成長の原動力となった石見(右)とゼロイチ精神を持ち込んだ佐藤
成長と改革は同時に実現できるか——大企業のジレンマを克服する
企業が注力すべきは、今の成長(Growth)か、将来につながる改革(Innovation)か。その2つを同時に実現することが理想だが、組織が肥大化した大企業では、どっちつかずになり、いずれも危うくなるケースが多い。
国内外172拠点、グループ4万5千人を擁する大企業・トランスコスモスは既存の事業を成長させながら、次々と将来に対する“改革”を実現している。なぜ両立できているのか。
“コツコツ改善”で2400億企業に。成功に“秘策”なし
グループ売り上げ2400億円の巨大企業で、創業50年超の成熟企業。
トランスコスモスは、バックオフィスや受発注業務などのアウトソーシングサービスで成長した。 なかでも、消費者からの問い合わせ対応など顧客サポートを担うコンタクトセンターサービスは、アジア最大の規模。昨今はECの世界的な拡大に合わせ、商品をグローバルに販売・流通するためのワンストップサービスも展開する。
またLINEを活用したチャットサービスや、AIを利用したデータ運用など、従来のサービスに先端の技術を取り入れることで、自社の強みを磨き続けている。
取締役 副社長執行役員の石見(いわみ)浩一は、2000年代のトランスコスモスの成長(Growth)を支えた1人だ。
現在は売り上げ、利益の柱に育ったコンタクトセンター事業を業界最大手に成長させた。企業と消費者の接点が固定電話から携帯、スマホに替わることを捉え、いち早く「消費者へのマルチコンタクト対応」ができる事業を国内外で展開、現在も推進する。
自身を「異端児」という。
石見浩一(いわみ・こういち)。 取締役 副社長執行役員。
1993年、イリノイ大学アーバナシャンペーン校大学院農業経済学修士を修了。同年に味の素株式会社に入社、国内、海外事業で販売・製品開発に従事。2001年にトランスコスモスに入社後は関連子会社の事業推進、営業部門を経て、2003年にサービス部門の責任者を務める。現在は取締役 副社長執行役員として、デジタルマーケティング・EC・コンタクトセンター事業の担当、海外事業を統括する。お客様主義、現場主義を念頭に国内外グループ会社の経営、経営支援を実行したさまざまな経験とその経験から得た知見に基づき、人材の育成と事業の発展に貢献している。
味の素でキャリアをスタートし、国内外の販売、製品開発に従事した。インターネットの活用が広がる中で、2001年にトランスコスモスに大きな可能性を感じ入社した。
約3年で事業開発、営業、サービス部門などほぼすべての部門を経験後、Digital Marketing、EC、Contact Centerの頭文字を取った統合組織であるDEC(デック)事業や、海外事業も担当している。入社当時、まだ小さかった海外事業はいまや118拠点に広がる。
事業成長を振り返り、石見は言う。成長の“秘策”はない、と。
「課題が見つかったら、対策を考え、改善スケジュールを立てて、週次、月次、四半期……と改善し続ける。成果が出たら、定期的に開催される場で褒め、素晴らしい現場事例を共有する。人と人の信頼関係を築きながら、今よりもっと強くなるために事業の礎を磨く。これはトランスコスモスの企業文化でもあります」
連続起業家を招聘、シナジーは勝手に生まれない
一方、取締役 上席常務執行役員兼CMO(イノベーション担当)の佐藤俊介は、メンタリティが少し異なる。
「新しいサービスを生み出すのが好きで、次から次へと新しい事業創造に挑戦してきました。いわゆる“ゼロイチ(ゼロからイチを生み出すこと)”が私にとっての専門領域です」
大学卒業後、IT系の広告メディア、バリュークリックに入社した。自社サービスで不満に感じることを、「革命書」という名の経営改善資料としてパワポでまとめ、社長に直接提案した。本人曰く「入社当初から生意気だと上司から煙たがられていたが、営業成績がトップになると同じことを言っていても生意気と言われなくなった(笑)」という。
佐藤俊介(さとう・しゅんすけ)。取締役 上席常務執行役員兼CMO。
2001年、日本大学理工学部建築学科卒業。ベンチャー企業経営を経て2006年に株式会社エスワンオーを創業。2010年よりファッションブランドsatisfaction guaranteed設立のためシンガポールに事業拠点を移した。国内最大級のトレーディングデスク事業を展開する株式会社エスワンオーインタラクティブを株式会社オプトホールディングに売却した後、2016年、Facebook広告運用の最適化を図るSOCIAL GEARをトランスコスモスへ売却。同年、取締役CMOに就任、イノベーション担当取締役も兼任する。
25歳で仲間3人と起業、27歳でインターネット広告事業を行う「エスワンオー」を立ち上げた。設立のタイミングで原因不明の難病を患うが、「入院先の病室からテレアポして受注した」など、逸話には事欠かない。
2010年に立ち上げたファッションブランド「satisfaction guaranteed」は東南アジアを中心に人気が広がり、Facebookで425万以上の「いいね!」を獲得。「謎のブランドが有名ブランドより桁違いにファン数が多い」と、マスコミで評判になった。
「新しいサービスを生み出すのが好き」という言葉どおり、その後もソーシャルメディア運用支援会社「ソーシャルギア」を創業。ファッションブランドのコングロマリット企業や電子コミックの会社など、起業、廃業、売却、上場も経験した、まさに「連続起業家」だ。
トランスコスモスとの縁は、ソーシャルギアの株式の51%を売却したことから始まった。当初は「大企業との事業シナジー」を期待したが、決してそれは簡単ではなかった。
「絵の具が混ざり合うように勝手にシナジーは生まれない。ベンチャー側からすると『なんで、うちのサービスをもっと担いで売ってくれないのか』と思っており、大企業側からは『なんで、もっと組織で動いている現場のことを理解してくれないのか』と感じている」
この双方の食い違いが当初は大きな課題になったというが、次第に考え方を変えていったという。
「実はお互いが相手のことを知っていそうで知らない。だからこそまず相手のことをしっかり考え、自分たちのことを考えてもらえるように働きかける。当たり前の話なのですが、ベンチャーと大企業の提携って意外とこれができていないんです。お互い寄り添ってはじめて、シナジーが生まれます」
社長の奥田昌孝からのラブコールもあり、自社の株式すべてをトランスコスモスに売却、社内に身を置く決意をした。同時にトランスコスモスの株式も大量購入し、ベンチャー起業家から一転、大企業でイノベーションを起こす役割を担う。
ガラスを50年磨いて鉄にする
突如入ってきたベンチャー起業家。石見はこう見ていた。
「これからの私たちに必要な新しい視点の考え方、時代を見据えた改革のチャンスを運んできた」
拒否反応はまったくなかったという。
「当社は大企業に成長してきた一方で、これからは社会の変化に適応するための改革が必要だと思っていました。改善を繰り返してきた当社ですが、その延長線上に改革はないからです。佐藤が入ったことで新たな改革を起こし、私たちがこれまで培ってきた改善によって、会社としてさらに一皮向けた成長ができる。大企業ならではのイノベーションが実現する、と」
大企業の多くはイノベーションの必要性を感じながらも、どこまで社員や経営資源を投入するか、逡巡する。すぐに利益をもたらさない部署に対して社内の目も厳しい。
佐藤はこう話す。
「多くの企業は、既存メンバーとイノベーションメンバーを完全に分けようとする。考え方も取り組み方も違うので一理あるのですが、それだと別の会社で別のことをやっているのと何ら変わらない。できるだけ既存のラインと混ざり合わないと、大企業で本当のイノベーションは起こせないと思うんです」
両者を融合させるひとつとして、佐藤は「世代の縦割り」を行った。通常、重要な会議は「部長だけ」「経営陣だけ」のように「横軸」で参加者が決められているが、佐藤がオーナーの会議やサービスは違う。既存のラインを含めて60代、50代、40代、30代、20代と「縦」のラインで、極力全ての世代を招集することにした。
「通常、大切な情報は上に伝え、そこから下に下ろそうとしますが、そもそも巨大組織だと上下関係で会話をできるシーンがあまりないので、結果としてスピードも遅く伝わりづらい。全ての世代に入ってもらうことで、彼ら・彼女らに全体の方針や新しい動きを知ってもらい、インフルエンサーとして“このサービス、凄いよ”“うちの会社、面白いよ”と伝えてもらえたら」
こうして、経営が本気でイノベーションを起こそうとしていることを浸透させた。
2050年には人口が1億人を下回ると言われている日本。厳しい市場でさらなる成長を考えるなら、リーダーが5年後、10年後を見据えた変革をできるかどうかが重要になる。
佐藤は「大企業の力」を感じたことがあった。新事業の立ち上げプロジェクト。依頼していなかった運用面の仕様書がある日、現場からあがってきた。サービスの立ち上げを聞いて準備したという。
「ベンチャーは新しいことを生み出すのは得意だが、体制や運用などで、もろい面がある。せっかく事業を立ち上げても実はガラスのように壊れやすい。でも大企業はまるで建物をつくるかのように、着実に作りあげていく。期日も守るし、誰かが休んだら別の人がフォローする。“ガラスを50年以上磨いて鉄にした堅牢さ”があるんです」
これは石見の言う「課題を見つけたら対策をし、改善し続けた」企業文化と歴史の賜物だろう。
また石見は企業文化を育むため、人材教育とDNA継承にこだわっている。15年前、「今後の成長を支えて欲しい」と思う社員100人をリストにまとめたが、そのリストにあるほとんどの人材は現在も活躍している。
「中長期視点での人材育成、組織を強化・活性化しながら、私たちの重要なDNAを継承していく。難しいことだが、それを実現しなければ企業文化は創れない」
実現のため、地道な手法を現場で愚直に繰り返している。
「経営理念やサービスマインドを浸透させるため、毎日5〜10分の朝礼で唱和しています。また日々の営業やサービスの改善のため、お客様からの課題、その対応現場で考え、実行させることによってプロとしてのサービス力を磨いています。また国内、海外の現場で成果をあげれば、その成果をインセンティブや表彰として現場で褒め、従業員の声を大切にすると同時に、満足度を上げる努力をしました」
一昔前の手法に思えるが、お客様主義と現場主義こそ、DNAを守る大切な姿勢だと考えている。
「Growth」と「Innovation」は同じ船に
そもそも一見対立しがちな既存事業の成長とイノベーションという2つの軸の両立は、トランスコスモスがずっと実践してきたことだった。
「創業者の奥田(代表取締役グループCEO ファウンダー・奥田耕己氏)の教えは、目の前のサービスを着実に改善し、お客様主義と現場主義を全うすることで、プロとして事業を発展させること。現社長の奥田(代表取締役社長兼COO・奥田昌孝氏)は、常に事業環境の変化を捉え、一歩先の新事業や新規顧客を開拓することで、事業を成長させ、さらに新しい事業やお客様を創造している。この両輪が回るから会社が成長することを、間近で学び、感じてきました」(石見)
大企業の「堅実さ」「運用力」「改善」をイノベーションに活用する。あと必要なのは、リーダーの覚悟だと佐藤は言う。
「ベンチャーがイノベーションに成功しやすい理由はただひとつ。社長が覚悟をもって意思決定し、やり抜くから。だから大企業も、社長が本気になれば結果は出せるはずなんです。トランスコスモスは社長である奥田が覚悟をもって旗振りをしている。逆に“イノベーションが必要”と言いながら何もしないのは、“タバコやめたい”と言いながらタバコを吸っているのと似ているかも(笑)」(佐藤)
石見もリーダーシップの重要性は説く一方で、「現場の小さな改革」も重視する。毎年、30〜40カ所の拠点を回り、こう伝えている。
「現場にも改革に必要な担当を置き、そして改善を繰り返すことで、どのレイヤーでも新しいことができるし、どのレイヤーでも提案・提言はできる。シリコンバレーのような大きなイノベーションは難しくても、小さな改革が100集まれば、1つの大きな改革になる」
GrowthとInnovationの両立に必要なこと。それは異なる異質の能力をお互いが認め合い、同じ船に乗ることなのだ。(文中敬称略)
(撮影:今村拓馬)