人気企業は変わらなくても、就活を取り巻く環境は激変した
撮影:今村拓馬
6月1日に選考解禁された今年の就職活動も終盤を迎えている。就活支援サービス各社の調査では、6月1日時点で2018年3月卒業見込みの学生の内定率はすでに6割超。文部科学省調べで、最終的に9割超の内定率に達した前年に引き続き、学生には売り手市場が続く。
志望業界は銀行や商社、官公庁や団体が根強い人気で、とくに文系では人気ランキングに登場する企業の名前は10年前、20年前、ともすると30年前とも大きく変わらない。日本は1990年代のバブル崩壊後から長い経済低迷時代に陥り、新興国経済の台頭やAI(人工知能)を始めとするテクノロジーの進化で世界の経済環境は激変している。にもかかわらず、学生や新卒の志向が変わらないのはなぜか。現場の声を追った。
1位は銀行、文系では3割も
ディスコキャリタスリサーチが2018年3月に卒業予定の大学4年生1295人に行った調査によると、文系理系の男女合わせた全体で、志望業界1位は銀行(19.7%)だった。とくに文系では3割近くの学生が志望する人気業界となっている。
文系男子は銀行/運輸・倉庫/総合商社、文系女子は銀行/保険/官公庁・団体の順で志望者が多かった。
理系男子では電子・電機、情報処理・ソフトウェア・ゲームソフトが上位を占め、理系女子も一番人気は医薬品・医療関連・化粧品と、理系では成長産業も登場するが、文系の銀行、商社人気は時代を超えて根強いものがあるという。
大学生の就職先希望を聞いたリクルート就職ブランド調査によると、1997年卒の文系ランキングは2位三井物産、3位三菱商事、4位東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)など上位20社に銀行と商社が9社もランクイン。30年前の1987年でも3位に三菱商事、5位に三井物産、6位に住友銀行(現・三井住友銀行)など上位20社に銀行・商社が5社入っている。今も人気の保険会社も5社と目立つ。
これは、2018年卒のキャリタスリサーチの「就職希望総合ランキング」で人気企業の上位10社にメガバンク3行、総合商社2社(伊藤忠商事、三菱商事)がランクインする顔ぶれと、大きく変わっていない。
1987年と1997年の文系学生の人気志望企業
出典:リクルート就職ブランド調査より
企業は働きやすさアピール合戦
キャリタスリサーチの武井房子上席研究員は、「大量採用する銀行やBtoC企業に人気が集中するのは例年のこと。基本的に大企業志向がある」と説明する。ただ、「3月の情報解禁後、すぐに説明会、面接を開始する企業が続出した。企業研究に時間をかけられなくなり、知っている会社に応募した学生は多い」という。
近年は学生の「安定志向」の高まりも感じられる。同社の「学生が就職先企業を選ぶ際に重視する点」調査によると、2011年時点で「仕事内容が魅力的」と答える就活生が45.1%でもっとも多かったが、この項目は年々低下。
2017年卒では「将来性がある」46.4%「給与・待遇が良い」41.9%の順に多く、2018年卒(予定)では、新たに加えた「安定している」が47.6%で首位に躍り出て、「将来性がある」43.9%、「給与・待遇が良い」36.7%が続いた。
この背景について、武井氏は「ここ数年は人手不足で、企業が採用目標を達成できないほどの売り手市場が続いている。例年以上に学生は会社を選べる立場にある」という。
電通の女性新入社員の過労自殺事件を受けて、学生側の「働きやすさ」への関心も高く「ホワイト企業がいい、という声が多く聞かれたのも今年の特徴。企業説明会は、企業の働きやすさアピール合戦となっています」(武井氏)。
国内メーカー総倒れで最後の砦
「大手で安定しているという面は大きい。何かやりたいことが他に見つかれば別ですが、終身雇用で定年まで勤めることを今は希望している」
総合商社に内定している慶應大学4年の男性(22)はいう。新しいことへの挑戦に魅力を感じないわけではないが、起業やベンチャー勤めは、リスクも大きいと考える。
メガバンクと大手保険会社から内定をとったという慶應大学商学部4年の男性は「外資系は成果主義で、いつ解雇されるかわからない。ベンチャーは自由でいいが魅力的なところが見つからなかった。長く働けて、生活とのバランスが取りやすそうな国内金融にした」という。
周囲も金融業界は圧倒的な人気で「手堅くて、ネームバリューもある。大量採用なので、とりあえず受ける」。
女性にとっては、ワークライフバランスのための制度が充実し、働き方の選択肢が多いことも人気の一つだ。都内の私立女子大の英文科を卒業し、今年4月からメガバンクの一般職で働く女性(23)は次のように語る。
「やはり安定したお給料が出ることと、一般職なら結婚して子どもを生んでからも両立しやすそうと考えて選びました。会社の名前をいうと周囲からは『すごいね』と言われますね」
3年前に都内の有名私立大学を卒業し、メガバンクのエリア総合職に就職した女性(25)は、銀行人気をこう分析する。
「私が就活していたときは、既に国内大手メーカーの将来性はほとんどない状態で、メガバンクは最後の砦でした。前だったらメーカーを志望していたような学生も流れてきた結果、相対的にメガバンクの人気が上がっているんじゃないでしょうか」
「AIやロボットに業務が代替されると言っても、銀行という、絶対に失敗の許されない巨大なシステムに導入するのは時間もかかる。現場レベルでは、当分はまず仕事がなくなることはないという感覚です」
就活取り巻く経済環境は激変
就活生の商社、銀行人気は相変わらずでも、若者を取り巻く日本の経済環境は激変している。
日経平均株価が、12月29日の大納会で3万8915円の史上最高値をつけたのが1989年。1989年の高齢化率(65歳以上人口割合)は1割超、生産年齢人口(15〜64歳)は約8590万人。理系の就職人気ランキング(リクルート就職ブランド調査)には東芝や富士通、ソニーなど総合電機が名を連ねていた。
先行き不透明な時代を、学生も感じている
撮影:今村拓馬
翌年のバブル崩壊を契機に、日本経済は長い経済低迷時代に入りこんでいる。
30年近くの時を経て、今年は6月に入って日経平均株価が2万円の大台に乗るなど、あたかも日本経済も明るさが戻りつつあるかのようだが、取り巻く環境や社会の構造はまったく異なっている。
2015年時点で高齢化率は26.7%と3人に1人が高齢者となり、生産年齢人口は1989年比で880万人以上減少。大阪府がまるごと消えるほどのインパクトだ。
1989年当時、理系の人気就職先として上位を占めた総合電機は東芝が経営危機に陥った他、かつての勢いはない。
2017年の株価好調を牽引するのは輸出の好調だが、頼みの中国経済は景気減速懸念が高まっている。将来深刻化する人手不足により、採用は新卒に限らず厳しくなり、有効求人倍率は上昇している。にもかかわらず、実質賃金は停滞している。明るい兆しは見えてこない。
「若者が少なくなることは企業もよくわかっているので、新卒獲得に必死」(キャリタスリサーチの武井氏)というほどの売り手市場だが、学生や若手社員も、時代の先行き不透明感を感じていないわけではない。
「IT化が進む中、正直メガバンクも将来は不安に感じる。語学力を含めて海外でも働けるスキルを身につけたら、3年程度をめどに、なるべく早めに出たい」
メガバンクに内定している有名私立大4年の男性(23)にとって、この就職は「ファーストステップ」だという。
「周囲を見ても二極化している。やりたいことが見つからないし、親も安心するのでとりあえず銀行という層。もう一方は、別の業種や国外への転出を想定しているからこその銀行という層」
前述のメガバンク・エリア総合職の女性(25)もいう。
「たとえ転職するにしても、正確な仕事をすることや数字には抵抗がないというイメージがあるので、つぶしも効きやすい。誰もが知っている会社に勤めたくて、ある程度勉強のできる学生にとって、メガバンクはファーストキャリアにはうってつけ」
定年まで勤められるに越したことはないが、先行きがわからないからこそ「大手企業出身」のカードを持ちたいという意図が見え隠れする。大手銀行、総合商社人気に象徴されるような2017年の大手企業志向は、少しほろ苦く、これまで以上に切実だ。