ピーター・ティールがトランプ支持の本当の意味——テクノロジーが政治を飲み込み始めた

ピーター・ティール

ピーター・ティールは大統領選中からトランプ支持を打ち出した。

Alex Wong / Getty Images

オーケー、ついにピーター・ティールについて僕も担当編集者として総括しなければならない時がやってきたようだ。つまり、トランプを支持したティールをどう受け止めればいいのかについて──。

彼の著書『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)の邦訳刊行直前の2014年夏、実は編集部からオファーしていたメディアインタビュー依頼に、ティール側が「1本だけ受ける」と言ってくれたことがあった。ただ、本もまだ出ていなかったその当時、日本の大手メディア(「最も影響力のある媒体で」という注文付きだった)で彼のことを知る人はほとんどなく、結局実現しなかった。それほど日本では“カルト的”存在だったティールが、翌2月には来日ツアーを果たし、春には『ゼロ・トゥ・ワン』がその年のビジネス書大賞を授賞すると、「シリコンバレー最重要人物」「スタートアップ界のレジェンド」として日本のメディア/テック/ビジネス界で一躍注目されるようになった。そう、今からちょうど1年ほど前、彼が「トランプ支持」を打ち出すまでは……。

「エスタブリッシュメントからはゼロイチは生まれない」

ティールがリバタリアンであることは有名だけれど、そもそも日本では政治的な対立軸としてのリベラル(民主党)とリバタリアン(共和党右派)はあまり理解も意識もされていない。ただ、メディア企業が圧倒的なリベラルの牙城であることは日本もアメリカも変わらない。だから、これまでさんざんティールを持ち上げていた論調は、トランプが予備選に勝ったころから日本でもピタリと止まった。

かくいう僕もその1人だ。邦訳刊行直後に、僕はあるメディアで「エスタブリッシュメントからは、ゼロイチは生まれない」というお題で『ゼロ・トゥ・ワン』の紹介記事を書いていた。大統領選が民主vs共和ではなくエスタブリッシュメントvs非エスタブリッシュメントの様相をいよいよ見せ始めるにつれ、僕の困惑もますます深まっていった。でも正直に言えば、「どうせ本戦でトランプが負けるまでの話」だとも思っていた。

橋渡し役としてシリコンバレーの最重要人物に

『ゼロ・トゥ・ワン』の要諦は「誰もがAだと信じているけれど真実はB」である「隠れた真実」を見つけろ、という「コントラリアン(逆張り)」の思想だ。リベラル一色なシリコンバレーのテック企業の中で、唯一逆張りでトランプを支持したティールは、文字通り一人勝ちを収め、新政権とシリコンバレーの橋渡し役という貴重なポジションに立った。ある意味、ティールは本当に「シリコンバレー最重要人物」になったわけだ。

同書にはティールがなぜトランプを支持したかのエッセンスがすべて詰まっている(トランプの選挙陣営で“バイブル”として読まれていた)。でも2017年の今問うべきは、「なぜトランプを支持したか」ではもうないはずだし、ニューヨーカー誌のライターが書いて全米図書賞を獲った『綻びゆくアメリカ』によれば、ティールの共和党支持は、彼がレーガン政権の保守主義に感化されてリバタリアンになった10代のころから変わっていない。

「二進法の世界」だけは規制を免れてきた

生粋のリバタリアンであるティールにとって、諸悪の根源は政府による規制にある。彼が「明確な未来を描けなくなった時代」という1973年以降、目覚ましいイノベーションが起こったのがコンピューターと金融の業界だけだったのは偶然ではなく、エネルギーや食料、製薬業といった他のすべての産業が既得権益と規制でがんじがらめの中、唯一、「二進法の世界」だけは規制を免れてきたからだ。『綻びゆくアメリカ』で著者のジョージ・パッカーはこう書いている。

「情報化時代は確かに到来したが、ユートピアは現れていない。自動車も鉄道も飛行機も、1973年と比べてたいして変化していない。原油や食料の価格高騰は、エネルギーと農業分野における技術革新が失敗したことを意味する。コンピューターは中産階級の暮らしを支えるだけの雇用を創出せず、製造業や生産性にイノベーションをもたらすことも、各階層の生活水準を向上させることもなかった」

「政府の失敗」と取り残された労働者や貧困層

食料や医療やエネルギーといった人々の生死や貧困の撲滅や生活の向上に直結する分野でイノベーションが起こらずに、その結果が『ヒルビリー・エレジー』に描かれるような、繁栄から取り残された労働者たちだとするなら、そもそもテクノロジーの進歩になんの意味があるだろう? 『綻びゆくアメリカ』の中でティールはすでに、取り残され分断された労働者や貧困層のことを指摘しながら、「政府の失敗」を鋭く突いていた。社会が政府の規制でがんじがらめな時に、イノベーションがいかに不発に終わるかといった事例を探すのに、僕ら日本人はわざわざ国外に目を向けなくてもいいはずだ。そしてついにティールは、そこに本格的な戦争をしかけたわけだ。

演説するピーター・ティール

ティールは10代の頃から、共和党支持だと言われている。

Jeff Swensen / Getty Images

逆転する政治とテクノロジー

僕は、今回のティール参戦は、もはやリベラル対リバタリアンといった枠組みを超えて、「政治」と「テクノロジー」の立場が逆転する、象徴的な出来事として捉えるべきだと思っている。つまり、これまで政治がテクノロジーをなんとか統べてきたとすれば、その時代の終わりの始まりがついにやってきたのだ。

ティールの有名な言葉に「空飛ぶ車を夢見ていたのに、手にしたのは140文字だ」というものがある(正確に言えば彼の投資ファンドであるファウンダーズ・ファンドのサイトに掲げられた)。そこには、かつてのアポロ宇宙計画や超音速ジェット機のようには、テクノロジーがもはや社会の大きな革新に寄与していないという「テック・スローダウン」の思想がある。時価総額で世界一をひた走るテック企業に対してもティールは手厳しい。かつて彼は、ジーンズのポケットからiPhoneを取り出してこう言った。

「僕には、これがイノベーションだとは思えない」

今ならAIによるバトラー・サービス競争を指して、きっと同じことを言うはずだ。

「公共」を担う西海岸の私企業

これまで「公共」が担っていたどれだけ多くの機能が、いまや西海岸の一私企業によって担われているだろう。かつてなら国や地方の行政が道路や橋といったインフラを作ることで、村と村を結びつけ新たなコミュニティと経済圏を作り上げていた。いまや、世界規模で人と人、コミュニティとコミュニティを結びつけているのはフェイスブックだ。世界中の情報と知識を無料で提供しているのは国の教育ではなくグーグルだ。

ティールは国や中央銀行の通貨発行権を奪おうとペイパルを始めたけれど、いまやブロックチェーンの技術でそれは現実になろうとしている。社会的弱者や貧困を救うために、行政には所得再分配の機能があるけれど、社会的正義をダイナミックに実現しているのは今やゲイツ財団であり、ザッカーバーグの財団、LLCであり、テクノロジーを使った「効果的利他主義」のムーブメントだ。公衆衛生? 心配しなくてもいい。数多のスタートアップがあなたの寿命伸長とウェルビーングの面倒を見てくれるようになるだろう。

なぜザッカーバーグは治療法開発に私財を投じるのか

有名なWIRED誌の初代編集長ケヴィン・ケリーに言わせれば、デジタルテクノロジーによる脱中央集権化、分散化、民主化は「不可避」なトレンドだ。それはリバタリアン的世界観にも通じるけれど、シリコンバレーのリベラル寄りのテック企業も軒並みそれを担っている点で、これはもはや政治の対立軸というよりも、政治そのものが飲み込まれようとしている大きな流れだと言える。たとえば「ザッカーバーグは選挙で選ばれたわけじゃないのに、なぜビジネスだけじゃなくて貧困や平和とか言ってるんだ?」という批判は常につきまとう。でも5兆円とも言われる私財を「あらゆる病気の治療法を開発する」ことに使うのは悪いことではないし、世界で最も成功したビジネスパーソンがそれを運用するよりも、民主主義的な選挙で選ばれた政治主体が運用するほうがより良いパフォーマンスを出す保証は、もはやどこにもない。

そしてティールはこの「テクノロジーが行政から奪い取る機能」のリストに、人間を貧困や労働や死そのものから解放するための、さらなる0→1のテクノロジーを加えようとしているのだ。彼がこれまでに海上独立国家や寿命1000歳や宇宙開発に投資してきたのは、一見博打のように見えて実はその時点で一番現実的な選択だったからだ。というのも、その分野はまだ新しすぎて政府の規制が及んでいない分、0→1のイノベーションが可能な分野だからだ。だからこそ、政府に先んじて、規制のないうちに大きなイノベーションを起こさなければならない。

トランプ大統領とピーター・ティール

ティールはシリコンバレーの経営者と政権を橋渡しする役割を担っている。

Drew Angerer / Getty Images

政府とのビッグディールなくして0→1はない

ティールの若者向けスタートアップ・ファンドを紹介するアレクサンドラ・ウルフの近刊『20 Under 20 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々』には「必要なのは許可か、謝罪か?」という章がある。かつてテック企業が規制当局とぶつかるのは独禁法に抵触したからだった。それがいまではAirbnbやUberをはじめ、破壊的イノベーションのどれもが既存の既得権益を侵害してまっさきに当局とぶつかることになる。だからスタートアップにとっては、予めロビイングして許可をとっておくか、あるいはステルスで市場を席巻してデファクトスタンダードになってからグレーや真っ黒な規制違反を謝るか、といった選択を迫られるわけだ。実際、シリコンバレーでは今、政界とのコネクションを持つロビイストの需要が高止まりしているという。

『ゼロ・トゥ・ワン』の中で僕がとても印象に残っているのも、「それを作れば、みんなやってくる?」という営業の重要性を説いた章だ。華やかなスタートアップの世界ではとかくプロダクトに注目が集まるけれど、少なくともティールに言わせれば、営業はプロダクトと同等かそれ以上に重要だ。特に、スペースXでNASAと数十億ドルのディールを勝ち取ったイーロン・マスクを引き合いに出した「コンプレックス・セールス」の事例や、実際にFBIやNSA(アメリカ国家安全保障局)を顧客に持つ彼の企業パランティアは、政府機関と喧嘩をせず巧みにディールしていくティールのビジネスセンスと志向性を如実に表している。つまりは、マンハッタン計画やアポロ計画やアーパネットを引き合いに出すまでもなく、政府とのビッグディールなくして0→1のイノベーションはない、ということだ。

だがもうひとつのやり方がある。それは、規制破壊を厭わない大統領と一緒になって、「政治の機能をテクノロジー側に奪う」ことだ。それこそが、ティールが今回踏み出した一歩だと、僕は考えている。実際、トランプ就任後にティールはニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに答えてこう語っている。

「トランプが何でもかんでも変えてしまうと皆騒ぎ立てているけれど、私にとってのリスクは、トランプがあまりに少しのことしか変えられないんじゃないかというものです」

これまでは規制でがんじがらめの分野への投資を避けてきたというティールが、トランプ政権の政権移行チームで手腕を振るったのは、何もテック企業のCEOたちを招集してトランプと手打ちさせた会議だけではない。むしろあれは単なるショーに過ぎなくて、ティールがやりたいのは、政府とシリコンバレーの橋渡しといった予定調和な役割ではなく、テクノロジーと科学を政治から解放することなのだ。

ティールが仕掛けたトロイの木馬

そのために、ティールと数十年来の仲で彼のクラリウム・キャピタル・マネジメントの責任者だったケヴィン・ハリントンが国家安全保障会議(NSC)の上級スタッフとして送り込まれ、商務省の人事を握った。ZenefitsのCFOでペイパル時代からのティールの友人マーク・ウールウェイは政権移行チームに入って財務省の人事を差配した。同じくクラリウム・キャピタルのCFOでその後ティール・キャピタルのチーフスタッフも務めたマイケル・クラツィオスはトランプ政権のCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)に就任した。これはホワイトハウスにおいて科学やテクノロジー政策に関与する立場だ。ティールのミスリル・キャピタル・マネジメントの責任者で、不老長寿を研究するSENSE研究財団や海上都市Seasteadingのボードメンバーも歴任したジム・オニールは、FDA(米食品医薬品局)のトップ候補として名前が上がった。彼は、「企業は薬を売り出す前に臨床試験を行わなくてもいい」と言って物議をかもした人物だ。結局その人事は見送られたけれど、トランプは、新薬の承認のスピードを劇的に上げる規制撤廃方針を明確化した。

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Bill Ingalls/NASA / Getty Images

つまりこれは、ティールが仕掛けたトロイの木馬なのだ。内側から規制を撤廃させ、科学研究に予算をつけ(トランプは早速、「2030年代に人類を火星に送り込む」ために195億ドルの予算をNASAにつけた)、テクノロジーが自らイノベーションと進化を望むがままにさせるための──。

国家の主権は国境を越えないけれど、テクノロジーはやすやすとそれを越えていく。だからテクノロジーはアメリカの政治機能を奪うだけでなく、この日本で政治が担っていた機能をも同じように奪っていくと思っておいたほうがいい(もしいま、あなたがMacBookやiPhoneのスクリーンでFacebookやGoogleを使っているならなおさらだ)。その時、従来政治が担っていた「規制」という名のセーフティネットはどうなるのだろうか?

政治とは、国家とは何か

AIが進化してシンギュラリティが到来し、人類が滅亡するといったいまどきの議論があって、少なくとも欧米ではずいぶん真剣にそのことが議論されている。

たとえばAIについては、専門家たちが集まってAIの研究・倫理・将来の危険性について「アシロマAI 23原則」にまとめ、スティーブン・ホーキングやイーロン・マスクやレイ・カーツワイルらがそれに賛同している。もはや一国の政府や民意ではテクノロジーをコントロールできず、また国家という単位がますますアイデンティティの拠り所として内向きのナショナリズムを喚起する中で(国家とは結局のところ、ウェーバーの言うところの「暴力の独占」だけがその機能になるのかもしれない)、こうした動きが「政治という民意反映プロセスを越えたエリートの暴走」なのか、「政治という機能不全を回避した新たな地球規模での意思決定プロセス」なのかは、まさに「ティール的問題」として議論が分かれるはずだ(こうした会議を主導するのも、それにトランプの政権移行チームも白人男性ばかりだという事実も気に留めておいていい)。

だがメディアが「フェイク・ニュース」だ「オルタナ・ファクト」だと相変わらずリベラルな議論を続ける中で、いまトランプのアメリカで起こっていることは、そしてティールが目指していることは、つまりはそういうことなのだ。 (本文敬称略)


松島 倫明:編集者、NHK出版 放送・学芸図書編集部編集長。手がけた主な著書に、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』『ZERO to ONE』『限界費用ゼロ社会』『〈インターネット〉の次に来るもの』がある一方、世界的ベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた』の邦訳版を手がけて自身もトレイルランナーとなり、いまは鎌倉に移住し裏山をサンダルで走っている。

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