多様な社会は本当に暮らしやすいのか——「全米で住みたい街No. 1」ポートランドで起きたヘイトクライム

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被害者の一人で元陸軍軍人のリッキー・ジョン・ベストさんの遺体を載せた棺

Scott Olson / GettyImages

5月26日、米西海岸オレゴン州ポートランドで1件の悲劇が起きた。朝のラッシュアワーの電車で、10代の少女2人が男に差別的な暴言をはかれていた。少女の1人はヒジャブをかぶったイスラム教徒で、「この国から出て行け、税金も払っていないくせに」「サウジアラビアに帰れ」などと言われたという。そんな少女たちを助けようと割って入った男性3人のうち、2人がその男に刺されて死亡、残りの1人も重傷を負った。

事件を伝えるメディアの調子はだいたい次のようなものだった。「ポートランドで極右の白人至上主義者に立ち向かった3人のヒーロー像」「ヘイトスピーチの標的にされた少女が見知らぬ命の恩人たちに感謝」「トランプ大統領はいつこの事件についてつぶやくのだ」「週明けのつぶやきが(犯罪行為を十分に非難しているとはいえず)生ぬるい」「初出廷した容疑者が自らの犯行を愛国心の証だと叫ぶ」

この事件の被害者は誰なのか

これらのフレーズをみて気づいたことはないだろうか。この事件をめぐる「ニュースのフレーム」の中心に収まっているのは、すべて少女たち以外の誰かである。これを指摘したのはほかでもない、重傷を負いながら一命をとりとめたポートランド州立大学の学生で詩人のマイカ・フレッチャーさんだった。自身のフェイスブックに投稿した動画で人々の厚い応援と寄付に感謝しながらも、こう呼びかけている。

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事件現場付近では被害者に花が手向けられている

Natalie Behring / GettyImages

「この事件の被害者はあの少女たちだということを、僕たちは思い出さなくちゃいけない。自分がもしあの電車に乗りあわせた少女だったとしたら、と想像してみてほしいんだ。山積みのナイフのような彼の顔、銃のような彼の躰。彼の全てが沸騰し、充填されて、今にもあなたを殺そうとしている。僕たちが受け取った応援やお金、愛、好意は、少女たちのそれらに比べてずっと大きかった。それはもう倫理的に誤った無責任なものではなかったのか。」(抄訳)

動画が投稿された31日の夜までに、閲覧数は8万回を超えた(理由が不明だが現在は閲覧不能)。

事件後、地元テレビ局のTwitterに投稿された25秒ほどの動画は、被害者の少女が「事件の恐怖について語る」ものではなく、「見知らぬ恩人に感謝の言葉を述べる」ものだった。メディアの注目が3人のヒーローや容疑者、はてはトランプ大統領のつぶやき動向に集中し、マイノリティーが日々直面する人種差別やイスラム嫌悪という事件の本質は置き去りにされてしまった。

白い救世主症候群

筆者もかつて6年ほどポートランドに住み、フレッチャーさんと同じ大学に通っていた。クリーンで治安もよく、非常に開放的でリベラルな土地柄だ。今も、全米で「もっとも住みたい街」に挙げられる。しかし、フレッチャーさんが先の動画の中で放った次のフレーズに思わず唸ってしまった。

「ポートランドには脈々と続いている実に奇妙な傾向がある。遠慮なく言ってしまえば、『白い救世主症候群』だ」

今回の事件で全国および地元メディアが作り出したニュースのフレームと同じ構造が、ポートランドという街にもそのまま当てはまる。多様性と寛容に彩られた絵画の中心に描かれているのは、それらをうたうマジョリティーの姿であって、マイノリティーのそれではない。

要するに、異文化に寛容な社会の擁護者が多数を占める白人なのだ。もちろんマイノリティーも自らの文化をそれぞれ発信してはいるが、何しろ数が少ない。たとえばレゲエミュージシャンのコミュニティーを構成する多くがドレッドヘアにした白人の若者で、そのシーンを支えるオーディエンスもほとんど白人という具合に。黒人学生と筆者の2人を除いて全員白人という「異文化コミュニケーション」の授業で、多元主義こそ社会のあるべき姿だと論じあったことを思い出した。

あらゆる方向から繰り出される差別

ニューヨークにやってきてから、多様性をうたう社会と多様な社会は必ずしも同じではないことを思い知らされた。さまざまな文化が慈しまれ、大事にされているところまでは同じだが、異なるのは、多様性をうたう擁護者(マジョリティー)ではなく、それを発信する体現者(マイノリティーの各集団)の存在だ。

とはいえ、その体現者たちが混在するニューヨークでは、常に異質なもの同士がすし詰め状態になっている。すぐに沸点に達して、不平不満を言いたくなる場面も多い。

筆者がアメリカに来て初めて人種差別的な扱いを受けたのもニューヨークで、相手もマイノリティーだった。ニューヨークでは人種・民族・宗教・性的指向など、あらゆるものに対する反動・反発、そして差別があらゆる方面から互いに繰り出される。

白人あるいはキリスト教徒がマジョリティーであるがゆえに差別の主体者になったり、逆に平等の擁護者になったりするというシンプルな構図はなりたたない。差別も平等も、反発も祝福も、四方八方から集中砲火や不意打ちで飛んでくるから、いい部分だけ受けとめようとするのはなかなか至難の技だ。

不快さや居心地の悪さを感じた時、攻撃された時に自分が属するコミュニティーがあると感じることができ、そのありがたさを痛感している人間は、それゆえに自分以外のコミュニティーが攻撃された時も共に憤り、立ち上がる。こうした連帯に圧倒的なマジョリティーの姿はない。


金子まい:ブルックリンに住むフリーランスのライター・編集者・翻訳者。日系情報新聞の編集長を経て、ニューヨークの国際人権団体に憧れて人権レポートの日本語訳を手がけるようになる。

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