バーガーキングを救った36歳 —— 巨大チェーンを立て直したダニエル・シュワルツの正体

バーガーキングの親会社レストラン・ブランズ・インターナショナルのCEO、ダニエル・シュワルツ氏

バーガーキングの親会社レストラン・ブランズ・インターナショナルのCEO、ダニエル・シュワルツ氏

ダニエル・シュワルツ(Daniel Schwartz)—— 彼はアメリカ・ウォール街の出世コースを10年間走り続けた後、自分のスキルを別の世界で試したいと心に決める。新たな道は、投資銀行で働くトレーダーでもなければ、ファンドマネージャーでもない。マイアミのバーガーキングでハンバーガーを作り、店のトイレを掃除することだ。

ハンバーガー作りからトイレ掃除まで、自分の仕事の出来は「とにかくひどかった」と、シュワルツ氏は当時を振り返る。「アイスクリームは、どうしてもきれいに作ることができなかった」

投資銀行のアナリストから転身したプライベート・エクイティ(投資ファンド)業界の風雲児は32歳で、世界第2位のハンバーガー・チェーン、バーガー・キングの最高経営責任者(CEO)に指名された。

自身をミレニアル世代の1人だと言うシュワルツ氏は、それまで飲食店で働いたこともなければ、会社経営の経験もなかった。

シュワルツ氏が直面したのは厳しい現実だった。2ケタ成長を遂げていたチポトレ(メキシカン料理のチェーン)やパネラ(ベーカリー・カフェレストランのチェーン)とは対照的で、バーガーキングの当時の売上はほとんど横ばいだった。

シャツの袖をまくり、バーガーキングのキッチンに立ったシュワルツ氏は考え込んだ。彼は数カ月にわたって本社オフィスと現場で働いた。店舗では客の注文を取り、ハンバーガーを作り、店のトイレとフロアを掃除した。

6月9日、CEO就任後初のメディア・インタビューとして、シュワルツ氏は、Business Insiderの取材に応じた。店舗での勤務体験から大きな学び、いわば「テイクアウト(お持ち帰り)」があったと話すシュワルツ氏は、「当時のバーガーキングのメニューはめちゃくちゃだった」と言う。

複雑なメニュー

「メニューが複雑で分かりにくかった。どのソースをどのバーガーにつけて、トッピングはどれに乗せるのか。提供するメニューを正確に作る作業に悪影響が出ていたし、無駄が多かった」

シュワルツ氏がCEOとして初めに取りかかったのは、メニューの簡素化だ。何十種類ものメニューを少なくする一方、新商品の選考プロセスを厳格化した。さらに経営幹部たちの特典を廃止するなど、経費削減で大なたを振るった。これは同氏がパートナーを務めるプライベート・エクイティ会社、3Gキャピタル(3G Capital)が得意とするところだ。

海外市場では、ブラジルや中国、ロシアのレストラン運営会社と契約の協議を行い、世界のバーガーキングの店舗数の拡大をリードした。実際に、店舗数は4年間で21%増加し1万6768店舗となった。何年も停滞していた既存店売り上げも増加した。

2014年、3Gキャピタルはカナダのドーナツ&コーヒーチェーン「ティムホートンズ(Tim Horton’s)」を買収。バーガーキングとティムホートンズを管理する新しい企業、「レストラン・ブランズ・インターナショナル(Restaurant Brands International, RBI)」が生まれた。シュワルツ氏はRBIのCEOに就いた。RBIは今年、ポパイズ・ルイジアナ・キッチン(Popeyes Louisiana Kitchen)を18億ドルで買収し、事業ポートフォリオを拡大した。

シュワルツ氏がCEO就任した際、約90億ドル(約9900億円)だったバーガーキングの企業価値は、今では270億ドル(市場調査会社ユーロモニター調べ)に達している。世界のファストフードチェーン市場で、同社は第3位のシェアを有している。株価も上がった。昨年の上昇率は35%を超えた。

現在36歳のシュワルツ氏。年間600万ドル以上を稼ぐ、グローバル企業のトップである。

ダニエル・シュワルツ氏

Burger King

シュワルツ氏はニューヨーク州ロングアイランドで育った。大学に入学するまでは、父親と同じ道をたどり歯科医師になるか、叔父のように医師になろうと考えていた。高校時代はバスケットボールに熱中する一方、数学の家庭教師の仕事に夢中になった。地元の新聞に広告も載せ、本格的に数学を教えた。

運命の授業

1997年秋、医学を学ぶつもりでコーネル大学へ入学したシュワルツ氏は、運命の授業となる「Finance 101(金融学・入門クラス)」に出会う。金融学に刺激を受けたシュワルツ氏は、多くのビジネス書を読み漁った。特に関心を持ったのは、1980年代に増加したプライベート・エクイティ(投資ファンド)による企業買収だ。

金融分野での7つのインターンシップを経て、大学を卒業したシュワルツ氏はクレディ・スイス(Credit Suisse)のM&A部門に入社する。そして「人生で最高のアドバイスの一つ」に出会う。「誰かに言われたんだ。『幸運をつかむポジションを得るためには、とにかくひたすらハードワークだ』と」

2005年、シュワルツ氏は24歳にして幸運をつかんだ。ビールの巨大ブランドグループ、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(Anheuser-Busch InBev)の誕生で評判となった投資会社 3Gキャピタルに入社。同社は、「投資の神様」で知られるビリオネアのウォーレン・バフェット(Warren Buffett)氏がひいきにする投資パートナーでもあった。

シュワルツ氏はとにかく働いた。3Gキャピタルではあっという間に昇進した。

パートナーのポジションに昇格して間もなく、3Gはアメリカでの企業買収を計画していた。シュワルツ氏の任命は買収ターゲットを見つけることだった。

「その時にバーガーキングと出会った。僕の理論では、バーガーキングの当時のブランド価値は、企業価値よりもずっと大きいと考えた。世界第2位のハンバーガーチェーンで、80カ国で事業展開していて、全体で140億ドルを売り上げていた。にもかかわらず、その時のバーガーキングの企業価値は数十億ドルだった。マクドナルド(当時の時価総額は約600億ドル)に比べるとはるかに小さかった」

バーガーキング買収後、事業支援を打診されて同社の最高財務責任者(CFO)に就任した。恐怖心も感じたとシュワルツ氏は言う。

「当時30歳だったが、企業での勤務経験はなかったから、最初はまったく落ち着かなかった」。だが、3年も経たずして、シュワルツ氏はCEOに昇格した。

CEO就任後の数カ月間、彼は肥大化した無駄なコスト削減に動いた。

ジェット機の売却、城の貸切パーティの中止

会社所有のジェット機を売り払い、イタリアの城を貸し切って開催していた100万ドル規模の年次パーティーを取りやめた。従業員たちが「御殿」と呼んでいた贅沢なオフィスも廃止した。マイアミの「本社の目の前は空港だ。なのに社有機なんて必要か?航空会社を使えばいいだろう、と思った」。

レストラン・ブランズ・インターナショナルの株価の推移

レストラン・ブランズ・インターナショナルの株価の推移

Markets Insider

鉛筆やペンといった小さな文房具にまでシュワルツ氏の経費カットは及んだ。本社オフィスに「際限なく流れ込んでいたオフィス用品」を排除した。「いくつものクローゼットがオフィス用品でいっぱいだった。3年分くらいあった」とシュワルツ氏は言う。

社員数を38,884人から1,200人に

また、リフランチャイズを通じて、3万8884人いた社員を1200人に削減した。つまり直接雇用だった多くの社員をフランチャイズオーナーに託した。本社所有だった店舗をフランチャイズ加盟者に売却することで、改装コストも実質、各店持ちとなった(ただし現在も改装コストの一部は本社が払っているとバーガーキングは述べている)。リフランチャイズを経て、2010年には1300店舗を超えていた本社直属店舗は、現在わずか71店舗となっている。

企業買収時に、大胆なコスト削減を行い、結果、株主に大きな見返りをもたらすことで抜群の実績を誇る3Gキャピタルで、シュワルツ氏は企業経費削減の特訓を受けたのだと言えるだろう。

3Gキャピタルは、2015年の買収・合併により、世界最大のビールブランドグループ、アンハイザー・ブッシュ・インベブを成立させるという史上最大規模の買収劇を手掛けた。また同年、クラフトフーズ( Kraft Foods)とハインツ(Heinz)を合併させ、世界第5位の食品飲料メーカーも実現させている。

自分のコスト削減手法は、3Gの「オーナーシップ文化」から来ているとシュワルツ氏は言う。従業員は「常に会社の事業を自分のものとして主体的に取り組み」、会社の資金を自分の資金のように扱うべきだという考え方だ。

これに社員に馴染んでもらうために、シュワルツ氏は、各地のオフィスを訪ねては多くの時間を自分のやり方の説明に充てたと言う。

さらに社員には、CEO就任後に自分が体験したように、年に数日、実店舗での勤務体験を義務付けた。自らの哲学を素早く社員らに浸透させる方法だった。

シュワルツ氏はマイアミで、妻と2人の娘と暮らしているが、多くの時間を出張に費やしている。「アメリカン航空737便に、住んでいるといっていいだろう」とシュワルツ氏は笑う。

バーガーキングのロゴ入りシャツ

どこへ行くのでも出張時はほとんど同じ格好で、バーガーキングのロゴが刺繍されたデニムのシャツを着ている。ただし、カナダへ行くときは、3Gが買収したティムホートンズのシャツに着替える。さらに今年傘下に入ったポパイズ・ルイジアナ・キッチンのシャツも、このローテーションに加わる予定だ。

出張先はバーガーキングの米本社から、トロントのティムホートンズ本社、スイスとシンガポールにあるバーガーキングの海外支社、世界各地でのフランチャイズパートナーとの会合と、まさに世界を渡り歩いている。

「MWAっていう言葉を信じているんだ。Management by walking around、つまり『足で回る経営』だ。出来る限り多くの時間を出張に充て、フランチャイズパートナーを訪ねるようにしている」とシュワルツ氏は言う。「歩き回り、人と会うことでしか、学ぶことはできない

バーガーキングのスタッフ

YouTube

バーガーキングで実施したコスト削減の大半は、CEOに就いた初年度に行ったもので、それ以降は新規開店を通じた事業拡大にほぼ専念していると言う。

3Gがバーガーキングを買収した頃の年商は140億ドル程度で、新規開店は年150店舗程度だった。だが昨年は年商182億ドル、新規開店は世界で735店舗に成長している。

シュワルツ氏はまた、各店舗のリフォームにも注力している。5年前には10%だった改修率が、現在は60%を超えている。

スリム化した後の新メニューの展開はどれも、シュワルツ氏いわく以前よりも慎重だ。この戦略は「チキンフライ」や「マック・ン・チートス」といった期間限定商品による売上アップとともに功を奏している。

そして、バーガーキングは1店舗当たりの売上で、ハンバーガーチェーン界の王者マクドナルドとの差を詰め始めている。シュワルツ体制下で、1店舗当たりの売上高は、年間110万ドルから130万ドルに成長。マクドナルドは250万ドルとまだはるか先を行っているが、フランチャイズの利益はほぼ倍増しているとシュワルツ氏は言う。

バーガーキングはいずれマクドナルドとの差をさらに縮めるだろうとシュワルツ氏は言う。「まだ動き始めたばかりだと、我々は感じている」

source:Burger King、YouTube

[原文:How a 36-year-old Wall Street prodigy saved Burger King (QSR)

(翻訳:Tomoko.A)

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