アメリカの北朝鮮「先制攻撃」情報に踊らされた日本 —— 榊原英資氏が語る「日本には情報機関が必要」

アメリカはすぐにでも北朝鮮を先制攻撃するのではないか —— 朝鮮半島情勢が緊迫する中、今春、日本ではこんな報道が相次いだ。

北朝鮮のミサイル発射を受け、東京の地下鉄や新幹線が止まる事態にもなった。一方、韓国では「緊張感がなさすぎ」と報じられるほど日常の生活が続き、「日本は不安をあおりすぎ」との批判が沸き起こった。

トランプ大統領

度重なるミサイル発射を受け、トランプ政権は朝鮮半島周辺での軍事プレゼンスを高めるなど、圧力をかけた。

Pool/Getty

なぜ日本と韓国で対応が分かれたのか

アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃シナリオを一部の日本メディアが報じ続ける中、マティス米国防長官は5月19日、北朝鮮に対する軍事行動が「想像を絶する悲劇」を引き起こすと述べ、軍事的な解決が事実上、困難なことを認めた。

この間、トランプ政権が北朝鮮の核ミサイル開発を抑止するために平壌に「最大限の圧力」をかける中、日本の当局者やメディア、マーケット関係者はトランプ政権の情報戦にうまく操られ、煽られていたのではないか。日韓の対応の違いには、情報の偏りもあるのではないか。

長年、対米交渉の最前線に立ち、アメリカの情報戦にも詳しい元財務省財務官の榊原英資氏は、他の主要国に存在するような情報機関が日本にないため、相手国から流される情報に振り回されると指摘、日本は情報機関を設置し、独自に情報を確認できるシステムを早急に持つべきだと述べた。6月7日に行った榊原氏とのインタビューは以下の通り。

榊原英資

長年、対米交渉の最前線に立ってきた元財務官の榊原英資氏は、情報機関設置の必要性を説く。

撮影:今村拓馬

高橋:4月には、アメリカが北朝鮮を攻撃するのではないかとの国内報道が相次いだ。今回、日本政府の当局者も、メディアも、マーケットの関係者も「アメリカは北朝鮮に対して今すぐにでも先制攻撃する」といった強迫観念を抱いていたように思える。どう見られたか。

榊原英資(以下、榊原):アメリカは北朝鮮を攻撃できない。そんなことをしたら、まずソウルが火の海になってしまう。そう簡単には北朝鮮攻撃なんてできっこない。また朝鮮戦争になってしまう。ソウルは(北緯)38度線のすぐそばだ。

高橋:日本は、北朝鮮に圧力をかけるトランプ政権の情報戦にまんまと踊らされたのではないか。

榊原:具体的にどうやったかは分からないが、アメリカがいろいろな情報操作をすることは確かだ。自分の立場を有利にするために、情報操作をすることは十分にあり得る。私が日米交渉をしていた時も、交渉で非常に重要なのは相手の世論を誘導することだった。当然、アメリカはそれをやる。日本も本当はやらなければいけないが、なかなかできていない。

アメリカだけでなく、イギリスにも中国にも、情報戦略はどこの国にもある。アメリカにはCIA(中央情報局)のほか、ペンタゴン(国防総省)の中にDIA(国防情報局)がある。英国にはMI6がある。先進国、あるいは世界の大国の中で、情報機関がないのは日本のみだ。

CIA本部

諜報機関の代名詞ともなっているCIA。アメリカでは建国以来、さまざまな情報活動が行われており、第二次大戦以降その活動は政府レベルのものになった(CIA公式サイトより)。

Pool/Getty

いつまでも相手国に振り回されてしまう

高橋:情報機関がないと、カウンターインテリジェンス(外部からの諜報活動に対抗して防御的な対応を施す活動)もできず、いつまでも相手国に振り回されてしまうということか。

榊原:そうなってしまう。かつて日米交渉をしていた時、アメリカに電話を盗聴されている可能性があることが分かった。自宅で電話中に時々、変な音が聞こえてきたからだ。「調べてくれ」と(当局に)頼んだが、結局調べられず、「とても無理です」との答えが返ってきた。盗聴されているか、されていないかを調べる機関が日本にはなかった。

高橋:滞在先や交渉場所となっていたワシントンやニューヨークのホテルに盗聴器が仕掛けられていた可能性があったということか。

榊原:その可能性は極めて高かった。交渉の時に相手側がどういう事情でどう出てくるかといった内部情報が分かれば、非常に有利になる。通常の情報収集でも調べることはできるが、電話などの盗聴で、さらに内部情報まで調べることができる。情報収集には通常の諜報活動のインテリジェンスとカウンターインテリジェンスの両方があるが、カウンターインテリジェンスができないのは非常に問題だ。

高橋:日本のメディアは、知らぬ間にアメリカの情報戦略に乗りやすくなっていないか。

榊原:乗りやすい。カウンターインテリジェンスがあれば、それが本当の情報なのか、虚報なのかというのはチェックできる。内閣情報調査室や防衛省にも若干の調査機関があるが、それほど大きな機能も能力も持っていない。なので、何か諜報絡みのことがあったときに、それを確認できない。確認できないと、それにみんな乗っちゃう。メディアも飛び付いてしまう。情報戦をやるときには、当然メディアにもルートを作って、自分に有利な情報をいろいろなところに流す。国として当たり前のことで、これを非難できない。もちろん嘘を流したらいけないが、有利な情報を流すということはどの国もやることだ。

高橋:韓国が今回、落ち着いていたのは、やはり情報機関があることが大きいか。

榊原:韓国は情報機関や諜報機関を持っているから、チェックができる。

情報機関に法的制約を課す必要も

高橋:今回の北朝鮮危機では、アメリカがソウル在住の常時10万人を超えるアメリカ市民に対して退避勧告を出していないにもかかわらず、アメリカが北朝鮮を攻撃すると一部の日本メディアは報じていた。自国民10万人を犠牲にするリスクがあるのに、戦争を始める国があるはずはない。

榊原:正直に言って、日本という国は情報に対するセンシティビティ(敏感度)が低い。あるいは情報を確認するシステムがない。そのためにおかしな情報が流れたり、虚報が流れたりして操作される可能性がある。 日本も第二次世界大戦前は諜報機関があった。日露戦争の時には陸軍の明石元二郎大佐が欧州に行き、レーニンなどと会って、ロシア革命が起きる可能性を探っていた。戦前には陸軍中野学校で諜報教育を受けた人間が陸軍や海軍に送り込まれた。戦前の体制に対する反省は分かるが、やはり情報機関は必要ではないか。

安倍首相

2013年にはアメリカの国家安全保障会議(NSC)をモデルに、安倍政権が日本版NSCを設置。関係行政機関が国家安全保障に関する資料または情報を適時提供するとした。

Carl Court/Getty

高橋:陸軍中野学校や陸軍登戸研究所も歴史の影に埋もれていて暗部というイメージがある。

榊原: 諜報というのは暗いイメージがあり、良くないことだと思われている。しかし、日露戦争の明石大佐は大きな役割を果たした。「ロシアはこれ以上、戦えない。レーニンにも会った。革命前夜だ」といった情報を日本に伝えた。スパイというのは何か悪いことをしているように受け取られるが、CIAにしても、MI6にしても、基本的には情報を集めている。その中に若干の諜報があり、情報を流すのが情報機関だ。

高橋:日本にきちんとした情報機関を作るとするならば、どういう形で設置するのが良いのか。

榊原:アメリカの場合、CIAやNSAなどがそれなりの組織としてある。あるいはDIAのように国防総省の中にある場合もある。日本では内閣情報調査室や防衛省、外務省などに分散してあるものを吸合して1つの機関を作ることが重要だ。

高橋:国会では「共謀罪」をめぐる議論が紛糾してきた。政府による情報収集には、アレルギー反応を示す国民も少なくない。CIA元職員のエドワード・スノーデン氏はNSAによる監視社会を内部告発した。国家を暴走させないためには何が必要なのか。

榊原:確かに、情報機関が暴走する可能性はある。アメリカの「米国自由法」のように、情報機関の活動について法律的制約を課すことは必要だろう。


榊原英資:大蔵省国際金融局長時代に超円高を是正した大胆な円売り介入は国内外で注目を集め、「ミスター円」の異名をとった。1999年に退官後、慶應義塾大教授などを経て2010年4月から青山学院大特別招聘教授。「インド経済研究所」理事長も務める。

高橋 浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい