東大卒女性医師が海外移住を考えるとき —— 先の見えたキャリアと子どもの教育

シンガポール

高いレベルを求めて「教育移住」を希望する人が増えているシンガポール。

Hak Liang Goh / GettyImages

子ども時代の私にとって、教育とは学歴そのものを意味していた。スポーツや芸術は得意ではなかったが、勉強は好きだったし、結果が数字でフェアに評価されるのが面白かった。医学部を目指して大学受験に没頭し、晴れて医師になってからは、実力が大事だと考えるようになった。

初期研修を終えて大学に戻ることも考えたが、見学に行くと、5年目になってもベテラン医師の手伝いをしている先輩がいた。中堅の男性医師には子育てとの両立もできると言われたが、「鵜呑みにしないほうがいい。実際は『やっとのことでできる』という感じ」と実情を教えてくれた医師もいた。結局私は、少しでも多くの経験を積むため、市中病院への就職を選んだ。早く一人前に仕事ができるようになって、社会的・経済的に自立するのが目標だった。

これが私が本当にしたかったことなのだろうか?

病院

医師としてのキャリアアップを目指し、仕事に熱中してきたが…。

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しかし、ある程度仕事ができるようになった時、ふと気付くと先の目標が見えなくなっていた。どんなに頑張っても、一定の年数が経たなければ専門医試験は受けられない。いくら技術や知識があっても、後進の教育に熱心であっても、必ずしも評価されるわけではない。

一方で、産休育休を取れば当然のようにキャリアは遅れる。常勤の勤務医であれば当直やオンコール(急患時の対応役としての待機)は避けられず、それができなければマイナス評価だ。そもそも保険診療では、誰が診療しても診療報酬は同じだ。個人ではなく、医師という資格が評価されているに過ぎない。病院にとっては、安く長時間働いてくれる若い男性医師が最も使い勝手がよいのだ。

このまま研修を続けていれば、いずれ専門医にはなれる。どこかの病院勤務を続けて、運が良ければ管理職になれるかもしれない。でも、それは本当に私がしたかったことなのだろうか? もっと実力が認められて、多くの人の役に立ち、自由に働き方を選べるような仕事がしたい。

次世代の教育投資が十分でない日本

そんな時、私は子どもを授かり、子どもにどんな教育を受けさせるかを真剣に考えるようになった。それと同時に、先が見えてしまった自分のキャリアを変える最後のチャンスだとも思った。

子どもたちが大人になる20年後、日本はどんな国になっているだろうか。医療費の多くは高齢者に使われているが、その4割は税金でまかなわれ、年々増大している。一方で、保育園に入れない子どもが大勢いたり、国立大学の学費が上昇したりするなど、次世代の教育への投資は十分でない。移民を受け入れない日本では、マーケットは縮小する一方だ。十分な教育投資がなければ、一人ひとりの生産性を高めるのは困難であり、高齢化によって日本の財源が尽き果てるのを待つチキンレースになるかもしれない。

最も危機感を持っているのは中高生だ。この10年ほどで、海外大学への進学は急に身近になってきた。ベネッセや早稲田アカデミー、駿台など大手予備校も海外進学専門コースをスタートさせている。開成高校では、2012年には0人だった海外大学合格者が、2017年には20人になった。灘高校でも今年6人が海外大学に合格している。国内だけではなく、世界中の選択肢の中から自分の行きたい大学を探す時代になったのだ。

頭をよぎる東南アジアへの移住

いずれ海外に出るなら、できれば最初から英語で教育を受けさせて、言語・文化のハードルを低くしてあげたいと思う。

まず候補に挙がるのが日本のインターナショナルスクールだが、もともとは外国籍の生徒のための教育機関であり、日本人生徒ばかりでは英語教育の質を保つのも難しいため、学校側も日本人生徒の比率を抑える。特に歴史が長く教育の質が高い「老舗」と言われるインターナショナルスクールは、日本人にとっては狭き門だ。一旦違うインターナショナルスクールに入り、そこでの成績を持って老舗インターへの転校にチャレンジするという話も聞く。都市部の学校は敷地も狭く、決していい環境とも言い難い。

頭をよぎるのは海外移住だ。欧米となるとハードルは高いが、東南アジアなら人種差別の心配も少なく、温暖で、日本とも行き来しやすい。なにより今後、東南アジアは発展が見込まれる。

問題はコストだ。

東南アジアでも、外国人が住むエリアは東京と家賃が変わらない。クアラルンプールやジャカルタの家族向けコンドミニアムは月15〜30万円ほどだ。インターナショナルスクールの学費は年間200万〜400万円ほど。日本と同等かそれ以上に高額だ。物価は日本より安いため生活コストはかからないが、現地で働く場合、日本と同等の給料を得るのは難しい。

教育のためシンガポールへ移住し、子どもがもうすぐ英国の大学へ進学予定という人に頼み込んで、出産前に話を聞きに行った。「学費以外に家庭教師やスポーツなどの習い事でも費用がかさむ」と言う。どこにいても仕事が回る仕組みを作って会社を経営し、複数の収入源を持つことでその費用をカバーしていた。

子どもの教育に合わせて自分の働き方を変える

中学校の教室

日本でも海外大学への進学希望者は増えている(写真と本文は関係ありません)

ferrantraite / GettyImages

日本の医師免許は基本的に日本でしか通用しない。シンガポールでは、申請が認められれば日本の医師免許でも診療が可能ではあるが、認められる人数には制限があり、対象は日本人患者に限られる。

しかし、診療という形でなくても、予防医療や健康維持といったテーマで医療知識を活かす場を作れるかもしれない。東南アジアでも個人の健康への関心は高まっているし、これから進行する高齢化に向けて、医療費を抑えるという切実なニーズがあるはずだ。

女性が自分の仕事を続けながら、なんとかやりくりして子育てと両立させるのはもはや普通のことになった。

しかし、人生が100年に近づいている現在、働き始めてから定年まで同じ仕事を続けるライフプランは現実的ではない。これまでのキャリアにこだわらず、ライフステージに合わせて、住む場所や働き方をもっと柔軟に変化させても良いのではないか。

子どもにベストな教育を受けさせるという目標に合わせて、自分の働き方を変えていく。そんな生き方にチャレンジしたいと思っている。


森田麻里子:南相馬市立総合病院麻酔科医師。2012年東京大学医学部卒業。亀田総合病院、仙台厚生病院を経て2016年より現職。

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