「生涯1社はありえない」複業を希望する大企業若手社員たち

日本の大手企業に勤める若手の7割以上が「兼業・副業に興味がある」——。

大手企業45社の若手有志による団体が、若手中堅社員1600人に聞いたアンケートで、こんな結果が出た。

現役の社員ら高度な知識をもつプロフェッショナルと、その知見を求める人を1時間からマッチングする副業がもっぱらのスポットコンサルティングサービスも、登録者が3万6千人に達し、この1年で倍増した。かつてはお小遣い稼ぎや副収入といった目的が専らだった副業の概念に、大きな変化が起きつつある。

福利厚生や年収にも比較的恵まれている層がなぜ今、「副業・兼業」なのか。

ビル群

大企業に勤める若手中堅の7割以上が複業に目を向け始めた。

撮影:今村拓馬

「1社にずっといられるとは思っていない」

大手総合商社に勤める、藤森遼さん(29=仮名=)は、新卒から食品畑を歩む現役バリバリの商社マンだ。海外勤務も経験し、海外大手企業と国内中小企業の仲介取引を任されている。取引先からは、専門家としての知見やアドバイスを求められる。20代とはいえ、この業界での知見はそれなりにある。

2年前の海外赴任中、スポットコンサルのマッチングサービス「ビザスク」(東京都目黒区)に登録した。「プロフェッショナルの知見を生かせる副業」という知人の話で知り、興味をもった。とはいえ、商社勤務は決して時間にゆとりがあるわけではない。

「平日は日付が変わるまで、たとえ土日であっても、会社へのコミットメントをいとわない働き方をする上司もいまだに多い」(藤森さん)

収入も、同世代の平均をはるかに上回る。なぜ、あえて副業をするのか。

「自分たちの世代は、1社でずっと働き続けることがマストだとは思っていません。会社を出た後のキャリアも当然、考える。タコツボの中で評価されることを極めるだけでなく、客観的な評価を知りたかった。社会の中で、自分がどの位置付けなのかを、把握したかったのです」

という。決して現状に不満があったり、今すぐ転職を考えたりしているわけではない。

藤森さんは、就業時間外の副業として、ビザスクのスポットコンサルティングの仕事を何度か受けた。コンサルタント会社などから、食品市場の現状や先行きの見通しについて、かなり突っ込んだことを聞かれた。1時間程度の知見の提供に対し、報酬は2万円だった。商社勤務の身にとってはわりと基本的な教科書通りの内容でも、「熱く感謝されたことに新鮮な驚きがありました」と話す。

本業に生かせる他流試合の場に

ビザスクの端羽英子社長

「複業は他流試合の場になる」ビザスクの端羽英子社長

撮影:滝川麻衣子

2013年にスタートしたビザスクのスポットコンサルは、現状で登録者の7割が会社員で、3割がフリーランス。会社勤めの副業として利用する人が大半を占める。しかも多くの人は、確定申告の必要の生じない範囲(年間20万円未満)で引き受けているという。

「収入目的というより、今の仕事にプラスとなるような、社外との接点を求めて登録される方が多いと感じています」

と、端羽英子社長はいう。 創業当時と比べて、副業・兼業を取り巻く社会の状況は大きく変化している。

以前は「スポットコンサル」の営業をしても、転職サービスと勘違いされたという。それが今では政府の副業推進の流れもあって、企業から「社員の強みを外に出して欲しい」との相談が来るという。

「単なるお小遣い稼ぎの副業から、普段の仕事相手とは違う相手との仕事を通じて、キャリア開発につなげる『複業』に変わりつつある」(端羽社長)

ビザスクのスポットコンサルも「本業に生かせることを学ぶトレーニングとしての複業、いわば他流試合の場でありたい」と考えている。

収入よりもステップアップ

大企業に勤める若者による有志の団体、One JAPANが「働き方」について行った意識調査は、回答者1600人のうち、8割が大企業で働く25〜39歳、半数以上が従業員1万人以上の会社勤務だ。この層の副業・兼業への興味の高さが浮き彫りになった。

まず、現状で「兼業・副業をしているか」に対しては「NO」と答えた人が90.3%。「教育関連のNPOやNGO、スポーツ競技団体でプロボノ(職業能力を生かしたボランティア)活動をしている人が、数%いる程度」(One JAPAN)だ。

ところが「兼業・副業に興味はある?」との質問に対しては、74.7%が「YES」と回答。「本業だけで十分」という層が、むしろ少数派という結果となったのだ。

注目すべきは、副業・兼業に興味をもつ、その理由だ。One JAPANの分析によると「スキルアップ、ステップアップをしたいという意欲が、副収入を得たい、人脈を得たいを上回る」という。 終身雇用や年功序列を前提に「新卒から大手企業で普通に働いていればスキルアップ、ステップアップができる」という時代は、大企業で働く若手中堅にとっても、終焉を迎えているようだ。

OneJAPANのアンケート結果

出典:One JAPAN第1回「働き方」意識調査

「日本を代表する企業に勤める若手も、大企業病や組織の閉塞感を感じている。企業間の壁やセクターを越えて、新陳代謝を図る必要性を理解し動き始めています」

One JAPANの代表で、 現在は社外出向しているパナソニックの濱松誠さん(34)は、次世代を担う20〜30代が、企業で働く意義やメリットを認識しながらも、外部に繋がりや活躍の場を求める心理をそう語る。

そもそも、アンケートの実施主体であるOne JAPAN自体が、大企業でイノベーションを生み出すためにも「個人の成長が欠かせない」として、組織の壁を越えて動き出した若手の集まりだ。有志の勉強会を発端に2016年9月に結成。パナソニック以外にも富士ゼロックス、NTTグループ、トヨタ自動車、野村総合研究所など名だたる企業45社、約600人の有志社員が参加している。

副業に消極的な日本の経営者

今年1月、副業・兼業をめぐる、もう一つの調査が関係者の間で話題となった。日本経済新聞社と日経リサーチが上場企業301社に対し実施した、働き方改革をめぐる意識調査で「副業・兼業を禁止している」企業は7割に登り、その理由は「本業に支障をきたす」が9割近くを占めたのだ。 One JAPANの調査で現れた、大企業で働く若手中堅の意識とは、ほぼ真逆だ。

「日本の経営者の意識が内向きなことに驚いた。社内に囲ってイノベーションが生まれる時代ではない」

経済産業省で人材政策を担当するある幹部は、そう漏らす。

昨年7月、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、政府系機関で初めて「オープンイノベーション白書」をまとめた。白書では、グローバル化とIT化が世界的に急速に進み、商品のライフサイクルが短くなる、変化の激しい競争環境の中で「自社のリソースのみでイノベーションを起すことはもはや不可能」と断言する。

経産省はじめ、国が副業・兼業を推進する背景には当然、人口減少に伴う人手不足を補う意図がある。優秀な人材を1社で独占できる時代は終わったのだ。さらに踏み込めば、人材育成やイノベーションの進化への期待がある。副業・兼業により「他流試合」で個人のスキルが磨かれていけば、量のみならず質の面でも労働力を補える。

「大企業にはリソースがある。会社にしがみつくということでなく、有形無形の豊富なリソースを使いたおしながら、外部とのコラボレーションを通じてイノベーションを起こし、組織にも新風を吹きこむ」

One JAPAN代表の濱松さんは、若手中堅の一人として、大企業に勤めながらも外との繋がりを求める思いをそう語る。 それこそが、本業へのフィードバックにもなるはずだ。

若手社員がこれまでになく副業・兼業に目を向け始めた根底にあるのは、変化の時代を生きる上での危機感に他ならない。



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