみる。
ファンは選手に直接貢献
ワールドシリーズ制覇まであと一歩届かなかったクリーブランド・インディアンズは、今シーズン開幕から多くのファンを球場に呼び込んでいる。
5月中旬時点ではすでにシーズンを通してのチケットの売り上げが140万枚を超え、昨シーズンの同時期に比べるとすでに50万枚も売り上げがアップ。昨年140万枚に達したのは8月1日、2015年にまで遡ると、140万枚に達したのはシーズン終盤の9月14日だった。
今シーズンはホームゲーム25試合を終えての観客動員数はまだ約53万人だから、多くのファンが夏場以降のチケットをすでに購入していることになる。
私もこの球団でインターンをしていたのは、ニューヨーク・ヤンキースやボストン・レッドソックスとプレーオフで激闘を繰り広げた翌年の2008年だった。当時観客動員数は年間約217万人、62.5%しか達していなかった。観客総動員数、1試合平均の観客数共にメジャーリーグ(MLB)全体で22位。
なぜ今シーズンはファンが事前にチケットを購入する現象が起きているのだろうか?
クリーブランド・インディアンズが仕掛けるミレニアム世代を取り込む戦略を見ていこう。
昨年は夏場の6月17日から7月1日まで14連勝を記録した辺りからチケットの売り上げは大幅にアップしている。夏の好調そのままにプレーオフでも勝ち続け、ワールドシリーズ第7戦までもつれ込む球史に残る戦いを演出した。勝利がもたらす好循環からオフにも積極的な選手補強をし、トロント・ブルージェイズのエドウィン・エンカルナシオンをFAで獲得した。
エンカルナシオンの契約にはホームの観客動員数が200万人を越えれば、100万ドル(約1億1115万円)のボーナスが発生するインセンティブが盛り込まれていた。
ファンは球場に足を運ぶことで直接選手に貢献できる。この数字にシーズン終盤近づくことができれば、新たな盛り上がりを生み出すこととなるかもしれない。
ここでしか味わえない地ビール
2009年新ヤンキースタジアムがオープンした際には、2000ドル(約22万円)もする高額な座席が話題を呼んだ。だが、野球観戦に豪華過ぎるその席は空席が目立つ時期もあり、クリーブランド・インディアンズは座席そのものを売り物にしない全く違った戦略でミレニアム世代を取り込んでいる。
ライト側に位置している「The Corner(ザ・コーナー)」というバーで試合を観戦できる「The District Ticket(ザ・ディストリック・チケット)」は13ドル(約1450円)。立ち見席でドリンクが付いてくるチケットだ。
コンサートやスポーツ観戦で、立見で時間を過ごすのは理想ではないとされてきたが、インディアンズのホーム球場であるプログレッシブ・フィールドではその考えを覆した。
立ち見席はファンがグループごとに自由に野球観戦を楽しむ空間となり、この空間で若い世代が作り出すエネルギーが球場全体の雰囲気作りにもつながっている。
そして野球観戦に欠かせないのはビールだ。
ビール好きが納得する多数の地ビールが、プログレッシブ・フィールドでは提供されている。地ビールブームが訪れた1980年代以降に生まれたのが、ミレニアルと呼ばれる世代。ライト側にあるバーには、80以上のビールが用意されており、そのほとんどが地ビールである。
この球場でしか飲むことのできないビールを提供することも球団の戦略の一つ。この戦略が功を奏してか金曜日、そして土曜日のチケットはほぼ完売が続いている。ここでしか味わえない「体験」が、球団として思い描いていたファン同士を引き寄せるマグネット的な場を作っている。
ライバルはバスケや多数のエンタメ
クリーブランドのダウンタウンでは2000年以降、25歳から34歳までの人口が76%も増加している。
この若い世代を獲得するためにさまざまなエンターテイメント施設がアイデアを出して、試行錯誤を繰り返している。バーやレストランだけではなく、これまでは買い物をするだけの場所であったスーパーマーケットまでもが、ワインティスティングやイベントを開催し、若い世代を巻き込んでいる。
家の中で楽しめるエンターテイメントも日々充実度を増している。映画館に足を運ばずでも、オンラインストリーミングの進化により自宅には多くの選択肢が溢れている。
そして同じスポーツ業界でもクリーブランドを本拠地とするプロバスケットボールチームのキャバリアーズは昨年優勝を果たし、リーグを代表するチームとなっている。インディアンズのシーズンが開幕する4月頃は、ちょうど隣のアリーナを本拠地とするNBAのキャバリアーズの戦いが架橋に入る時期だ。
冬は極寒ともいえる地域では、夏の野球観戦には自然と多くの人々が足を運ぶ。だが本当の戦いはクリーブランドに寒い空気が流れ始めるシーズン終盤だろう。そこで隠し球のような可能性を秘めるのが、前述のエンカルナシオンに対するインセンティブをミレニアルに刺さるような企画として利用し、シーズン終盤の戦いを盛り立てていくことなのかもしれない。
球団も心を大にして人を呼び込むツールとして使い、発生してしまうインセンティブ以上の見返りを得ることができれば、寒さを吹き飛ばし、みんながハッピーになれる隠し球となるだろう。
新川諒:オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。