先日、アマゾンが洋服の「お試しボックス」ビジネス(Amazon Prime Wardrobe)に参入することが発表された。従来の二次元写真による「カタログの延長」ではなく、「実際に自分が着て試す」という「小売店試着の体験」まで取り込もうという試みである。
このスタイルのビジネスはアメリカではすでに多く試されており、それ自体は目新しいものではない。
洋服ではなくコスメだが、2010年創業のニューヨークのベンチャー、バーチボックス(Birchbox)が「ボックス」型eコマースの先駆とされている。月額固定料金を払い、ユーザーのプロファイルに合わせた化粧品の試供品が毎月詰め合わせて送られてきて、気に入ったものをサイトで購入する。
洋服のボックスとしては、2011年創業、サンフランシスコのスティッチフィックス(Stitch Fix)が知られている。今回のアマゾンと同様に、洋服や靴が5点送られてきて、気に入ったものだけ手元に残して支払い、残りは送り返す。両社ともに、データでユーザーの好みを解析することが強みで、データ系技術のカンファレンスでもおなじみの「テクノロジー企業」である。
サイトでいくつかの質問に答えると、スタイリストが見繕った服を選んでくれる
JGI/Tom Grill / Getty Images
他にも、いくつか「固定料金」や「お試しボックス」を特徴とするeコマースが現れたり消えたりしており、例えば男性向け服飾ボックスのトランク・クラブ(Trunk Club)は、2014年に大手百貨店ノードストローム(Nordstrom)に買収された。
筆者は興味はありながら、“ファション弱者”という苦手感もあり、「これにお金を払いたい」と思えるほどでなく、結局使わないままだった。しかし最近、「第2世代」の個性豊かなサービスが登場してきており、実際に利用を始めたものもある。いずれも、女性が興したベンチャー企業だ。
MMラフルール(MM.LaFleur)忙しいプロフェッショナル女性のための「ベントー・ボックス」
MMラフルール(MM.LaFleur)は、2013年創業、本拠地ニューヨーク。投資銀行で働いていたサラ・ミヤザワ・ラフルールが、「自分たちのようなライフスタイルの女性にちょうどいい仕事着がない」と痛感したことから、チーフ・デザイナーのミヤコ・ナカムラと共に、オンライン・ブティックMM.LaFleurを立ち上げた。苗字でわかるとおり、2人とも日本と縁が深い人たちだ。
MMラフルールのトップページ
https://mmlafleur.com/
コンセプトはスティーブ・ジョブズの「黒タートル」のように、「他に優先事項がたくさんあって、服選びに時間もエネルギーもかけられない女性が、あまり考えなくてもパッと合わせて着られ」、「きちんとした職場で通用するが着心地がよい」というもの。同社の服は三次元的なデザインだが、コーディネートしやすく、かっちり見えるのに動きやすい。しかもほとんどが洗濯機で洗える。
しかし、モデルが着た写真を見ても、その良さはわからない。高級ではないが、ダメなら捨てるほどチープな品でもない。それで提供したのが、オンライン試着である。その名も「ベントー・ボックス」。サイトでいくつかの質問に答えると、スタイリストが見繕った服とアクセサリーが5点、お弁当風に詰め合わされて箱で送られてきて、そのうち必要なものだけ購入できる。
この「ボックス」自体はあくまで試着目的で、事業の核はサイトでの通常の個別アイテム販売。新製品乱発やセールは行わず、人気アイテムは何年もマイナーチェンジしながら継続販売され、「7.0」などとバージョン番号がついている。試着で獲得した顧客に、手持ちアイテムとコーディネートできるものを継続的に売っていく、リピーター重視のビジネスモデルである。
試着は、リアル店舗でも可能だ。現在はニューヨークとワシントンD.C.で常設のショールームをもつほか、サンフランシスコなど10都市で期間限定の「ポップアップ・ショップ」をときどき開催する。「予約オンリーでスタイリストが見繕った服を試着する」という方式で、購入したものは通常通り配送される。
MM.LaFleurポップアップで試着中の筆者。
提供:海部美知
筆者は6月前半にサンフランシスコの「ポップアップ」でリアル試着をした。すでに3回目の立派なリピーターである。最初に友人に誘われたとき、スタイリストが見繕ってくれるので、ファッションが苦手な筆者でも安心できそう、と思ったのがきっかけだった。
こうしたコンセプトが、ターゲットとする30〜50歳代のプロフェッショナル女性に受け、急成長しているが、課題もある。
ターゲットとコンセプトが極めてピンポイントなので、現在のコア層以上に拡大できるかは未知数。在庫管理にもまだ問題がある。どうしても「東海岸風」のデザイン感覚なので、西海岸では「地味すぎ・フォーマルすぎ」と感じるものも多い。地域的にもライフスタイル的にも、どこまでファン層を広げていけるかが今後の課題だろう。
レント・ザ・ランウェイ(Rent The Runway)高い服も借り放題の月額制レンタルサービス
レント・ザ・ランウェイ(Rent The Runway)は、2009年創業、本拠地ニューヨーク。当初の単品オンライン・パーティドレス・レンタルから、2016年に新しく「借り放題 Unlimited」のサービスへと拡大した。
月額139ドル、「手元に3アイテム」という制約で、あとは何回借りても返してもOK。黒い布地のガーメント・バッグで送られてきて、ラベルを付け替えて同じ袋で送り返す。類似サービスの日本の「メチャカリ」は新品のみを貸し出しているが、こちらは同じものを何度も貸し出す。婚礼衣装レンタルなどと同じ感覚だ。アメリカでは店が返品に寛容なのを悪用して、ドレスをいったん購入し、パーティで1回着たら返品してしまう行為が横行し、百貨店は頭を悩ませているので、このサービスは理にかなっている。
Rent the Runway トップページ
https://www.renttherunway.com/
日常的に使える服も多いが、やはり、ほぼ1回しか着ない前提のパーティやリゾート向けの非日常的なドレスが多いのが強みだ。ドレスに合わせてアクセサリーやバッグも借りられる。気に入らなければ、すぐ返せるので、心理的敷居は低い。アイテムには、単価100ドル前後から4000ドル台のものまであり、高い服でも借り放題だ。
単品のレンタルもできるが、とっかえひっかえ試せるのが「無制限」プラン。ただ、配送センターがニュージャージー州(ニューヨークの近郊)1カ所だけなので、配送にどうしても時間がかかるのが難点だ。
こちらもリアル店舗での試着ショールームを徐々に広げている。現在全米5カ所にあり、サンフランシスコは高級百貨店ニーマンマーカスの最上階にある。サイズは揃っていないが、それでも写真で見るよりはいい。
MM.LaFleurが筆者のライフスタイルに合ったサービスなら、こちらは筆者のライフスタイルを変えてしまったサービスだ。今まで、着る服がないから、ソーシャルなイベントからは逃げがちだったものが、「服を着て行く場所が欲しいからイベントに行く」と逆転したのだ。とにかく借りなきゃ損なので、ちょっとした家族でのディナーなどでもド派手色のワンピースを着て行ったりする。
同社は昨年末に6000万ドルの資金調達をしており、ベンチャーとしてはすでに成熟段階にある。こちらもやはり、ロジスティクスにはまだまだ問題があり、筆者も何度か間違ったアイテムが送られてきたり、ボタンが取れていたりなどを体験した。品揃えはこちらも「東海岸風」で、シリコンバレーでは「ステキすぎて着ていく場所がない」ものも多い。想定しているコア顧客は、筆者よりももう少し若い層のようだが、徐々に品揃えは広がっている。
クヤナ(Cuyana) ミニマリスト思想とメイカー型サプライチェーン
クヤナ(Cuyana)は2013年創業、本拠地はサンフランシスコ。
同社の創業者カーラ・ガヤルドはエクアドル出身で、アメリカに留学し、あまりにチープな服が使い捨てにされている様子に衝撃を受けた。実際に、ファスト・ファッション全盛の一方、手間暇かけて作った良いものはプレミアム価格の高級ブランド品となり、両極化している。
cuyanaのトップページ
https://www.cuyana.com/
同社は「ミニマリストを指向して使い捨てを排する」ことを掲げている。「両極化」現象の解決法として、イタリア・トルコ・アルゼンチンなど、世界各地で良い品を少量ずつ作っている職人をコツコツと探し出し、「中間的な値段で長持ちする良品」の提供を目指している。サイトで服を購入すると、配送の箱の中に「寄付袋」が入っていて、顧客が着なくなった服を入れて返送すると、次回の購入から10ドル値引きしてくれる。返送された服はチャリティに寄付される。
サンフランシスコにある小規模な販売店では、商品を購入もできる。服は淡い色の若い人向けのものが多く、バッグや財布などの革製品に定評がある。確かにキレイな色でユニークなデザインの財布やポーチが100ドル前後で買え、革のバッグも魅力的だ。
2000年代中頃から、自分の手を動かしてモノを作ろうというメイカー運動がアメリカや欧州で盛り上がり、クラフトもその流れに乗っている。欧州のEtsyというサイトは、服や革製品などのクラフト製品を自作して売る「メイカー」型職人やデザイナーの販売ルートとして、世界的に定着した。クヤナの仕入れルートは、こうした世界中に広がるメイカー的な職人のネットワークを活用しようとしているわけだ。
したたかな新興プレイヤーたちは生き残るか
ネットの世界では、「無料サービスで広告で儲ける」と「カタログ的にモノを販売する」モデルの後、時代はクラウドサービスの「サブスクリプション(定額)料金」へと移行した。このモデルは、毎回のチャージが比較的少額でも成り立ちやすく、モノの販売でもこのモデルを指向するベンチャーが次々に興った。バーチボックスやスティッチフィックスはその延長にある(スティッチフィックスも、最初の頃は毎月定額料金を払う必要があった)。
爆発的に成功とまではいかないが、そのための課金システムやロジスティクスが定着し、ある程度の規模のビジネスを支えられるようになっている。その中で、レント・ザ・ランウェイが定額制を導入し、MMラフルールは「ボックス」方式を取り入れたという流れだ。
このような試みが今後も多様化していくのか、広がるのか、これらのベンチャーが生き残れるのか、まだなんとも言えない。しかし、とにかく、個性が重要なファッション分野では、物量勝負で「アマゾンがすべてを支配するようになる」とは、筆者にはどうも思えない。
第一次産業革命は「紡績・織物」から始まった。その時代から、ひたすら「大量生産・低コスト化・大量販売」の進化が営々と続いてきた。それが今では「服は生鮮食品、すぐダメになるので安いほどよい」という風潮に行き着いたが、ここで見たベンチャー群のように、さまざまな別のコンセプトでより高い価格帯に押しもどす動きが芽生えている。テクノロジーの助けを借りた「物量勝負」からの方向転換が、再びアパレルで起こるとしたら、歴史は繰り返すという面白い話になりそうだ。(本文敬称略)
海部 美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。米国と日本のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。ホンダを経て1989年NTT入社。米国の現地法人で事業開発を担当。1998年にコンサルティング業務を開始。主な著書に『ビッグデータの覇者たち』『パラダイス鎖国』。