エストニア電子政府の仕組みを福岡で導入 孫泰蔵氏が支援するプロジェクト本格始動

先進的な「電子政府」の取り組みで知られるエストニアで5月、開かれたスタートアップイベント「Latitude59」。イベントの冒頭、エストニア大統領に続くスピーカーとして登壇したのは、エンジェル投資家でMistletoeの代表取締役兼CEO、孫泰蔵氏。孫氏は、エストニアの電子政府の仕組みを日本に導入するPlanetway Corporation(以下、Planetway)との戦略的パートナーシップ締結を発表した。

孫泰蔵氏とPlanetwayの経営陣

孫泰蔵氏(右から2番目)とPlanetwayの平尾憲映氏(右から3番目)。

同社が日本に導入しようとしている電子政府の「画期的な仕組み」とはどのようなものか。すでに福岡市で始まっている実証事業の内容を含め、Planetwayの代表取締役CEO、平尾憲映氏にエストニアで話を聞いた。

個人情報漏洩を過度に恐れすぎ?

—— 日本に導入しようとしているエストニアの電子政府の仕組みとは?

平尾 エストニア政府はブロックチェーン技術などを駆使し、行政機関や保険会社など企業が保有するデータベースを分散型でつなげ、個人・法人問わず、国民のデータへのアクセスを可能にしています。もちろん、データの安全性・セキュリティを担保した上で。これにより、国民は一つのIDカードだけで、住民票、保険証、パスポート、運転免許証、キャッシュカード、公共交通機関の電子マネーなど、ありとあらゆる個人認証を済ませることができます。国民のIDを管理する行政にとっても、ペーパーレス化など効率化のメリットは大きいです。

エストニアのIDカード(サンプル)

エストニアはこのIDカード(サンプル)1枚で、全ての個人認証を済ませることができる

この分散型システムを支えるのが、「X-Road」と呼ばれる連携基盤。この基盤を弊社は世界で初めて民間企業向けに独自開発し、すでに今年1月から、福岡市で市民の医療データと保険会社(東京海上日動火災保険)のデータを安全に連携させるための実証事業を開始しています。

これまでは、市民が病院などで紙に記入した情報を、病院や保険会社が自社のデータベースに入力して保存し、新たな情報が紙で提出されると、その都度、以前保存した情報と突き合わせて確認するアナログな手続きが発生していました。それがワンクリックで済むようになるのです。

——エストニアに比べて、日本の行政手続きが非効率である一番の課題は?

平尾 個人情報の漏洩を、過度に恐れる傾向があることだと思います。市民は「自分の情報が誰かに不当に利用されるかもしれない。医療情報を開示するのは怖い」、病院も「万が一、情報が漏洩すれば大問題になる」と。

確かにその心配は理解できるのですが、エストニアのように安全性・セキュリティを担保できれば払拭できるのではないでしょうか。しかし、それ以前に各機関のデータベースを連携すること自体がタブー視される傾向があり、結果先ほど申し上げたような非効率が起こっていると思います。

弊社はこの非効率を日本で解消したいと考えていますが、関係者があまりにも多く、その組織の多くが硬直化しているため、イノベーションが起きづらい。福岡市が実証事業の舞台となったのは、柔軟性と実行力があったからです。「他の自治体で成功事例が作れたら自分たちもやりたい」と、一番手としてリスクを取ることを躊躇する自治体が多く、ベンチャー企業が行政機関と共に前例のない取り組みをするイメージはそれまでなかなか持てない状況でした。

その点、福岡市はエストニア政府と同じく、トップダウンでスピーディーでした。連携している東京海上日動も同じで、担当者の方にプレゼンをして、1週間後には役員レベルの承認をいただけました。福岡市で成功事例を作っていきます。

市民データの解放は起業家の育成につながる

「Latitude59」に出展していた福岡市の職員の方々と平尾氏

「Latitude59」に出展していた福岡市の職員と平尾氏。まずは福岡でデータ一元化の実験が始まっている。

—— ID一元化の他に、エストニアの仕組みが市民にもたらすメリットは。

平尾 端的にいうと、悪いことができなくなります。データを出すほうも取得するほうも、実在性のある個人、法人として特定され、いつ、誰が、何のために、どのような情報を扱ったのかが分かるからです。違法なことはもちろん、法をかいくぐろうとするグレーなことも難しくなります。

もう一つ、日本の起業家を育てることにもつながると考えています。われわれが提供する基盤を通じて、データが各機関で安全に共有されれば、起業家はそれらのデータを組み合わせて、新しい事業のアイデアを発想できます。

そうして、日本の若い人たちが新しいものをどんどん作っていける世界観を日本で実現したい。それをまずは福岡市から始める、ということです。

—— 実証事業を経て基盤を構築した後は、どうやって市民に情報を開示してもらうのですか。

平尾 まさに。先ほど言った日本の方々の恐怖心、つまりデータに対するネガティブなマインドセットを崩さなければなりません。そのためにはまず、実証事業を通じてID一元化のメリットを実感してもらうなど、市民の方々の成功体験を作り、啓蒙していく必要があります。

エストニアの電子政府の魅力を日本で発信していくことに加えて、今年11月には福岡市で大規模なハッカソンを開催しようと考えています。われわれの基盤を使った事業アイデアを募集し、選出されたものをすぐに実用化するスキームの構築を計画していきます。

即座に事業の意義を理解した泰蔵氏

——ところで、孫泰蔵さんとの出会いは。

平尾 私がもともとソフトバンクで働いていて、知人を通じて泰蔵さんと知り合い、エストニアの電子政府のすばらしさと弊社の事業に関する話を持ちかけたんです。

私のこの事業アイデアやビジョンは、一般的なベンチャーキャピタルと話したときに「収益化はいつ?」と言われ、その質問に答えづらいものでした。「社会的な事業であり、ソーシャル・イノベーションを起こしたい」と言っても、理解者はあまり多くありませんでした。

しかし泰蔵さんは一瞬で反応してくれて、「とにかく実績を作ろう。俺をエバンジェリストとして使ってもらっていいから」と。泰蔵さん以外の(孫氏がCEOを務める)Mistletoeの方もエストニアを視察してくれました。

——孫さんも次のようにコメントされていますね。「単純にデータをセキュアな環境でやりとりする技術なら他にもありますが、Planetwayが実現しようとしているのは、データの主権を個人に帰属させるインフラを創ること。これにより、自分が好きなときに好きなデータを第三者に共有でき、そのデータはセキュアにあつかわれ、自分や社会に好ましいように活用されるようになる。Planetwayの理念と技術力が21世紀の社会に大きなインパクトを与えることができると、強い可能性を感じています」(Planetwayのプレスリリースより)

平尾 われわれの「データは個人に帰属すべき」という理念、「インディビジュアル・データ・ドリブン・ソーシャルイノベーション」というビジョンに共感いただき、ありがたいです。 Mistletoeから調達した資金で、人材採用、プロダクト開発およびマーケティングを強化します。またMistletoeとは、今後共同でのビジネス展開も考えています。7月にはエストニアの電子政府に詳しい著名人も参画します。

(撮影: 岡徳之 )


岡徳之:マーケティング、テクノロジー、ビジネスなどを中心に執筆。現在はオランダを拠点に、欧州・アジア各国をまわりながら 編集プロダクション「Livit」 の運営とコンテンツの企画制作を行う。

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